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「運転手さんありがとーございました!」

「東京戻るなら待ってるよ、どうせ戻らなきゃだから」

「じゃあお願いしまーす!」

うつらうつらと船を漕ぎ、意識をぼんやりさせていた所で漸く停車し、乗った時と同じようにドアが自動で開き、十束がお金を払っている間に夾架は降りた

うたた寝をしてしまったのでどれぐらい時間が経ったか詳しくは覚えていないが、1時間近くは経った気がする

まだ眠さを引きずっており、呆けた瞳で地面を見つめた
アスファルトの上に白い線が等間隔に引かれており、どこかの駐車場だと理解をした

一体どこなのだろうか、
視線を地面よりも高く遠くに移動をさせ、想像もしていなかった光景に驚愕した

『わーー綺麗!夕日でキラキラ輝いてる!』

視界には収まりきれず、縹渺と広がる砂浜と海
夕刻時なので海は燃えるような夕日を海面に写して、赤色に染まりキラキラと輝いていた
どこか生き生きしているようにも見え、夾架の心も喜々として踊った

夾架は勢いよく振り返り十束を見た

十束も丁度車から降りたところで、クスクスと笑いながら夾架の元へとやって来てきた

やって来た十束に嬉しさのあまり飛びつけば、若干よろけながらも受け止めてくれた

十束の胸の内で夾架は頬を紅潮させ、クリクリとした大きな瞳を揺らし、うっすらと目尻に涙を浮かべていた

『え!うそ!え!なんで!!』

「っていう夾架の顔が見たかった。サプライズ成功かな?夾架が行きたいって言うところにすぐにでも連れてってあげたくて」

夾架らしくない言葉選びだ
驚きのあまりに、思考が巡らず単語しか思い浮かばなかった

『ええええ、待って、すごい嬉しい!!』

「もっと近くまで行ってみよっか」

『うん!』

砂が靴の中に入ってしまったり、靴自体が汚れてしまうのも嫌だったので、靴を脱いで裸足で砂浜を歩いて波打ち際まで近づいた

日が出ている時に遠くから海を見たことはあったが、夕方のどこか神秘的に見える海を近くで見た事はなかった
砂浜を歩いたことも、海に入った事もなかった

思い返してみても、公園の砂場で遊んだ記憶もない
足の裏に初めて感じるジャリジャリした砂、そしてその砂に足が沈んでいく感覚は中々に新鮮なものだ

風が吹く度に香る潮の匂いもちっとも悪くない

『足だけなら入ってもいいかな?』

「冷たいと思うよ?」

『えーい物は試し!わっ、結構冷たい!多々良も入ろーよー!』

波に誘われる様にどんどん近づいていき、あと一歩踏み出せば水に触れる、というところで十束に賛同を求めたが、結局十束の返答を微塵も気にせず一歩二歩三歩と歩みを進め、踝まで完全に水につけた

冷たい、と言いながらもまだ砂浜にいる十束を手招きして、半ば無理矢理水につけさせた

「だから言ったでしょー。あ、ほんとに冷たいや」

『でも楽しい!海って本当に広いんだね、向こうの方全然見えないや!すごーーい!』

水に足をつけて何が楽しいのかと言うと、水面が波を打ち、その波が足にぶつかって浜まで押そうとしてくることだ
入浴時、浴槽に浸かっている時に水中で手や足を動かし波を起こして遊んだりはしているが、止まることなく自然と波を打っているのが、原理は知っているが実際に見てみると不思議で堪らない

「初めての海にはしゃぐ夾架。可愛いなぁ」

「撮るなら可愛く撮って!あと拡散禁止!」

カシャリカシャリと何度もシャッター音が聞こえたので振り返ると、十束は夾架に向かって端末を翳していた

先日行われた草薙のバースデーパーティー兼快気祝いの際に、夾架が撮った千歳と出羽のキスショットを拡散し、2人がホモであるという噂にまで発展したので、変な写真が吠舞羅に流れるのだけは避けたかった

