short

□No regrets
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『きゃっ…』

ドサリ。
夾架の身体は床に打ち付けられる

「大丈夫?ゆっくりでいいわ。少しずつ少しずつ、焦らないで練習していきましょ」

『うん…、ごめんね世理ちゃん』

「今更何言ってるの」

『けど、ごめんね。ほんとはお仕事忙しいんだよね…』

「平気よ。皆が頃頑張ってくれてるわ。ほら、掴まって」

淡島は夾架の身体を支えながら立ち上がらせ、すぐそばのバーに掴まらせる

脚が鉛のように重たい
全く言うことを聞いてくれない
まるで、自分の脚じゃないみたいだった

時々怖くなる
こうしてリハビリを続けていても、もう2度と、自分の脚で自分の力だけで地に立つことは出来ないのではないか
そう思うと、身体が震える

嫌なことを考えずに、良いことだけを、今までずっと考えてきた

順調だった人生が全くの反対方向に変わってしまったけれど、夾架は1度たりとも愚痴を零さず弱音を吐かず、すんなり現実を受け入れた

いつか来るであろう明るい未来の為に、暗い事を考える事を避け、夾架は努力を惜しまなかった

「今日はここまでにしましょ、疲れたでしょ。あまり根を詰めすぎても良くないわ」

『うん…そうするね』

「室長が、貴女にお会いしたいと仰ってるわ。会う?それとも帰る?」

『礼司さんが?うん、いいよ』

夾架は淡島に捕まりながらも、車椅子に腰を降ろす
それから淡島がゆっくりと車椅子を押し、リハビリ室から出て行く

廊下でたくさんの隊員とすれ違った
いつ来ても変わらない。皆同様に淡島と夾架に頭を下げる

夾架には、皆に自分を見下ろされていて、車椅子が好きではなかった
人と同じ目線から世界を味わえない
いつも低いところから見上げることしか出来ない

すれ違う人々の見えるところは腰元、見上げて話すのは首が疲れる

随分と、住む世界が変わってしまった


「調子はどうですか?」

『まあまあです』

青の王である宗像礼司が片膝をつけまで、しゃがみこんで目線を合わせることはないのに、宗像は夾架と話す時は必ず目線を合わせた

何故かと聞いても、宗像は何も答えなかった
寧ろ、何も言えないのだ

宗像ですら頭の上がらない夾架は、何者かと言うと何物でもない

ただの一般人。とは言えない
赤のクランズマン、それから赤の王周防尊の妹

宗像よりも地位は格下、それなのに宗像は彼女に頭が上がらない

「…辛い、ですか?」

『え…?』

「痛いですか?」

『辛い。痛いよ。でもね、大丈夫だよ』

宗像は夾架の脚にそっと触れた
その手は酷く優しいもので、夾架も宗像の手にそっと自分の手を重ね、優しく包み込んだ

『礼司さんは悪くないよ。お兄ちゃんも多々良も、そんなこと少しも思ってない。だから、私に気を遣わないで』

「それでも我々は、取り返しのつかないことをしてしまった。この罪は一生消えることはない。せめてもの償いを、させてください…」

『礼司さん…』


ーーーーーー
今から3年程前のことだ

その日、十束と夾架は世に言うデートを楽しんでいた
街へ買い物に出て、食事をしたり、服を選びあったり、ごくごく普通のデートだった

だがその平穏は、突如不穏へと変わった

飲み物を買ってくるからここで待ってて。
十束はそう言って、夾架を近くのベンチに座らせて夾架から離れた

夾架は十束が戻ってくるのを待ち、街の風景をなんとなく見つめていた

すると、自分の方へと走ってくる、見知らぬ男がいた
その手にはナイフ
男の後ろを青服が追っている

なんだなんだと夾架は驚き、ジッとその光景を見つめていた

自分には関係のないことだから、例え事件だとしても青服に任せておけばいい
知らんぷりして目線を逸らそうとしたら、ガッと男の手が伸びてきて胸ぐらを掴まれた

『ちょっと、何!?離して!!』

「大人しくしろ、死にてえのか」

強引に引っ張り立たせられ、片腕を後ろでひねりあげられ、それから首筋に刃物をあてられた

「貴様!一般人に手を出すな!!」

「一般人?こいつは違うだろ?」

『え、あ、はい…?』

なんだこの状況は
なんかいきなり人質にとられてしまった様だ

夾架が赤のクランズマンであることを知っている
そして、セプター4が追っているということは、おそらくストレイン

どうしたらいいんだ
ストレインということは、未知の能力を持っているということ
だが、いつまでもこうしてられる訳ではない

せっかくデートを楽しんでいるのに、台無しだ
もっと十束と行きたい場所がたくさんある
こんなやつに邪魔されてたまるか

セプター4も人質をとられてしまっては身動きが出来ない様だ

