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□世界の色
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見渡す限りの荒野
不思議といつもより身体が軽い

荒野。あれ、なんで今荒野って認識出来てるの

普段そんなこと、分かる筈が…

気が付くと荒野に寝転がっていた
ふと訪れる違和感に頭痛と耳鳴りがする

可笑しい、なんで、どうして世界に色がついているの
私の世界は、いつだって灰色と青だけなのに

今目の前に広がる地面の茶色、空の澄んだ青、そして鮮やかでとても綺麗な赤
青を介してではなく、直接この目でその色をみたのは初めてだった

特にその赤色は、美し過ぎて目が離せなかった

「目ぇ覚めたのか」

『…スオウ、ミコト…?』

「ああ。お前は櫛名キョウカ。アンナの姉だな」

『ええ…』

いつもよりも軽い身体を起こせば、赤を身に纏う人物がすぐ傍にいた

先程の綺麗な赤は彼、周防尊の赤なのか

「てめえも、てめえの妹も、姉妹揃って人の世界にズカズカ入ってきやがって…」

『え…?』

「てめえの能力使って、俺と繋がったってことだろ」

言われて初めて気付く
此処が現実の世界ではなく、周防尊の夢の世界だと

キョウカの感応能力により、何らかの原因があるとは思うが、とりあえず繋がってしまった

そんなつもりはないのに。とキョウカは自らの掌を見つめた
その掌を見つめても、違和感しか感じれない

『こんな色なんだ…』

初めて見た自分の手。それはとても白く、透き通るような色で、病的に近いものだった

どうして。そればかりが頭の中で浮かぶが、それを自らの思考では説明できなかった
ちらりと周防を見れば、周防はアンニュイな表情で溜め息を吐く

「てめえ…いや、キョウカが俺を共有してこの世界を見てるからだろ。目じゃなくて、直接脳を使って見てる。ってことじゃねえのか」

『…分からない』

まさか周防がこんな筋の通った意見を出すとは思わなかった
話すのも初めてで、噂によれば、こんな理論的なことは口に出さないはずなのに

そして何故名前で呼び始めた
そんなに自分が怯えた表情をしてた?その不安を取り除きたかったから?
なんて、あり得るわけがない

なんなんだこの人は

『……帰る』

こんな慣れない視覚で長時間世界を見ていたら、頭がパンクしてしまう

それから、全く面識のない人に中を覗かれるなんて、いい気分な訳がない
周防にも悪い気がしたので、キョウカはそそくさと、周防の世界から目を逸らした

ブツン。という何かが切れる音がして、キョウカが目を開けば見慣れた灰色が

しかしいつもより一段と濃い灰色だ
まるで火事の現場にいて、煙に視界の全てを奪われてしまったみたいだ

ーああ、自分はこんなにも、世界の狭い人間なんだ。1人じゃきっと、生きていけないね…。

『…スオウ…ミコト…其処にいるの…?』

「あ?何言ってんだ。いるだろ」

『…え、ええ。そう、ね…』

気配と感応能力を使うことでしか人を見分けられない
仕方ない、他人とは違う視覚で世界を見ているのだから

まず自分が何処でどうしているのかも分からない
しかし、周防だと確認したひとがすぐ傍にいるのは分かった

キョウカはゆっくりと手探りで周防の方へと手を伸ばす

「……どうかしたか」

『……頬』

「それ以外なんだってんだ」

キョウカは覚束ない仕草で周防の頬に触れ、それを確かめるようにスッと一撫でした

そしてその手を少し移動させれば、ちょん。と何か出っ張ったものに当たる

『……鼻』

「…俺を殺す気か」

鼻らしきものを摘まんでみると、鼻声でだが怒りの声が飛んでくる

その殺気に似たようなものにキョウカはびくりと身体を震わせ、慌てて手を引っ込めた

本当に一体どうしてしまったんだ

何故目の前に赤の王、周防尊がいるのだ
此処は何処、どうして
現状を把握出来ずにいて、キョウカはとてつもなく不安に襲われた

世界を照らしてくれる物がない
狭い世界しか知らないのに、いきなりこんな知らないところで、知らない人が目の前にいて、訳がわからなくて、どうしていいか分からない

ーレイシ…助けて…。

目の前で泣きそうなキョウカを見て、周防は再び溜め息を吐いた
自分よりかなりの歳下の女を相手にするのはどうも苦手だ

