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10分少々電車に揺られて次なる目的地である水族館へと辿り着く
早速イルカショーを見て、ふれあい体験でイルカと触れ合ってから、ペンギンショーも最前列で見た

夾架がとっても無邪気にはしゃいでいたので十束も嬉しくなって一緒にはしゃいだ

ショーを一通り見終わってから館内を順路に沿ってゆっくりと見て回った
この魚の名前はなにで、こういう魚だ。という一般知識を十束はひたすらに夾架に教えていた
その都度必ず夾架は、その魚は食べれるのかと聞いてくるので十束は笑いを堪えながらキチンと答えると、うんうん、なるほどと頷いて水槽ギリギリまで顔を近づけて魚を凝視していた
そんな夾架が可愛くてつい十束は、端末のカメラにその姿を写して、気づかれないようにサイレントでシャッターをきった

水槽を泳ぐクマノミを見つけた時、やけに夾架は嬉しそうだった
スーパー等で売られる食用の魚ではなく知っている魚といえば、バーの一角にある水槽で飼われたクマノミくらいだった
バーでクマノミと初めて対面した時も夾架は驚いていた
魚が泳いでる!と水槽にへばりつきクマノミが泳ぐ様を一生懸命目で追い、飽きずに何時間も見ていた

出口の近くにはトンネル型になっている大水槽があった
ライトアップされた幻想的な大水槽で、頭上を見上げても魚が泳いでいるので、まるで自分達も海の中にいるような感覚だった

ショーの時間と重なっているのと、平日の午後という微妙な時間帯の為、周辺に人はおらず2人っきりである

先程まで楽しそうに魚を見ていた夾架だったが、急にセンチメンタルな憂いを帯びた表情で水槽にそっと手を触れた

『ここの魚たちは幸せなのかな…?』

十束は夾架のすぐ横に立ち、夾架と同じように水槽に手を触れた

「うーんそうだなぁ…仲間が沢山いて、ご飯も貰えて、外敵に食べられる危険も無いから幸せだと思うよ。俺はね?」

『でも本当は海で暮らしてる子達なんだよね。きっと死ぬまでずっとこの狭い世界で暮らしていかなきゃいけないんだよね。ちょっと可哀想だな…』

目を細めて言ってから、夾架はあからさまにハッとして、すぐさま苦い顔で十束を見た

『あ、ごめん。ここはお魚キレー!すごーい!って最高潮で喜ぶところだったよね』

恐らくこのトンネルを抜ければ出口だろう

この大水槽がトリとして最も相応しく、1番盛り上がる要素があるので、こういった順路にしているのだろう

初めは綺麗だ、可愛いと見ていられたが、ふと魚達の気持ちについて考えてしまった
考え始めてしまったらもう悪い方にしかいかなくて、急激にボルテージが下降して、気がついたらそれを言葉に表してしまっていた

反省、という風に夾架が項垂れれば、十束の暖かな手にわしゃわしゃと頭を撫でられた

夾架の感性を、決して十束は貶すことなく受け入れ賛同をした
自分にはない夾架の広い感性がとても素敵だと思ったと同時に、人間だけでなく魚という生き物に対しても、そういった感情を抱ける夾架の優しさに、ひたすらに慕情が沸き起こった

「夾架は夾架らしく、思ったことを口にしていいんだよ。別に気にする必要なんてないさ。確かに考えてみると夾架の言う通りかもね」

夾架は微笑を十束に向けて浮かべてから、再び水槽へと体を向けた
そして今度は片手ではなく両手で水槽に触れ、その手に額をくっつけて目を閉じた

『本当は広くて自由な海に帰りたいって思ってる子、きっと沢山いるよね。人間の勝手なワガママであなた達のこと閉じ込めちゃってごめんね…』

自分が謝ってどうにかなることでもないし、先程まで水槽にへばりついて皆と同じように喜んでいた
しかし1度抱いてしまった気持ちに区切りを付けようと、謝罪を口にした途端、目の前に信じ難い光景が広がった

