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□王子様の口づけで
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事件から2年の月日が流れ、当時は副長という重要な立ち場を欠いてばたついていた職場の雰囲気も、徐々に立て直されていき、今ではそれぞれが今まで以上の働きを見せている

宗像も仕事の面ではすぐに立ち直り、仕事に熱中するようになり、時々夾架がいたことを忘れてしまいそうになる

だが夾架は確かにセプター4で、副長として君臨して、宗像の隣で笑顔を見せていた

2年も目が覚めないなら、そろそろ回復を諦めた方がいい。と言われていた
しかし、最近の夾架には目覚めるかもしれない兆しが見えていた

時々ピクリと手が動く
宗像が夾架の肌に触れると、ほんの少しだけ身じろぐ
もしかしたら近いうちに目覚めるかもしれない。そう言われ、宗像は喜ばずにいられなかった

「夾架…早く目覚めてください。皆貴女の目覚めを待っています…」

こうして少しでも多く喋りかけ、夾架の意識を現実に戻そうとする

宗像の声ならもしかしたら届くかもしれないから、たくさん喋りかけてやって。とも言われていた

こうして眠っていても、キチンと栄養を与えられ、身体も清潔に保たれ、何から何まで世話されていた

だが生命を保持する為の必要最低限の栄養しか与えられないので、仕方のない事だが体は痩せていく一方で、もっと変わったところといえば髪だ
元々肩ぐらいまでの長さを保っていた髪は、2年間切られていなく、今は臍の辺りまで伸びた

変わらずさらさらで、絹のような手触りで、美しいものだった
宗像は夾架の髪をひと束掬い、そっと髪にキスをした

だが宗像が愛を捧げ続けても、応えてはくれない

「夾架…なんでだ…」

その穏やかな表情をみていると、哀しくなってくる
人質を守ろうとして身代わりになって、結果こんな事になって、夾架がしたことは誇らしいことだが、こうなってしまっては意味がない

どうして目覚めない?
もし一生目を覚まさなかったら?
どうしても悪い方向にしか考えが向かない

「くそっ…」

何度神に願っただろう
どうか彼女だけは連れていかないでくれ、と
だが何度神に願ったって、その願いは叶わない

神は信用ならない
いつだって気まぐれで、気分なんかでこの先の自分らの人生の明暗を決められてしまったらひとたまりもない

だから自分の力で、夾架を目覚めさせると誓った
しかしできる事があるなら、とっくにやっている

それでも宗像は、毎日その飛び抜けている頭脳をフル活用して、夾架を目覚めさせる方法を探し続けていた

「そういえば…」

先ほど伏見と話をしたときに、伏見が言っていたことを思い出す

まだセプター4に入りたてで夾架の事をよく知らないはずの伏見が、どこからか流れていた夾架の噂を聞いたらしい

セプター4の眠り姫ねー…可愛いって聞いたんすけど?
はい。大変麗しく清純可憐な素敵な方です。
元副長で室長の恋人。
そうですが、夾架がどうかしましたか。
…あんこ好きとかそういうんじゃ、ないっすよね。
まさか、冗談はよしてくださいよ。

伏見が他人に興味を持つなんて珍しいったらありゃしない
伏見といったら、常に吠舞羅の八田美咲の事だけを考えているであろう奴なのに、珍しく宗像へ尋ねてきた

あなたが他人に興味を持つなんて…成長しましたね、伏見くん。
は、何言ってんすか。俺はただ、仕事出来る人がいるなら、早くその人に戻ってもらいたいだけです。いい加減超過勤務、辛いんすけど。
すみません。夾架はよく仕事ができる人でしたから…戻ってきてくれたら、きっと仕事も楽になります…もう少し待っていてください。

