short

□No regrets
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「キョウカ、お帰り」

『お兄ちゃん、アンナ、わざわざごめんね』

「あ?こんぐらい構わねえよ」

表に出れば門の前で周防とアンナは待っていた
随分待たせてしまったので、いつも申し訳ないなと思う

迎えにきてくれる人物はまちまちだ
草薙が車で来たり、十束が徒歩で来たり、鎌本や藤島らがバイクで来てくれたり、本当に毎回申し訳ない

「伏見、悪いな」

「い、いえ、別にちょっと仕事サボれたんで…」

周防が顔をあげて伏見を見れば、伏見は少しドキッとした
この様に敵対していないときに会うのは久しぶりで、後ろめたい気持ちになる

「足、痛えのか?」

『大丈夫、ちょっと転んじゃっただけだから』

「ほら、乗れ」

周防はそんなこと気にせず、さっさと帰るべく、夾架に背を差し出した

『いっつも重たいの背負わせちゃってごめんね』

「重かねえよ。いいから早く乗れ」

『うん、失礼するね』

しゃがみこむよりも立ったままの方が楽だ
伏見も手伝いながら、夾架は周防の背に乗る

「サルヒコ、持つ」

アンナが松葉杖を持つと言ったので、伏見はアンナに渡してやる
アンナにとって松葉杖は少し大きく持ちずらそうだったが、大事そうに両腕で抱きしめるように2本を持っていた