「夾架、顔上げて」

『え……?わっ、すごい!なんで…!』

十束に言われて顔を上げてみると、水槽内の魚達が一斉に夾架の元へ集まり群れを成していた
手前に集まった魚達はヒラリヒラリとヒレを動かして、餌を食べる時のように口をパクパク動かしていた
まるで何かを伝えようとしているみたいだった

いくつかの群れを作って水槽内を自由に泳いでいた魚達が、急に1点に集まるなんて事は恐らく有り得ない事だろう
餌を狙って集まってきている訳ではない
明らかに夾架の目の前へと集まってきており、夾架はポカンと口を開けていた

「みんな夾架のとこに集まってきたね」

『ほんとにすごい…』

恍惚とした表情でぐるりと水槽を見渡した
目の前に敷き詰められた様に魚が集まり、頭上を見上げても、そこに魚はおらず透き通った水だけが見えた
本当に自分の周りに集まっているようだ

「きっと、心配してくれてありがとう、でも僕達はここで頑張るよ。って言ってるんだよ」

『えー本当に?』

「本当本当!!俺とこの魚さん達を信じて!」

『ふふっ、しょーがないから信じてあげよう!』

本当にそうだとしたら嬉しい、というよりも不思議で堪らない
干渉能力が魚にも通じたのだろうか
対人への影響しか検証したことがなかったので、もしかしたらそうなのかもしれない

いたずらっ子のような無邪気な笑みを浮かべて信じると言えば、夾架の周りに集まっていた魚達は先程までと同じように水槽内に散らばり再び自由に泳ぎ始めた

十束が代弁したことが本当に魚の気持ちで、それを夾架が信じる、と言ったので安心して元に戻っていった。と思わざるを得ないような状況だった

『なんか海に行きたくなっちゃった。見るだけでいいから今度行こ!』

「そうだね」

トンネル型の大水槽で魚達と通じあったことにより、故郷である海に対して興味が湧いてきた
まだ季節ではないので泳ぐことは出来ないが、この目でキラキラと輝く海の広さと、何にも囚われずに存在する自由さを見てみたくなった
この好奇心が夏まではもってくれなそうだ
行きたい、という気持ちを十束に伝えてみたが、十束は軽く返事をくれただけで、サラリと流してしまった

あまりにの軽さに、表情にまでは表さなかったが夾架は寂しさを覚えた

「よし。これで全部見終わったね。もう1回行きたい所とかない?」

『ん、大丈夫!』

出口へと辿り着き、ゲート手前の壁に掲示された館内地図をぐるりと見渡して、心残りがないことを確認した

「ごめん夾架、今日は夾架の行きたい所にとことん付き合うって言ったんだけど、俺どうしても行きたいところあったの思い出したんだ。今からちょっと付き合ってくれる?」

『全然いいよ?』

「よし、じゃあ決まり!」

さっきはないって言ってたのに、急にどうしたのだろうか
頭上にハテナを浮かべながらも頷けば、十束に右手を掴まれて引き寄せられた

そのままゲートをくぐり抜け水族館を出て、駅方面へと歩き出した
恐らくまた電車移動をするのだろう、近いのかな、遠いのかな、なんて考えていると、駅前ロータリーのタクシー乗り場まで来ていて、ちょっとここで待ってて。とタクシーから数メートル離れた所に置き去りにされた

十束は先頭で客を待つタクシーの運転手の元へ駆け寄り、運転手とニコニコ笑顔でなにやら話をしていた

そんな十束を遠巻きに眺めていると、十束が右腕を高くあげ手招きをした

小走りで駆け寄ると、タクシーの後部座席のドアが自動で開き十束にその中に押し込まれた

『タクシーで行くの?』

「うん、そうだよ。じゃーお願いしまーす!」

運転手の軽い返事と共に、タクシーは走り始めた
目的地を未だ聞いていない夾架は更に頭上にハテナを浮かべて首をかしげた

『どこ行くの?遠いの?』

「んー、ついてからのお楽しみ」

可笑しいくらいニコニコと十束が笑っている
ルームミラーの端に映る運転手も心做しかニコニコしているようだった
自分だけ行き先を知らない、仲間外れにされ2人だけ楽しんでいるこの状況に、夾架は口をすぼめて、窓にもたれ掛かった
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