仕方ない、ちょっとだけ力を使って離してもらおう
夾架はそう思って、自由な方の腕に炎を灯そうとした時、男は夾架の行動に気づいた

「力は使うなよ。使ってもいいが、お前が一瞬で俺を消し炭にして殺さないと、お前が死ぬ」

首筋にあてられた冷たいナイフ
ホームセンターで普通に手にはいる様なナイフだが、男は本気だった

首筋にあてた刃が夾架の首筋を浅く切り、血が出ていた

どんなに悪人でも、夾架に人を殺せる程の冷酷さはなかった

だから力は使えない
イコール、力ずくでは解放されない

そのまま何も出来ないまま、何処かのビルの屋上まで、半ば引きずる様にして連れてこられた

『離して…』

「悪いがその願いは叶えられない」

『やだ…多々良…助けて…』

ここで待ってて。そう言われたのに、離れてしまった
心配してるかな。なんて思いながら、夾架は十束の顔を思い浮かべた

きっと血相変えて捜している
はず、夾架は普段からふらりといなくなってしまう性格でもないし、何かあった時はきちんとメールを送る

現に今、ポケットの中で携帯が何度も何度も震えているのが分かる

『助けて…多々良、お兄ちゃん…』

か細い声で呟くが、その願いは十束にも届かない

セプター4が目の前に迫っている

目の前で隊列をつくり、サーベルを構え、今にも取り押さえるぞ。という気迫が出ていた

男は焦っていた
次第にナイフを持つ手の力が強まっていき、更に肌に食い込む
もしもこのまま頸動脈が切られ、殺されることになったら?

十束や周防を、悲しませたくはなかった
尚更どうしていいか分からなかった

ふと感じる威圧感に、夾架は閉ざしていた目を開く

段々とその威圧感が強くなってきて、何かが近づいてくるのが分かる

カタン、カタン。
古びた階段を誰かが上がって来る
夾架はすぐに気づいた、それが誰なのか

ー青の王、宗像礼司…ボスのお出ましね…。

「おや君は、周防の妹…」

『お久しぶり、ですね…』

「おい、それ以上近づくんじゃねえよ!!近づいたらどうなるか分かってんだろ!?」

カツカツと、靴の音を響かせながら宗像は2人に近付く

「随分とあがきますね。もう逃げ場はないですよ」

宗像は多くの隊列を従え、男へとどんどん近づいていく

近づいて来ると、それに比例して男は後ずさる
カタン、男の背に柵が当たる
これ以上は逃げられない、漸く解放される。と思った瞬間

『え……?』

夾架は背中に鈍い痛みを感じた後、身体が宙に浮く感覚がした

そのまま身体が急降下していく

ーああ、私死ぬんだ…。

共に落ちていく柵、どうやら脆くなっていたらしく、突き飛ばされぶつかっただけで壊れてしまった

最期に見たのもは、青服が男を取り押さえる光景と、宗像が必死に手を伸ばしていたこと


目が覚めたら、何処かのベッドに寝かされていて、横には十束、周防、草薙が心配そうな表情でこちらを見ていた

ー私、死ななかったのね。
あんなに高いところから落ちたのに。

それから聞かされたこと、足が動かない。と
難しい内容で、混乱していた頭では理解ができなかった
とりあえず、足が動かなくて、リハビリを続けていったら少しなら自分で歩けるようになるかもしれない

いきなり突きつけられた現実を、夾架はすんなりと受け入れた

だが十束はそうではなかった
自分が傍についていなかったからこんな事になってしまった
と酷く自分を責めていた
夾架はそんな十束を、笑顔で逆に励ましていた

十束と同じで、人生色々あるよね程度で済んでしまい、車椅子と松葉杖を駆使して一生懸命に生活していた


ーーーーーー

「貴女は、我々を憎んでもいい。赤のクランだって、我々青のクラン憎んでいるはずだ」

『何度も言ってるじゃない、憎んでないよって。私はすぐに現実を受け止めたけど、やっぱり他の皆は、なかなか認めなかったね。それでも私はこれでいいの。お兄ちゃんの為に戦えなくなったけど、今まで以上にお兄ちゃんが優しくなって、嬉しいんだ。それから、私がこうなら絶対に、多々良は離れていかないでしょ?』

だから大丈夫。と言うように、自分の目の前で跪く宗像の頭を撫でた

「何か困ったことがあったら、いつでも何でも言ってください。必ず貴女の望みを叶え、貴女の力になります」

『ありがとう、礼司さん』

「赤のクランが嫌になったら、いつでも此処に来てください。いえ、言ってくだされば何処にでも迎えに行きます」

『それはないかな。でも、お願いしとくね』

宗像はそっと手を取り、夾架の手の甲に口付けを落とす

この男は、何処までも誠実な人間だ
慇懃無礼ではあるが、夾架に対しては真剣だった
それはただ単に、罪を感じているからではない
夾架を1人の女性として見て、単純に好ましく思っているから

