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□苦くて甘い
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『みこ…と…?』
彼女の問いかけに返事はなかった
『尊…』
「なんだ。ここにいるだろ」
周防は普段の行動からは考えられないほどに、優しい手つきで夾架の頭を撫でた
ふと夾架の鼻腔を、苦い臭いが掠めた
周防はベッドに腰掛け煙草をふかしていた
目が覚めたら隣にいるであろうはずの周防がいなくて、覚めたばかりの目では、霞んで周防の姿は確認できなかった
不安げな声色で名前を呼ぶことしかできなくて、最初に返事がなかったときは、虚無感に包まれた
夾架は重ためな動作でだが目をこすり、漸く覚醒した目で周防を確認すると、ふにゃりと柔らかく微笑んだ
「喉、渇いてるだろ」
『うん、ありがとう』
サイドテーブルに灰皿と共に置かれた、水の入ったペットボトルのキャップを外してから周防は夾架に渡した
当たり前のように渡された水だが、この水は昨日夾架がコンビニで買ってきて、口を開けずに冷蔵庫にいれて置いたはずのもの
だが、周防が冷蔵庫を勝手に漁るのはいつものことだし、飲まれてマズイものはいれていない
そればかりか、周防の好きなお酒が入っていたり、好きなつまみが用意されていたり
夾架の家なのに、周防の歯ブラシ、着替え。いつのまにか置かれていた
周防にとってこの場所は自分の家じゃないが、何1つ、不自由することはなかった
夾架は気にすることなく水をごくごくと飲み、渇いた喉を潤した
冷たい水が喉を通っていく感覚が心地よくて、気付けば、半分程入っていたはずのペットボトルは空っぽだった
「いい飲みっぷりだな」
『喉渇いたんだもん』
「あんだけよがって声出してたら、そりゃ渇くだろうな」
空になったペットボトルを周防に渡す
周防に言われた事は事実だった
身体全体が痛くて軋み、喉もカラカラ
寝る…否、気を失う前の記憶が鮮明に蘇ってきて、夾架は顔を赤らめた
「身体、平気か?」
『平気じゃないけど、平気』
「…悪い。負担かけすぎた」
珍しくバツの悪そうな顔をして、指に挟んだままの煙草の灰を、灰皿に落としてから再び咥える
そんな周防を見て夾架は嬉しくなる
普段、傍若無人な王様が、自分を思ってこんな風な表情をする時、とてつもなく優越感に浸れる