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□ある日ある朝
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ぐわんぐわん
目が回って気持ち悪い

胃のあたりがムカムカして、キリキリする

ズキンズキン
異様な程に激しい頭痛

次第に意識は覚醒する

『……ん、…った…』

目を開けて、まだ霞む目で此処が何処なのか確認しようと、少し身じろいだだけで、こめかみに痛みが走る

被っていた布団から頭を出したばかりだったが、再び頭から布団を被る

『あー……』

ー出雲の布団だ…。

布団に染み付いた匂いが、このベッドの主について教えてくれた
ほんのりと、草薙が愛用する煙草の匂いと、彼自身の爽やかめな香り
これはシャンプーとボディソープなのか
それと少しのお日様の匂い
昨日は天気が良かったから、しっかりと干されたのだろうと見受けられる

だが、そんなことはどうでもいい
何故、どういった経緯で、自分がここで寝ているのかが全くわからなかった

昨晩の記憶の一切がない

綺麗にごっそりと抜かれてしまった記憶は、まるで一種の記憶喪失の如く、思い出そうとしても酷い頭痛に邪魔された

とりあえずこの頭痛がウザくてしかたない
目が覚めたら頭が痛い。なんてよくあることなのに、今日は一段と酷い

そして気持ち悪いったらありゃしない。それはもう胃の中のものが出てしまいそうなくらい
かといって出したいわけではなかった

やり場のないこの苛々感はどこに持って行けばいいんだ

助けて欲しくてボンヤリする瞳で辺りを見渡したけど、この部屋の主の姿は見当たらない

外の明るさからいい、7時を回ったところか
まだ仕事に行ってはいないはず

きっとリビングにでもいるんだろうが、起き上がる気力もない

よーく耳をすませば、リビングから物音がするから、いることは確かなんだ

『いずもぉ……』

全くといっていいほど通らない声で彼の名を読んでも、虚しく反響するだけで、夾架はしゅんとうな垂れ、再び布団に潜ってしまう

そのうちここに来るだろう。寂しくなんてない。そう自分に言い聞かせ、夾架はもう一眠りすることにした


ガバッ
急に身体に肌寒い空気があたり、なんだなんだと夾架は目覚める

『んー…なに…』

「おお、起きたか酔っ払い」

『あー…いずもだあ…』

勢いよく布団を剥いだのは、先ほど夾架が求めた人物、草薙
夾架が草薙が目の前にいると判断した途端、夾架は甘える様に草薙に縋り付く

「なんや今日は珍しく甘えたやな」

『んー…』

猫が喉を鳴らす様に甘えた様子で、夾架は草薙の腰もとに腕を回す

ずっと求めていたその温もりを確かめ、離さんと言わんばかりにキツく抱きついた

『頭いたーい…気持ちわるーい…』

「そりゃそうやろな。ぶっ倒れるまで呑んだんやから。…ホンマに阿保やなあ。今日仕事あったらどないしてたんや」

『んー…気にしなーい…』

そうか、昨夜の記憶が曖昧なのは、バーで気を失い草薙に連れ帰られ、目が覚めたのが先程だということだからだ

昨夜バーに行って、軽めに一杯めを美味しく頂いて、それからはもう分からない
ひたすらに酒を要求し、随分とアルコールの強いものを呑んだのだろう

普通なら草薙も止めるが、呑んだ分の金はきっちりと請求するから、呑みたいだけ呑ませて、だがちゃんとアフターケアをしてあげるのが、一種の愛であり、優しさなのだ

まあ、止めたところでやめずに呑み続けるということを、知っているからかもしれないが

「ホンマ勘弁してやー、大変やったんやから。夾架背負って帰って、風呂いれたり、ちゃんと化粧まで落としたんやからな」

『んー、流石あたしの出雲ー。出雲のそーゆーとこホント好き。愛してる、これからも一緒にいてね』

「そないな棒読みで言われてもなあ…。まあ、そうゆうことサラッと言う夾架も、嫌いやないで」

『えー、嫌いじゃない?愛してるの間違いじゃない?』

「はいはい、愛してますー…」

なんなんだこのやり取り
そんなに擦り寄ってきてもなんも出ないぞ。草薙はそう思いつつ、夾架を引っぺがすことはしなかった

逆に、夾架の頭をポンポンと撫で、盛大に甘やかす

「夾架はホンマ猫みたいやなー」

『そーかなあ…』

草薙はベッドに腰掛け、夾架を撫でながら後ろから抱きしめる様な形に変える

撫でられるのが気持ちいいのか、夾架は更に草薙に身を寄せ、もたれかかる

「今度からはぶっ倒れない様にしてくれや」

『わかってるよー。昨日は特別だもん』

「因みに昨日の酒代、聞きたいか?もちろん、払ってもらうからな」

『いくらー?』

草薙は黒い笑みを浮かべながら、甘い声で囁くように夾架の耳元で、昨日の酒の代金を呟く

『おー…あたし随分呑んだな…』

これほどまでに高くなるとは想定していなかったのか、夾架は苦笑いをしながら、でも割り切れていた
一応稼いでるから、と考えれば、そんな出費痛くも痒くもなかった