漸く再生し、今まで以上の成果をあげていたとしても、もし夾架がいたら、一人一人の負担も減り、きっともっと良い職場だっただろう

…なんかすんません。
いえ、別に気にしてませんよ。
あー…室長、白雪姫って童話知ってます?
はい、存じておりますが。
そのー…、元副長が目覚めなくなってから、キス、したことあります?
いえ、ないですね。自発的に呼吸してますが、もしも窒息死されてしまったら困りますので。
いや、ふつーにリップキスでいいと思うんすけど、白雪姫って、毒りんご食って死んで、でも王子のキスで生き返って…。試したことないなら、試してみたらどーっすか。
おや、伏見くんがそんなことをいうなんて。熱でもあるんじゃないですか?でしたら…
だから、俺は超過勤務がくそめんどくさいんすよ!早く目ぇ覚まさせろっていいたいんです。
…ほう、そうですね、では今度試してみる事にします。

本当にどうしてしまったんだ
まさか伏見が童話の話をしだすだなんて、宗像は思わず笑ってしまいそうになるのを堪えるので必死だった
思い出すだけでも笑みが零れた

だが、試して見るのもいいだろう
たかがキスで目覚めたら、今までの苦労は何だったんだ。ってなるがそんな簡単に目を覚ましてもらえるなら、いくらでもしよう

しかし、ほんとうに大丈夫なのか
もしも呼吸が止まってしまったら
そのときは人工呼吸でもすれば大丈夫か

キスなんて2年ぶりだ
それはそうか
改まってキスなんて恥ずかしいものだ

「夾架、そろそろ起きてくれないか?」

そろそろ淋しいじゃすまなくなる
だから、早急に長い長い眠りから覚めてほしい

夾架はセプター4の眠り姫なんかじゃない
宗像礼司の唯一無二の恋人であり、頼もしい右腕

こんなところで立ち止まっていいはずがない
しっかりと、自分についてきてほしい
夾架を残して、先に進むなんてこと、宗像にできっこない
自分についてこれる数少ない人間だから、失いたくない

2年分の様々な想いをこめて、宗像はそっと夾架の形のよい唇に口付けた

『ん……』

「…?まさかな…」

一瞬だけ微かに夾架の声が聞こえた気がした
しかしそんなわけがないと、宗像は苦笑する

やっぱり神は意地悪だ
どれほど夾架を想っても、その想いは途中で一刀両断されてしまう

ほんの少しでも目覚めるかな。なんて思ってしまった自分が恥ずかしい
伏見にはダメだったと報告して、また何か策でも考えて貰うとしよう

宗像はそろそろ仕事に戻るかと思い、夾架に背を向け扉へと向かう

「夾架、また明日くるからな」

たとえ緊急出動や、片付かない仕事があったとしても、1分でも1秒でもいいから、ここに毎日来ると決めている

また明日も、淡島に頼んで長めの休憩をいれてもらおう

明日も楽しみだ
睡眠をとったわけではないが、十分すぎるくらいに疲れがとれた気がした
やはり大切な人の存在というものは大切なものだ

宗像は名残惜しくも部屋から出て行こうとした時だった
微かに聞こえた声に耳を疑いたくなった

『れ…い、……し…』

ついに幻聴でも聞こえるようになってしまったか
徹夜してそのまま仮眠せずにここにいるため、相当疲れているんだなと、宗像は軽くこめかみを抑えた

然しながら実際は、幻聴でもなんでもなかった

『れい、し…』

「夾架…?」

『…おはよう…礼司…』

「夾架!?」

ここまできたら幻聴ではないと気付く
振り返り見てみると、宗像は信じられない。と思う

今までずっと寝たままだった夾架が、目を開け、上半身を起こしこちらを見ていた

宗像はすぐにかけより、夾架をぎゅっと抱きしめた
夾架も遅い動作でだが、ゆっくりと腕を動かし、力なく宗像を抱きしめ返す

「夾架…夾架…よかった…ほんとに、どれだけ心配したと思ってるんだ…」

『うん…ごめん、ね…』

夾架の発する一言一言が重たく感じられる
2年という長い間、一度も言葉を発することなく、また自分の意思で身体を動かすことがなかった故に、まだ悠長に喋れたり、上手く身体を動かすことができない