そこまで変な顔はしていないはずだが、自分の写真が出回るのは恥ずかしいにも程があるのでNGを出した

「へーきへーき、ちゃーんと可愛く取れてるよ。でも、こんなに可愛い夾架が見れるのは俺の特権!だかや他の人に見せるつもりないから安心して!」

『ならよし!』

夾架は意識を再び海へと持っていき、両手を広げて胸いっぱいに息を吸い込んだ
せっかく来たので思う存分に海の空気を吸い込んでやろう、との思いだ

『あと行ったことない所ってどこだろ。山?川?湖?んー、まだまだ行った事がない所とか、やったことないことばっかりだね』

片足を前方に水ごと蹴り、また水に戻す
パチャパチャと音がなるのが楽しくて子供のように遊びながら夾架は言った

「今年の夏はみんなで海水浴に行こう。浴衣着て夏祭りに行こう。花火も見に行こう。あ、スイカ割りもしたいねー。
秋も冬も楽しいこと沢山あるからね。去年できなかった事全部やろう、もしやりきれなかったらまた来年やろう。
俺が知ってるとこ全部に夾架の事連れてってあげる!」

『ありがとう、楽しみにしてるね!あたしもどこかいい場所探して、多々良に教えてあげ
られるように頑張るね』

公園で夾架に告白した日の夕陽と似ていた
燃えるように赤い夕日を見ると不思議と心が踊る

ニコニコと曇りのない笑みを浮かべる夾架は、間違いなくあの日よりも生き生きとしている
何度も見ている笑顔だが、今日の夾架はいつもの数倍近く可愛い
鮮やかな夕日と海をバックにしているからだろうか

堪らない愛おしさがぐっと溢れ出し、零れていく

「夾架となら笑いの絶えない楽しい家庭が築けそうだ」

『えっ?///つまり、それは……?///』

告白をされた時は、十束の言っている意味と、どうしたいのかというのがイマイチ理解を出来なかったが、1年色々なものを吸収してきたので、今度は言っている事の意味を理解できた

夾架は夕日と同じように顔を真っ赤に染め上げ目を泳がせた
十束はクスリと優しい笑みを浮かべて、泳ぐ夾架の目を捉えた

「結婚、しようってこと。もちろんすぐにじゃないよ、力の事とか記憶の事とか色々落ち着いたらね。
その時がきたら、俺と結婚してくれますか?」

十束は笑みを消し去り、真剣な眼差しを夾架に向けて、手のひらを上にして右手を差し出した

まるで、エスコートをしますよ。というようだった

夾架は迷うことなく、十束の右手に自分の左手を重ね置き、左手だけでなく右手までも一緒に添えた
半分だけでなく、自分の全てを十束になら任せられる
そういう意味も込めて両手を差し出した

『はい……!よろしくお願いします!///』

僅かに照れくささが襲ってきて、擽ったそうに夾架は笑った

「ありがとう夾架。また色々バイトしてお金貯めなきゃ〜」

『お金ならいっぱいあるよ?』

バイトをしなきゃという十束の発言に夾架は首をかしげた
新生活を初めて1年以上経つが、両親の凄まじい援助があるので、夾架の貯金は思いのほか減っていない
その額についても十束は周知していた

「だーめ!俺が貯めたお金で指輪買って、とびっきり綺麗なドレス着せて、盛大に式挙げるの!…その時が楽しみだなぁ」

『こんな素敵な彼氏にこんな風に思ってもらえて幸せ。多々良のタキシード姿、格好いいんだろあなぁ…』

2人は目を合わせてはにかんで、いつかくる未来への想像を膨らませた

そのままなんとなく、会話もなく海を眺めていたが十束が沈黙を破った

「さて、日も沈んで寒くなってきた所でそろそろ戻ろっか。運転手さんも待っててくれてるし」

『はーい。ねぇ多々良』

「どしたの?」

結婚のくだりから繋がれたままの手を十束が引いて歩きだそうとしたのだが、夾架は立ち止まったままで、十束はつんのめる形になった

十束が歩き出した為に広がった距離を埋めるため、夾架は手を離して思いっきり飛びついた
タックルの如く胸に飛び込んできた夾架を間一髪、数歩よろけながらもなんとか踏みとどまり、水浸しを回避することが出来た

「わわっ、危ない!水浸しになるところだったじゃないか」

溢れる好きという気持ちが抑えられなかった
きっと受け止めてくれると信じていたが、万が一ダメで水浸しになってもそれはそれでいい思い出になっただろう

『ふふっ、ごめんごめん!これからもずっと一緒にいようね!』

「うん、もちろんさ!」



大好きな人との暖かな日常
この日常をこれからも大事にしていこう


もう多々良のこと、
好きで好きでどうしようもないの!


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