「おかげさまでこっちも儲かりますー」

『それは何より。…あ、ねえ、あたし昨日の記憶殆どないんだけどさ…報告したっけ?』

「全くや。これっぽっちも聞いてへん。聞いた、いや、聞かされたのは愚痴ばっかや」

やっぱりか。
昨夜の寄った夾架は、バーに行った目的を少々履き違えていた
1番大事なことを忘れてしまい、こんなんじゃダメだと、自分を叱咤する

『ねー…鞄持ってきてー?』

「ごとでええんか?」

『んー…』

自分は動きたくないから、と草薙に頼めば、草薙は夾架から離れて寝室から出て行った
1人になった夾架は、再びベッドに寝転がり、大の字になる

すぐ草薙は戻ってきて、ぐだーっとしている夾架に鞄を差し出した

『ありがとー…』

まだ少し語尾が弱く、相当昨日の酒が残ってるなと草薙は思う

夾架は受け取った鞄の中から財布を取り出し、草薙に財布を丸々渡す

『てきとーによろしく』

「りょーかい」

草薙がお金を取り出している間に、夾架は鞄の中からクリップで止められた、大量の紙の束を取り出す

『今日はこれだけかな。これが、吠舞羅を因縁づけるチームのこととか、そいつらの過去にやらかしたこととかまあ色々。で、こっちは、最近の青やら黄金の動きとかね。今はまだ、そんなに赤を気にしてないけど、あんまり目立った動きはしない方がいいかもね。それから、吠舞羅にスパイしようとしてる奴とか、その組織の名前。気をつけてね。以上』

紙を草薙に渡し、草薙はそれを一枚一枚確認していくから、それに合わせて夾架は、細かに説明を加える
文章を指でなぞりながら読み上げていき、先程までの喋り方ではなく、語尾もしっかりしていて、すっかり仕事モードだった

「助かるわ。さすが情報屋さん」

『まあねー…これでご飯食べてるんだから、これぐらいしなきゃ』

夾架は裏社会では、相当顔が広い女だ
どこのチームに属すこともなく、中立な存在ではあるが、実質中立ではない
惚れた男に手を貸し、今はその男の為だけに情報を仕入れているようなものだ

だが他のお客の存在も忘れずに、高い金をもらう代わりに、其れ相応の情報を提供する、この社会には数少なくない情報屋

その中でも、トップクラスを誇るのが夾架

いい情報屋ほど、情報の質もあがる
高く取られるのは当たり前で、夾架の口座の中身は恐ろしいものだ

「いつも思うんやけど、ホンマに金いらないんか?こんだけの情報なら、相当な額になると思うんやけど」

『いーの。あたし、出雲の為なら何だってする。出雲の役に立てるなら、どんな情報も仕入れて、バンバン流しちゃう。あたしは金より愛だから、出雲があたしに愛をくれるなら、それだけで満足なんだよ』

草薙に渡す情報を手にいれるのにも金はかかる
だが草薙から金をとったことは、一度もなかった

まだ付き合ってもない、ただの情報屋と吠舞羅のNo.2だった頃
草薙が初めて夾架に仕事を依頼し、出会ったときも、夾架はいらないといった

何故?と聞いたら、貴方に惚れたみたい。と答えられた

それからというもの、草薙はよく夾架に仕事を頼むようになり、親密な関係へと発展した
今は半同棲をする様になり、良いお付き合いをしている

『あたしが吠舞羅に有利な情報をいっぱい流してても、誰もあたしのこと咎めらんないから』

あたしを裁く法なんて、存在しないから。そう言って夾架は笑い、今もこうして、吠舞羅の、草薙の為になる情報を、危険を恐れることなく仕入れて、簡単に手放す

リスクというものを全く考えず、恐れを知らない

草薙が吠舞羅でお母さんのような存在になりつつあって、お金の面でも困ることがあるのを知ってのことか、夾架は尚更いらないと思う

『大好きな人にね、笑っててほしいの』

草薙の為なら何だってしたい
基本いい子な夾架は、誰よりも草薙を想い、一途で、その愛は美しいものだった

「夾架、ホンマにええ女やな。俺が惚れただけあるわ」

『やん、照れるってー…。そんなこと言われたら、次はもっと頑張らないとじゃないの』

ガバッと草薙は夾架を思い切り抱きしめた
夾架は頬を紅潮させながら、草薙の背に腕を回し、その感覚を存分に楽しんだ

暖かくて心地よくて、このまま寝れる気がした
だが草薙はそうはさせなかった

ドサリと夾架の身体はベッドに倒された

『どしたの出雲』

「そーいや、俺の大事な大事な彼女はセクハラをされたそーで」

『あー、それねー…』

そんなことあったよーな、なかったよーな
昨日バーに行った目的は、報告。というよりも愚痴を聞いてもらうに等しいことだった

そういえばそーだった。と、すっかり忘れていた夾架は、今押し倒されている理由を理解する

『変なことはされてないよー?ほんの少しお触りがあったくらい』

「それは立派なセクハラや」

『そーでもされなきゃ美味しい情報くれないもの。こっちは金払ってるってゆーのにさ、金じゃ満足できないのかしら。稼いだ金でキャバクラでも行けばもっと、ボンキュッボンなおねーさんにいっぱいセクハラし放題なのに…』

