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□ある日ある朝
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『ねえ出雲』

「なんや」

『やっぱり反対?あたしがそういう仕事してること』

少し考え事をしすぎて顔に出てしまったか
それを悟った夾架は、酷く心配そうな顔をしていた

この状況で嘘はつけないだろう
嘘をついたらあとあと夾架が傷つく

「…反対や。でも、俺はそれをいいように利用して、必要としてるさかい、やめられたら困るんは俺や」

『うん。知ってるよ』

「ほんとに、続けてても大丈夫なんやな?殺されたりとか、そういうこと…」

『されない。大丈夫。もしされそうになったら出雲に助けてもらう』

「変な男に犯されそになったりとか」

『ないない。それは契約違反。確かにそーやって金稼いだり情報仕入れたりする輩も多くないけど、あたしは違う。あたしにそんなことしたら困るのは自分って、向こうさんもわかってるだろーね』

どこまでも心配症なんだから。と夾架は笑い、草薙の頬に優しく触れた

心配症な彼も愛おしくて、もっと触れたい
彼の温もりに触れ、存分に彼を感じたかった

夾架は目を閉じる
それがキスを待つ合図だと草薙は分かりきっていて、そのまま顔を近づける

目を開けたままキスをすることを、執拗に恥ずかしがる夾架は、草薙が口付ける前からずっと目を閉じているはずなのに、今日はあと寸前というときに目を開けた

「どないしたん?今日は目開けてしたいんか?」

『ち、ちが…そーじゃなくて、ですね…』

夾架は手の甲で口元を隠した
そして青ざめた顔をしている
あー、そういうことかと草薙はすぐに理解し夾架から離れ、苦笑いするしかなかった

「ベッドで吐かんといてや」

『は、吐かない…けど、気持ち悪い…』

すっかり忘れていた吐き気がまたぶり返してきた
夾架はそのまま布団を頭から被り、布団の中で猫のごとく丸くなる

「あとちょっとのとこやったんやけどなー…これは夜に期待してええってことか?どうせ明日も午後からとかそんなんやろ?」

『えー…そーなるー?』

「ふつーなるわ」

きっと夜には体調も戻るだろう
草薙はそうであって欲しいと願った
昨日も生殺しに近い状態で、今もお預けをくらい、三度めの正直だ
寝かせない。と心の中で闘志を燃やし、それとは裏腹に夾架は絶対寝てやると決め込んだ