だが夾架は敵対するチーム、吠舞羅のメンバーであり、また赤の王周防尊の妹、十束多々良の恋人。と、宗像にとっては余り良くない環境にいるので、恋心をオープンには出来ないが、こうして一方通行の愛でもいいと思っている

「室長、周防尊が迎えに来ています」

「そうですか。では伏見くん、彼女を表まで送ってあげてください」

「分かってます」

やって来た伏見は迎えが来たことを告げる
今日の迎えは周防だと知ると、夾架は嬉しそうにする

そこで車椅子から降り、松葉杖に切り替えて、ゆっくりとだが伏見と部屋を後にした

「大丈夫ですか?背負いますけど?」

『ううん、大丈夫。自分で歩けるよ』

宗像に、外で待つ周防の元までキチンと送り届けると言ったので、ジッと夾架の様子を見つめていた

1つ1つの動作が随分とゆっくりで、1歩がとても小さい
それでも着々と前に進んで行っている

だがこれ程までにのろまだと、伏見を苛立たせてしまうのではないか。夾架はそう思い、少し急ごうとした時だった

油断したらがくりと力が抜けて、身体が前方へと倒れる

カタン。松葉杖はそのまま床に投げ出されたが、夾架の身体は伏見によって受け止められる

「危ない真似しないでください。こんぐらいじゃ誰も怒りませんよ」

『ごめん…』

ーやっぱり私は、1人じゃ何も出来ないんだ。

仕方のないことだけど、やはり辛い
夾架が俯いていると、フワリと身体が宙に浮いた

「いいから頼ってください。無理して悪化されたら困るんですよ」

『…うん、分かった』

伏見に抱き上げられ、松葉杖も回収して、そのまま歩いていく

軽々と伏見に持ち上げられてしまい、見上げたら伏見の顔が視界いっぱいに広がる

「俺の顔になんか付いてます?」

『ううん。猿比古の顔、久しぶりにこんな近くで見たなって思って。…猿比古、おっきくなったねえ』

「俺も、夾架さんと久々に話したって、思ってた。夾架さん、こんな軽いとは思わなかった。食べてんの?」

『ちゃんと食べてるよ。…もう3年になるんだね、猿比古が青に行ってから…』

事故が起こってすぐのことだった、伏見が吠舞羅を抜けてセプター4に入ったのは
夾架が伏見を、八田のように裏切り者など言うことはなかった

夾架はよくセプター4の屯所にリハビリや検査に来ていて、伏見のことを見ていた
彼が青で上手くやっているのを見て、少しだけ嬉しかった

だがいつもこうして会話をしていた訳ではない
伏見は仕事が忙しい故に、今回はたまたまだった

「…夾架さんの足、治るんすか?」

『…分からない。少しはよくなるって言われ続けてるけど、きっと良くならないと思うの。それでも、色んな人が私のこと心配してくれて、少し嬉しいんだ』

注目を集めたい訳ではない
ただ単に、昔から親に愛されて育ってきた訳ではない
だから皆が愛してくれるのが純粋に嬉しかった

今は役立たずだけど、それでも生きている気がして、とても心地よかった

『なんかさ、猿比古が元気そうで安心した。内心、上手くやっていけてないんじゃないかなって思ってたけど、そんな心配いらなかったね』

「そう、っすね…」

抱き上げられたまま、夾架は伏見の頭をポンポンと撫でる
まるで弟の様で、子供扱いそのものだった

そんな夾架の態度が嫌いだ
吠舞羅にいた時から面倒見がよくて、姉の様で親身に接してくれていた
嬉しいけど嬉しくない。何故なら男としてみられてないから

「チッ…」

『こらこら、舌打ちはよくないよ』

ほらまただ、ほんとに鈍感で天然だ
細かいことを気にしないところなど、周防によく似ていた

兄妹揃っての、燃えるように赤く綺麗な髪。きりりと凛々しい黄金の瞳。端正な顔立ち。
周防兄は高身長で程よい筋肉痛バランスで、周防妹は身長は普通ではあるがスレンダー美乳で、2人ともそれなりのルックスを兼ね備える

外見は恐らく親の良いところだけをひたすらに受け継いだのだろうが、中身は兄妹でも全く違うものだった

兄は、ぶっきらぼうで傍若無人でザ・B型
妹は、気配りが良くでき、清楚で潔いザ・A型
割と正反対だが、とても仲が良い兄妹で、2人の見えない絆はとてつもなく、それこそ血よりも濃い絆だ
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