昨日の取引相手がいつも以上にしつこくて、営業スマイルにも少し限界があった
やめろと言っても人の話を聞いちゃいない

苛々しつつも猫かぶって必要な情報だけ聞き出して、何とかお開きにして、もう一軒と言われたけど頑張って断って

『あーもう!!思い出すだけでムカつくわ!』

酒で忘れようとして、そのままバーに駆け込んだんだ

「昨日はえらい香水臭かったわ。男もんのな。アロマとかそういうんもして、お世辞にもええ臭いとはいえんかったわ。せっかくの夾架の匂いが消されてしもて、こっちも腹立つわあ」

ぶっ倒れた夾架を家まで連れ帰ってきて、そのまま寝かせて、目覚め次第風呂にいれさせるのもよかったが、自分のじゃない臭いがする彼女を、自分らのベッドで寝かせたいだなんてちっとも思わなかった

そんな他の男の臭いがこのベッドに染み付いてしまったら、草薙も腹が立ってしょうがないし、苛々で寝れなくなる

だからキチンと夾架を風呂にいれ、清潔にしてから布団で寝かせ、自分も隣で寝た

「夾架に触ってもええんわ俺だけや。なのに穢い手で触りおって。あかん、燃やしたくなるわ」

『あは、出雲こわーい。まあ、燃やしちゃってもいいんだけどね。あんな低級の奴らなんて、いくらでもいるわ』

自分に馬乗りになりながらも、ギラギラと闘志を燃やす草薙が格好良かった
こういう時が1番、自分が愛されていると感じる時だった

本当にムカつく取引相手はぶちのめしたい
夾架にそんな力はなくて、草薙はそんなこと簡単にできる
だが、夾架はそれをさせようとはしなかった

『でも、その力は吠舞羅の為に使わなきゃダメよ。あたしなんかの為に使っちゃダメ。赤の王や十束くんを困らせるようなことは絶対にしちゃいけない。赤が一般人を殺るような、危害を加えてしまったら、それこそ青は黙ってないわ。だから、我慢するしかないよ』

「夾架…」

裏の社会に関わるものを一般人と言い切るのは少々納得いかないものだが、手を出すのと殺ってしまうのとは、かなり状況が変わる

草薙が赤のクランズマンであり、No.2である以上は、自分らの行動に責任をもち、また、王権者の間で結ばれている協定のことも頭にいれ、それに基づいて行動しなければならない

私情を持ち込むことは、とても危険であることは十二分に承知している

夾架も草薙の大変な立場のことを理解しているから、なるべくは迷惑をかけないようにとしていた

「ほんまにええ女すぎて、俺なんかと釣り合わん気ぃするわ…」

『なに言ってんの?』

夾架は押し倒されたまま
すっと手を伸ばし草薙の後頭部を抑え、身体を起こして軽く口付けた

『そのいい女が惚れたんだから、必然的にあんたもいい男よ。あたしを惚れさせたの、出雲が初めて。出雲以上のいい男なんていないわ。だから誇りもって堂々としててよ。ね?』

夾架の聞き分けがいいから。とかそういうことではなくて
昔からその容姿故に、草薙に言いよってくる女は多かった
だが、夾架は他の女とは違い、媚びることをしなかったし、ありのままの自分を草薙に晒していた

今では夾架以上にいい女なんているはずない。とすら思えた

夾架にとっても草薙は最高のパートナーである
昔から恋なんてどうでもよくて、特に結婚願望があったりしたわけじゃなかった

一目惚れなんてあるわけないと思っていたのだが、草薙を一目みたとき、始めて人に恋する気持ちということを知った

まだお互い10代で若かったのだが、数年経った今、より磨きがかかり、さらにいい女、いい男へと成長を遂げた

ただ、たまにパートナーのスペックがハイすぎて、本当に自分と釣り合うか。と、先程の草薙の様に不安になる

互いの仕事での関係性を考えると、少しリスクの高い付き合いでもあり、草薙が夾架に仕事を頼むことで、夾架を危険に晒しているのではないか
情報を仕入れるのは簡単だと夾架のは言うが、簡単なわけがない

危険を侵してまで色んな地に赴き、高い金を払って、時には身を売る覚悟で、ようやく情報を手に入れる

本当なら、そんなことして欲しくない
だが、夾架がいいというなら、だが無理に止めることもないだろう
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