それでも、夾架の腕に抱かれている。ただそれだけでよかった
なんて言ったらいいかわからない、よかったしか出てこない

まさか本当に、キス一つで目を覚ますとは
今までの苦労は水の泡だが、夾架のぬくもりに触れられただけで、全て報われた気がした

『遅く、なっちゃったけど…ただいま、礼司…』

「おかえり夾架。夾架に言われた通り、仕事サボらず頑張ってた」

『うん、知ってるわ…』

夾架曰く、眠っている間ずっと、宗像の世界を見ていた
だからずっと、自分を目覚めさせようと頑張っていたり、仕事熱心だったのも、全てわかっている

目覚めたい。ずっとそう思っていた
しかしストレインの大きな力により、身体は囚われ、意識に蓋をされていた
だがそこに宗像が、触れるだけじゃなくて直接的にキスで繋がったことで、無意識に王の力が使われ、力を打ち消して無効とした
青の王ならではの力だ

その力によって夾架を囚える力はなくなり、目を覚ますことができた

そう話せば宗像は、やはり酷く落ち込んでいた

「もう少し早くこうしていたら…。本当にすまない。元あといえばこうなったのも、室長である俺の判断ミスだ。2年間も無駄にさせてしまった。本当に…すまない…」

謝る必要なんてないのだ
宗像は悪くない、悪いのは、勝手な判断で部下を惑わせ、翻弄させたあげくに、このような事態になってしまった自分

だから、謝られたくなかった
意識がないときも、ずっと謝りの言葉をかけられていた
そんな宗像の言葉を聞くたびに、早く目覚めたい。そう思っていたけれど、夾架の願いは叶わず

とにかく謝らないでほしい。夾架はこれ以上は聞きたくない、と宗像の唇を唇で塞いだ

そしてそのまま、宗像の薄く開かれた唇に舌を差し込んで、自ら深いキスに変えた

ねっとりと舌を絡み、互いを求めあって、久々のキスを何度も何度も繰り返した

あまり無理させてはいけない。と、何回めかのキスを終え漸く離れれば、どちらのかわからない銀色の糸が2人を繋いでいた

「平気か?」

『うん…。礼司こそ、仕事平気?』

「ああ。皆優秀だから」

『世理が、頑張ってるもんね…』

自分の後任である淡島の頑張りも見ていた
責任は重大であったはずなのに、淡島は仕事を淡々とこなして、襲いくるプレッシャーを跳ね返していた
自分がいなくなっても、ちゃんと機能できた部下たちを誇らしいと思う
今更仕事に戻っても、逆に迷惑になっちゃうかな。なんて

『ねけ礼司、私、礼司の事好きだよ』

「いきなりどうしたんだ」

『あのね、礼司は2年間ずっと私に愛をくれたけど、私はそれに応えることができなかったから、私も2年分の愛を礼司にあげたいの』

そう言って再び抱きついてきて、だが抱き心地があまりいいとはいえなかった
本当に細すぎて、少しでも力をいれたら壊れてしまいそうだった

『礼司は、変わらないね…』

「お前は変わりすぎだ…。こんなにも痩せ細って…見てられない」

『えへ…いっぱい、食べなきゃだね…。筋トレも、しなきゃ…』

髪型も、体格も、彼自身の匂いも、室長のときと恋人のときの口調の使い分け
何から何まで、2年前と同じだった

だが夾架は違いすぎている
夾架自身も、自分の腕やらを見つめ、苦笑いするしかできない
2年間動かさなかった身体の、いたるところの筋肉が限界までおち、今はきっと、自分1人じゃ立てないだろう

宗像は再び夾架の髪を掬い取り髪を撫でた

「髪、切るのか?」

『どうしようかな。…仕事に、邪魔だしな…』

「たまには伸ばしてみたらいいんじゃないか?」

『じゃあ、そうするね…』
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