「せや、味噌汁作ったんやけど飲むか?」

『飲む!!』

ここにくる前、草薙が朝起きてすぐ、夾架のために味噌汁を作っていた
夾架は味噌汁という言葉に惹かれ、ガバッと起き上がり、かかっていた布団をもはねのける

ただ、勢いをつけて起き上がったものの、吐き気がこみ上げてきて夾架はベッドに突っ伏す

「大丈夫かいな…」

『あー…ダメだー…頭いたーい…』

「今持ってくるから待っとき」

『ん、ごめんなさい…』

ベッドの上でじっとしている分には、さほど辛くはないが、起き上がったらまた話は別
ズキンズキンと頭が痛み、どうやら起き上がる気力はないようだ


「熱いからきぃつけてな。くれぐれも、こぼさんよーに」

『はーい』

寝室で味噌汁を飲むなんて初めてだ
草薙が作ってくれたのは、キャベツと麩に卵をといた簡単な味噌汁
一般的な味噌汁だが、匂いを嗅いだだけで美味しいと分かる

「二日酔いには味噌汁とかええんよ。ほんとはアサリとかしじみとか、貝類がええんやけど、夾架貝嫌いやから、卵にしたんや」

『貝類だけはどーしてもね。我が儘ばっかでごめんね』

「ちょっとは苦手なもんあるほーが、かわええやろ」

『そーかしら。それじゃいただきまーす』

キチンと手を合わせてから、ありがたく草なぎお手製の味噌汁をいただく

『あ、美味しー…あったまる…』

「ほんまか?そりゃよかったわ」

出汁がしっかり聞いていて、味噌の風味もよくて、濃いめの味付けが今の夾架の身によく染みた

自分が作る味噌汁より美味しいんじゃないかな。なんて、少し夾架は悔しくなる

思えば仕事ばっかりで、ちゃんと自分でご飯をつくって食べたことがあまりなかった

料理面に関しては草薙に任せてしまうことが多くて、また、取引相手と食事をしてきたり、1人で外で食べてきてしまったり、自炊については疎かになりがちだった

だからこういう家庭的な味が大好きで、たまに食べるときが至福のときとなる

草薙に任せてばかりなのも悪い気がするし、やはり彼女の手料理もたまには食べたいと思うだろう
少しずつ努力を始めてみる価値あるなと思う

あまりの美味しさに、二口めからは橋をおくことなく一気に完食してしまった

「ははっ、ええ食べっぷりやな」

『これなら何杯でもいけるわ。出雲ってばほんとオカン。あ、でも嫁のほうが近いかしら』

「それ褒めてる?」

『うん』

空になったお椀と箸をサイドテーブルに置き、隣に座る草薙を称賛していた
誰よりも男らしい草薙だが、誰よりもお母さんで、彼女スペックを持っていた

『ねー、あたしのお嫁さんになってー』

「まだ酔ってるやろ」

『んー、酔ってにゃーい』

再びにゃんこモードが発動された
夾架は草薙の首もとに腕を絡ませ縋り付く
なんかフワフワとした気分になったので、ノリで口調まで変えてしまう

実はまだ酒が色濃く残っていて、悪酔いに近いものなのではないかと思ったが、意外と正気らしい

『ねー、結婚しよー?』

「それ本気で言うてるん?」

『あたしはいつでも本気ですー』

ゆさゆさと草薙の身体を揺すりながら言ったけど、あっけなく否定されてしまった
夾架は頬を膨らませ、起こった様子を見せながらも、草薙にさらに抱きつく

「あんな、そういうんはよーく考えてから…」

『出雲は…あたしと結婚したくないの?』

甘えた様子から一転して、今度は半泣きに近い状態だった
はたしてこれが嘘泣きなのか、本物の涙なのか
草薙にはそれを見分けられなかった

少し黙っていると夾架は立ち上がり、部屋から出て行こうとする

『結婚してくれないなら、でてく…』

する気がない人と付き合っていたって、無駄なだけだ
夾架の背中はどことなくそう語っていた

呆れた草薙は、閉じていた口をようやく開いた

「もう少し待っとって。そのときがきたら、ちゃーんと夾架のこと、俺がもらったるさかい。だから、なんの心配もいらん。ただ、もう少しだけ待って欲しい」

心の準備というものがございまして
他にも、お金やらなんやら、一口に結婚といったって、幸せばかりじゃなく、そういう面からの心配も数多くあがる

なので色々と、ちゃんと計画をたてたりなんだりをしないと、軽々しい気持ちでなんてしていいことではない

準備を怠らずににすることで、それが今後の生活に活かされ、よりよい形で新しい一歩を踏み度せる

あまりこういうことを考えていなそうだった草薙だが、ちゃんと考えていたんだな。と夾架は知り、目尻がジンと熱くなるのを感じた

少し急かし過ぎていたのかもしれない
夾架は戻ってきて再びベッドに腰掛けた

『出雲から結婚しようって言ってくれるまで、いつまでも待ってるね。あと何年かかろうが、ずっと待ってるから』

ふんわりとした笑みを浮かべながらそう言い、そっと草薙と手に自分の手を重ねる

夾架は草薙に向き直り、ゆっくりと目を閉じた
先程できなかったキスをもう一度チャレンジ

「夾架…」

『出雲…』

草薙が切なめに名前を呼べば、それに応えるように夾架も名前を呼ぶ
草薙がそっと夾架の頬に手を添えて、唇を近づけた
その瞬間

『ごめん、やっぱダメだー…』

再び夾架は手の甲で口元を隠す
する気満々だったのに、2回も寸止めをくらった草薙は呆然としていた
それから深々とため息を吐きうな垂れる

「狙ってる?」

『えー…まさかぁー…』

ごめん。と謝りながら夾架は草薙の肩に頭を預ける

『ねー、寝よー?』

「手加減せえへんよ?」

『ばーか。睡眠よす、い、み、ん。変なこと考え無いで。ね、たまにはもーちょっと寝よーよ』

「えー、どないしよかなー」

変なこと考えるな。といいながら夾架は草薙の頬をつねる

夾架は布団に潜り、捨てられた子猫のような目で草薙を見つめていた
うるうると瞳を潤ませて、巧みな技能だ

甘えてきたと思いきや、つーんとした態度、それから切なめな表情
コロコロと態度を変え、草薙のペースを乱す

仕事で身につけた技能を盛大に使用してきて、困ったものだ

普段はこんなことしない
気取ることをなにひとつとしてしないただのいい女
だが、酒が色濃く残る今朝みたいな日は、テンションやら諸々がおかしなことになる

『いずもぉー…』

「…しゃあないなー、ちょっとだけやで。そんな目で誘われてしもたら、敵わんわ。」

『やったー!』

そのまま占領されたダブルベッドへと潜り、夾架の隣に寝転がる

「たまにはこういうんもええなー」

いつも定時に起きて、色々とやっていたので、二度寝なんてものはすごく久しぶりだった

自分がいなくても、バーに適当に人が集まり、適当に色々とやってるだろう
たまには店のことを忘れて、束の間の休息を楽しむのも悪くないと思った

「何にやけとんねん」

『んー、出雲かっこいーなって。あ、今日は暇だからバーでお手伝いでもしよっかな』

「助かるわ」


結局そのまま、昼近くまで寝てしまい、十束や八田にあれこれ言われてしまったという

特に目覚まし等をかけることをしなかったので、心地よさのあまり、どちらも一度も目覚めることがなく、十束からの電話で起こされた

もしも草薙が端末を鳴らないようにしていたら、きっと昼過ぎまで眠りこけていたであろう

起きたときの寝癖が酷くて、2人で笑いあった

目が覚めたとき、愛しい人の姿がすぐ傍にあったときの嬉しさははかりしれないもので、こういう小さなことから大切に思えるようないい環境をつくり、いい夫婦になれたらいい

今はまだ忙しくて仕事を優先してしまうが、いつかきっと平和に暮らせるその時までは


こんな日がたまにはあったっていいじゃないか



END.
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