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□大事なのは愛
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3月14日。

「夾架、尊とアンナ起こしてきてくれるか?」

『はいよー』

朝の8時を過ぎた頃、草薙と十束は朝ご飯を作っていた
まだ完成には程遠いが、身支度の時間などを行っていたらきっと丁度良いだろう
夾架は草薙に言われ、2階へと上がって行った

『アンナ、起きて』

「ん…キョウカ。おはよう」

『おはよう。今、出雲と多々良が朝ご飯作ってるから、準備して下降りてきて』

「…わかった」

アンナは寝起きが良かった
少し身体を揺すってやれば、直ぐに大きな瞳が開かれる
何度か目を瞬かせ、ゴシゴシと目を擦りながら夾架を見つめ薄ら微笑む

さて、アンナは起こし終えた
アンナを起こすのはとても楽なのだが、問題はこれからだ

隣の部屋には周防という強敵が眠っている

周防は、実は起きてるんじゃないか。とよく思わせる
揺すってもそう簡単に起きてくれないし、絶対起きてるのに、とりあえず起きたくないらしく狸寝入り
声をかけても無視するしで、本当に周防を起こすのは大変だった

いつも草薙がどうやって起こしているのかが知りたかった
草薙が起こしに行くと、直ぐに2階から降りてくるのに、何故か自分が行くと、数十分は帰ってこれない

何をどうしたらいいかわからない

今日も夾架は長期戦になるという覚悟をして、いざ戦場へと赴く

ガチャリ。

『おはよう尊!朝だよ起き……て?…いない?』

意を決して入ったのに、布団はもぬけの殻
そして窓が開いていて、カーテンがそよそよと風に靡いている

『まさか逃げた!?』

そんなにアンナとの買い物が嫌だった!?
夾架はすぐさま窓へと駆け寄り、窓から下や上を覗く
だが外に周防の姿は確認できなかった

アンナにどう説明したらいいんだ…仕方ない、自分と買い物に行こう…
はたしてそれで許してくれる?
たった数秒のうちに色々な考えが頭の中を過ぎり、夾架はがっくりと肩を落とす

「誰が逃げたって?」

『尊、いたんだ』

「いるに決まってんだろ…」

逃げた訳ではなかったらしい
振り返って見てみれば、そこには懐かしの周防の姿が

『尊が髪おろしてるー…うわ、なんかすっごい新鮮…』

「あ?髪なんざどーでもいいだろ」

とても眠たそうなのがすぐに分かる
軽く欠伸をしながら、ガシガシと髪を掻き、ベッドに腰掛けた

髪はセットされてないから身支度をしていたのではない
なら何処に行っていたんだ
…御手洗いってやつか
自問自答で勝手に完結してしまったが、夾架はなるほどと頷いた

『アンナと何処行くの?』

「知らん」

何も決めてないらしい
周防は再び欠伸をしながら、ベッド脇のサイドテーブルに置いてある煙草を取り、咥え火をつける

夾架も周防の隣に腰掛けて、周防の髪を降ろした姿をまじまじと見つめる

「なんだ」

『なんでもないよ。なんか懐かしいなーって』

高校を卒業してすぐ、校則という縛るものがなくなり、全ては自分の自由となった為に邪魔だった前髪を上げた

前髪を降ろしている姿はたまにこうして起こしに来た時に見る
しかし何度見ても慣れず、高校時代を想い出す
いつもは凛々しい周防も、前髪を下ろすと幼く見えて、見ててなんだか楽しくなった
いつもすぐにセットしてしまうので中々見れる機会がない為、そんな周防の姿を存分に楽しんでいた

だが周防にとっては、自分の顔をジッと見つめられても楽しくもなんともない、寧ろ困る

周防は深々と溜め息を吐き、再びサイドテーブルへと手を伸ばす

『あだっ……何これ?』

夾架の頭にコツンと箱のような何かが当たり、夾架は眉を顰めた

目の前に四角く小さな箱が差し出され、夾架は首を傾げながらその箱を見つめた

「お返し」

『バレンタインデーの?』

「ああ」

『別にいいのにー…』

まさか周防からきっちりとお返しを貰えるなんて思ってもみなかった
周防以外からはきっちり頂くつもりだったが、周防は別にいいと思っていた
それなのに、まさかすぎて思わず夾架はにやけてしまう

「何にやけてんだ。いらねえのか」

『いる!いります!!ありがとうございます!!』

そう言って周防から箱を受け取り、箱を見てみると夾架は思わず笑ってしまった

『これ、煙草じゃないっすか尊さん』

「おめえが何欲しいとか、わかんねえよ。草薙がそういうのは、自分が貰って嬉しい物をあげるのがいいって言ってた」

ー天然尊、可愛い…。

そういうことに疎いというのは知っていたが、まさかこうなるとは

まさに周防らしい贈り物だと、夾架は貰った煙草を嬉しそうに眺める

だがせっかく貰ったのは嬉しいのだが…

『あたし煙草吸わないんだけどね』

二十歳で酒はがんがん呑むのだが、煙草は吸っていない

「嘘言ってんじゃねえよ。ちょこちょこ草薙のくすねて吸ってんだろ」

『あは、バレてた?匂いは気遣ってたんだけどなー…』

「見た」

『なるほどー…』

吸ってない。と口では言うけれど、周防の言う通りで、たまに草薙の煙草をくすねて隠れて吸っていた

もちろんライターは必要ないから、誰にもバレていないと思っていたのに、周防にはバレていたのか

『これ、尊が吸ってるのでも、出雲が吸ってるのでもないよね。どうしてこれ選んだの?』

「女に人気だっていうから」

『へぇー…。メンソールかー、いいねこれ。すっごい嬉しい』

適当に選んだのじゃなくて、ちゃんと考えてくれたんだと考えると、とても嬉しくて優越感に浸れた
吸いたい。とは思うけれど、吸ってしまうのがもったいない気がした

「なんで煙草吸い始めたんだ?」

『えー…、出雲とか尊が美味しそうに吸ってるから、興味本位でかな』

「お前、人一倍吸わなそうなイメージ」

『そう?あたし、みんなが思ってる程清楚な人間じゃないし』

そんな目の前でスパースパー吸われてたら吸いたくもなる
どうせ、毎日の様に煙吸ってるんだから、自分で吸ったって変わらない
草薙が目を離した隙に、机の上に置いてあった箱から1本、こっそりと持ち出して2階で吸った

そしたら思ったよりも気分が良くて、それからたまーにこうして吸っていた

『やっぱり女が煙草吸うって良くないのかな。あんまり良い様には言われてないよねー…』

恐らく十束も知らないかもしれない
知られたら嫌われるかな。なんて思いつつも、早速1本吸うことにした

新品の箱の封を開け、1本取り出し咥えた
自分で火をつけようとしたが、それよりも早く、周防がつけてくれた

『ありがと』

脚を組み、ふぅっと煙を吐き出した
草薙以外の銘柄の煙草を吸ったのは初めてだったが、悪くないと思った

「別に、いいんじゃねえの。誰が吸ったって変わらねえ」

『そうだよねー…はー、幸せ…』

肺いっぱいに吸いこんだ煙草の煙が気持ちよかった
メンソールだからすっとして、これは病みつきになりそうだった

『王様がつけてくれた火って、すっごい良いものね』

周防が自分の為に煙草を選んでくれ、挙句火までつけてくれるなんて、八田に自慢でもしてやろうか

たった400円ちょっとで20本程しか入ってなく、3倍返しには程遠いものだが、夾架にとっては5倍、いや10倍にも感じられた

『やっぱ大事なのは愛よね』

「……変な奴」
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