short

□サイレント
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「寒くねえか?」

『少し寒い、かな』

急いでいたから、室内で丁度いい薄着のままで出てきてしまった
周防は無言で隣を歩く夾架の手を取った。指を絡ませ、そのまま。所謂恋人繋ぎ

あくまでも手が寒そうだったから
そんなことを考えているのはお見通しだった

手から熱が伝わってきて、そこからじんわりと身体が暖まっていく気もした

何も言わずにただ街中を歩く
どこに行く用がなくたって、別に一緒にいられればそれだけで良かった

『…………』

「…………」

『……………尊』

「なんだ」

街の賑やかさにかき消されてしまいそうな小さな声で名前を呼ぶ
聞こえるか聞こえないかギリギリのところだが、周防は聞き逃すことなく返事をした

『さっきの話聞いてたでしょ?途中から起きてたんだよね?』

「ああ…」

思わず夾架は歩みを止める。表情に明るさはなかった

『尊は…どうして、あたしを選んだの?』

「………」

今聞いてどうこうなる訳でもない。でもなんとなく、少し不安になってしまった
いつも何も言ってくれない。いつもなら言われなくても分かる。でも分からない。確かめたいという気持ちが大いに出てしまったのだ

すると急に身体が抱き寄せられた
夾架の真横を少年が忙しなく走って行き、遠ざかって行くのが見える

「つっ立ってると、危ねえだろ」

『うん…ごめん…』

「少し歩くぞ。話すことあんなら、ちゃんと聞く」

周防はそう言って夾架の手をひき、人ごみを掻き分けて進んで行く
夾架は黙って手を引かれ、自分の前を歩く周防の広い背中を見つめていた

少し進んだ先の、人通りの少ない通り
そこに立ち止まり、周防は夾架の目を見る
獲物を獲るような怖い鋭い目つきではなく、どことなく優しい目をしていた

「で、何がなんなんだ」

『うん、あのね、どうして尊はあたしを選んだのかなって。同じクラスにも可愛い子、いっぱいいたじゃない』

「お前、バカだろ」

『知ってるよ。バカだもん。阿保だもん。でもそんなあたしを好きなのは誰?』

そんな事を言ったら周防は何を思うのか
夾架は少しだけ周防と繋がれたままの手に力を込める

「悪かったな」

『え……?』

「不安にさせて悪かった」

『…別に、不安になんか……』

「なってんじゃねえか」

低く甘い声が耳元で言葉を紡ぐ
人通りが少ない。寧ろ人のいない通りにいることを良いことに、周防は夾架を抱き締めた
多大な身長差故に夾架は周防の厚い胸板に顔を埋めることになる

まさか謝られるとは思ってなかった
予想外の反応にとっさに嘘がでてしまい、だがそれが嘘だとすぐに見破られる

『たまたまあたしが出雲の幼なじみで、たまたま出雲を経由して仲良くなったから?』

「…………」

『本当は、あたしじゃなくても良かったんじゃないの?』

「…てめえだからだ。たまたま出会ったってゆうのには間違いはない。でもお前は他の人とは違う。それだけだ」

抱きしめられているため周防の表情は見えない
先程怒っている様子は全く見られなかった。でも本当は起こっているのではないか。胸の内のモヤモヤは大きくなる一方だった

『それならいい、けどさ…』

「どうして俺がお前を選んだんだ。…その言い方だとまるでお前は俺を好きじゃねえみたいだろ。俺が草薙から奪ったみたいに聞こえんだよ。…やっぱり、草薙の方がよかったのか?」

困らせている。考えなくてもそれくらいはわかる
顔を上げ周防の表情を伺おうとしたけど敵わなかった
顔は見られたくないらしい。後頭部を固定され、抑えられたまま

「…どうなんだ」

答えを急かされ、黙ったままではいられなくなる
夾架は泣きそうになりながらも、必死に涙を堪え言う

『…出雲も好きだよ。幼なじみとして。でもそれ以上に尊が好きなんだよ…?愛してるんだよ』

「…そうか。ならいい」

『でも1つだけ、ずっと気にしてることある。王の傍にあたしなんかがいて良いのかなって…。出雲みたいに強くないし、多々良みたいに器用じゃないし、尊のリミッター役にはなれない』

自分が傍にいても、何の役にも立ててない気がする
只々何も言わずに背中を押し支えることしかできず、いざ危険になった時は守られる、重荷のようなもの

女だから、といってあまり戦わせてもらえず、尚更力にもなれなくて、不安は募るばかり

かといってアンナみたいに能力もなくて、平凡な自分が恨めしく、皆が羨ましかった

「…俺は王として戦ったことなんざねえって、いつも言ってるだろ
お前を…夾架を危険に晒したくねえから、戦ってんだ。だから黙って傍にいろ。何処にも行くな」

『みこ、と…』

「なんだ。…泣いてんじゃねえよ」

『尊、好き…大好き。ひっく…愛してる…。ずっとそばに…ぐすっ…いるから…。あたしの事、ウザがったって…っ、絶対、離れないから…ひっく』

グズグズと泣き出す夾架を見て、いつもバー内でみんなに姐さんと慕われる年上の女
…には到底見えなかった
化粧が落ちる事を気にせず涙を零し、嗚咽を洩らし震える夾架は本当に可愛らしかった


小さな身体をぎゅっと抱き締めた時感じた。尚更守りたいと
こんな小さな身体でいつも周防をを支え、何も言わずに戦いへと送り出す。帰ってきたらとりあえず膝を貸す
本当に互いの口数は少ないけど理解しあっている

それでも周防は王だ
いつか自分の身が滅びてしまうかもしれないのは、百も承知
幸せにできる確証というものはないけど、ぶっきらぼうなりの愛し方で、夾架を愛しているのだ

夾架は決めた
気持ちはキチンと確かめられた
だからまた、自分は黙って支えてあげよう。と


ーこれが尊の望む事だから…必ず叶えてあげたいー

「夾架…愛してる…」

『うん、知ってる。ねえ、たまにはどっか行こっか。ね?』

「…そうだな」



END.
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