『ありがとね、猿比古』

「いえ別に。夾架さん、もう無理しないでくださいね」

『うん、分かってるよ。明後日またくるから、その時もまた声かけてね』

忙しくなければだけどね。と付けたし、夾架は微笑んだ
すると伏見の表情も少しだけやわらぐ

『それじゃあまた。お仕事頑張ってね』

「…分かってますよ」

夾架は周防の首に腕を回したまま、軽く手を振った

「首しめんな」

『ごめんごめん、さて帰ろっか』

3人はバーを目指し歩きだし、その後姿を伏見はジッと見つめていた

12月の寒空の下、伏見は軽く溜め息を吐く
赤に対する思いは断ち切ったはずなのに、どうしてこんなにも胸が痛くなる

いつも近くで見ていた3人の背中は、いつの間にか見えなくなり、消えてしまった
今まであの背中についていっていた

でも裏切った
憎んでるはずなのに、どうしてあんな態度がとれる

モヤモヤと胸の奥でつっかえるなにかが腹立たしかった
不愉快。それなのに、少しでも話をしたとき、心が軽くなった

また会いたい。話したい。触れたい。なんて、思ってはいけないことなのに、彼女への一方通行の愛は溢れていた

「チッ……」


ーーーーーー
「寒くねえか」

『うん。お兄ちゃんの背中、とってもあったかい…』

周防の肩口に顔を埋め、そのぬくもりを感じていた

あと2ヶ月で23になるというのに、兄に甘えてばかりで、自分も相当ブラコンだし、周防も周防で夾架を大いに甘やかすシスコンだと思う

アンナは1人っ子なので、兄妹というものがちょっぴり羨ましい気もした

周防の隣をちょこちょこと歩き、2人の様子をジッと見ていた

『アンナ、持たせちゃってごめんね。本当はアンナとたくさん遊びたいのに、いっつも逆に面倒見て貰っちゃって、なんだか情けないね…』

「へーき。キョウカのことは、私が守る」

『頼もしいなあー…』

アンナは自分の数倍しっかりしてて、強い子だと夾架は思う
本当なら夾架が面倒見てあげるべきなのに、気付けばいつも助けられていた

そんなアンナを見て、しっかりしなきゃいけないと思うのに、上手くいかないことばかりだった

自分と一回りも違う女の子に、ここまで気を遣われてしまうと、なんだか情けなく思えてくる

「キョウカは偉い。頑張ってる」

『…アンナ、ありがとう』

励まされてしまった
流石アンナと言ったところだ
きっと考えていることが分かるんだろうなと思い、アンナを見てみると、ふんわりと微笑んでくれた

自分の頑張りを認められ、何だか胸が暖かくなる

ふと顔をあげてみると、いつもより空が近く感じた
久しぶりにこの光景を目にし、余りにも美しい空に心を奪われてしまった

『綺麗…』

「何がだ」

『空。久しぶりにこんな近くで見た。こんなに、綺麗だったんだね…』

日の光がいつも以上に当たり、少し眩しいくらいだった
車椅子に乗って空を見上げても、塀やら家ばかりが目について、空なんてほんの少ししか見えない

今は周防の背に乗り、周防と同じくらいの目線で辺りを見渡すことが出来る
自分の足で立つよりも高いところから見た景色は、とても気分が良かった

「昔から、木登りよくしてたな」

『うん、高いとこ大好き。こんな足じゃなかったら…木も登れたのにな』

一気に声のトーンが下がる
普段は強がって平気なふりをしているが、たまに見せる弱気な夾架が、周防はどうも苦手だった

幼い頃からずっと笑顔だった夾架には、これからもずっと笑っていて欲しい

「明日」

『明日が、どうしたの?』

「出掛けるぞ」

『はーい。明日は、アンナの誕生日だもんね。多々良と、出雲さんたち誘って、みんなで出掛けよっか』

たまにこうして、周防は出かけようと言ってくれる
外の世界をもっと楽しみたい。とまわりくどく言えば、こういう風に話を持ち出す

決して強請っている訳ではないが、周防が連れてってくれるなら、夾架は何処へだって行きたいと思う

夾架の要望は高いとこ
果たして何処に連れて行ってくれるのだろうか

「楽しみ…」

『夜はみんなでパーティーだからね。…アンナももう11歳か、早いねえ』

吠舞羅に来た時のアンナは7歳でもう4年になる
背も伸びたし、雰囲気も変わった
アンナの成長を夾架も嬉しくなり、明日は大いに祝いたかった

プレゼントももう用意してあって、パーティーの事も考えてあって、あとは明日を待つだけ

アンナもずっと前から明日を楽しみにしていて、アンナ以上に楽しみにしているのは十束
何かサプライズを企んでおり、その内容を夾架は知らない

夾架も明日が楽しみで仕方なかった

「キョウカ…」

『……すぅ…すぅ…』

「寝ちゃった…?」

アンナが話しかけても返事がなかった
代わりにすぅすぅと、小さな寝息が聞こえてきて、夾架はいつの間にか寝てしまっていた

「疲れてんだろ」

「うん…」

動かないものを無理に動かすなんて、そりゃ疲れるはず
自分の背ですやすやと眠る妹を起こさぬようにと、周防は慎重だった


「おかえりー。あ、寝ちゃってるの?」

「おかえんなさいっす」

「ただいま…」

「おお、お帰り。すまんかったな、迎え頼んでしもて」

「別にいい。十束、2階連れてけ」

「はーい」

バーに帰り、十束、八田、草薙らに出迎えられた
いち早く夾架が寝ている事に気づいた十束は、他のメンバーに静かにするように、人差し指を口元で立てる

周防に言われ夾架の身体を、起こさぬように背から降ろす
軽々と姫抱きにして十束は早々に2階へと上がって行った

「明日、夾架連れて出掛けるぞ」

「せやな。アンナの誕生日やし、たまにはええな。あの子も室内に閉じこもっとるより、外へ出た方が喜ぶし」

夾架が事故に会う前は、よく皆で街に繰り出したり、十束ともデートをしていた
だが怪我してからは、十束の家とバーを往復する+リハビリに行くくらいだった

たまに連れ出して、彼女が行きたいというところに全て連れて行ってやり、ストレスを与えないようにしている

「何処行くんすか?」

「あいつの行きたいとこ」

「夾架さんの行きたいとこっすかぁ。いいっすね!!」

八田も久々に皆で出掛けると聞き、テンションが上がっていた

夾架が行きたいところと言えば、ショッピングだったり、遊園地だったりだ


『ん……たたらぁ…』

「おはよ。よく寝れた?」

『ん…お兄ちゃんの背中、あったかくてつい…』

目が覚めたら兄のベッドで寝かされていて、あのまま寝てしまったんだと気づく

「起きれる?」

『うん、ありがと…』

身体を起こすのも一苦労だ
十束の腕に捕まり引っ張られ、漸く上体を起こす

『今日ね、猿比古と久しぶりに話したの』

「そっかー」

『それで、なんで抱きしめるの?』

「えー、何もされてないよね?ってことで」

出ました、過保護
十束はとりあえず心配症だった
なんとか立ち直ってくれたものの、口を開けば心配ばかり

それは十束が責任を感じているからで、本当はいつでも傍にいたかった

しかし夾架は、リハビリをしている時の弱い姿を見られたくないから、その時だけは離れると決めた

それ以外は極力十束といる
周防はバーに住み着いているが、夾架は十束の自宅にお世話になっている為に、ほぼ四六時中だ

「…落ち着く」

『私もだよ』

お互いにお互いを抱き合い、心臓の音が聞こえてきそうなまでに密着していた

暖かなものに包まれ、再び眠気が襲ってきそうだった

こうして抱きしめられるのが好きだ
しかし、抱きしめられている時、決まって十束がいうことがある

「……ごめんね」

"ごめんね"なんて言葉はもう聞き飽きている
そんな言葉聞いたって、どんどん心が傷んでいくだけなのに、十束は言い続けていた

夾架はそっと、十束の左肩甲骨、所謂徴がある場所に触れた

『大丈夫。私はどんな風になっても、生きて、貴方の傍にいられるだけでいいから』

「夾架…。今度は、必ず守るから」

『うん、私の全てを貴方に預ける。いらなくなったら、煮るなり焼くなり好きにして』

周防尊の傍にいると永く生きられない
十束があの時アンナに言われた様に、夾架もアンナに言われている

近々何かあるのだろうとは、お互い熟知していた

「もしも夾架に何かあったら、必ず俺は夾架の後をおうよ」

『後をおうだなんて言わないで。死ぬ時は一緒、でしょ?』

"死ぬ時は一緒"
誓った言葉はいつでも胸にある

運命を共にする。と決めているから、死ぬなんてものは怖くなかった

どちらかを遺してしまうのは怖いが、2人一緒に逝くなら、何も怖くない
彼方でも一緒だろうし、生まれ変わってもきっと一緒だ

仮にどちらかが先に逝くことがあったなら、遺された方は迷わずに、すぐに後をおうだろう

愛が重い。狂ってる。
そんなの、分かりきったことで、これほどまでに深い思いを互いに持ち続けないと、どちらかが壊れてしまう

狂い、愛に侵され、いっそこのまま重たい愛に押し潰され、壊れてしまえたら

一度ズレてじまった歯車は、止まることを知らずにそのまま周り続け、自力で元に戻ることはない
誰かが手を加え、元に戻してやらない限り、歪みは広がる

今の吠舞羅にはマトモな奴なんていない
2人もそうだが、周防だって王でシスコンで、草薙も十束みたいな心配症だし裏から色々手を回しているし、八田は夾架の敵討ちというか復讐に燃え、とりあえず主狂者多数

あの日の事件を境に、歯車はズレ始めてしまった

未だ、そこに手を加える者はいない

そして、これから起こる出来事は更に拍車を掛けるものだ
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