なんで自分にこんな役目を押し付けたのかが分からない
押し付けた草薙を恨みたくなったが、仕方のないことだ

周防は溜め息を吐きながらも、驚くほど優しい手つきでキョウカの頭を撫でた

「道端でぶっ倒れてた」

『…そういえば』

ーヒモリと巡回してる途中、手配中のストレインと遭遇して、戦闘になって、逸れたんだ…。

漸く身体の痛みの原因を思い出した

『でも…私は青の…』

「傷だらけのてめえをアンナが見つけて、助けたいっつったから、バーに連れ帰ったんだ」

『アンナ…が…?』

いきなり撫でられていた筈なのに、頭を掴まれてぐいっと向きを変えさせられる

『ひゃっ!!』

「手当てをしたのは草薙と十束。だが目ぇ覚まさねえてめえを心配してずっと看病してたのはアンナだ」

向きを変えさせられた先には、小さな人の姿
だが彼女のことなら少しは見える
大事な大事な妹だから

自分はベッドで寝かされていたのだと漸く気づき、そしてその足元には、床に座り込みベッドに突っ伏し眠っているアンナがいる

『どうして…』

「姉妹だからじゃねえのかよ」

『それでも私、敵…』

アンナは赤のクランズマンで、キョウカは青のクランズマンで、敵対するチーム同士

そして姉妹では全く違う世界を視て生きている

アンナは赤以外の色を見分けられない
色覚異常は、アンナだけが持っている訳ではなかった
キョウカはアンナとは違い、青色しか見分けられない

それ故に、互いが属するチームと違い、まだ幼いながらも2人が会うことは殆どなかった

施設での騒動のあと、そのままアンナは赤のクランに引き取られた
しかしその時キョウカは、違う施設に検査という名の悪どい実験に駆り出されていて、キョウカの存在が赤のクランで確認されることはなかった

しかし施設は潰れ、行き場を失ったキョウカは暫く黄金の王の元で預けられ、それから出来たばかりの青の王、宗像礼司に引き取られた

「アンナは、てめえを置いて施設を出たことを今でも後悔してる」

『そんな、今更…』

「取り戻したいんじゃねえの」

それは、赤のクランに来い。ということなのだろうか
それとも、普通の姉妹として暮らしたいのか

アンナの願いを初めて聞いた

しかし、それはどちらも儚い望みだ
どちらももう、遅すぎる

『…青がないと、生きられない…。私、レイシの傍じゃないと…生きられないの…』

あんなにも美しい青なんて、今までに見たことがなかった
海や空はたくさん見てきた
しかしどんな海や空も、彼の前では霞んで見える

彼の青の美しさには誰も敵わないし、敵うものなんてあるわけがない

彼よりも美しく、自分の心を惹くものが現れない限り、一生彼の青を見て生きていきたい

それがキョウカの望み

そりゃ、たった1人の姉妹だ
見た目もそっくりで、中身もそっくりで、同じ風に苦しみを背負わされて、嫌いになれるわけがない
一緒に暮らしたい。と思わないはずない

それでも、ダメなのだ

『アンナも…スオウミコトの傍で美しい赤を見たいのと同じ…。私もレイシの傍で、美しい青を見たい…』

きっと姉妹よりも、自分たちの生きる術であり、自分たちが仕える王を、優先すべきだ

それはアンナも違わないはず
優先すべきは自分が唯一感じれる色

灰だらけの世界に色を齎してくれる存在がいなくなったら、それこそ生きていけない

色を与えられない存在なんて、周りの景色と同化して、無意味に等しい

だから今は、ダメなのだ

自分たちの先天性色覚異常に回復は見込まれていない
だからきっと今だけでなく、これからもこうして別々の道を歩まなくてはならないのだ

突きつけられた現実を、既にキョウカは受け止め切っていた

「キョウカ、てめえいくつだ」

『じゅう…よん…』

「フッ…ガキの癖に難しい考え持ってんじゃねえよ」

『しょうがないの。…アンナもすぐ気付いて、諦めるから…』

本当は一緒に暮らしたい。なんて本当に今更の話だ
産まれた時からこうなる事は決まっていた

そう気づいたのは物心ついた時少し使い慣れてきた能力により。だ

「顔色わりぃ。大丈夫か?」

『王様が、敵の心配?もしも此処で剣をとったなら…』

「見えてねえ癖に意地はってんじゃねえよ」

『うっ……』

まさか早々に気付かれるとは思ってもなかった
確かに周防の言うとおりで、サーベルのありかは全く分からない
ましてや本当にこの部屋にあるのかすら怪しい

周防に図星をつかれ、キョウカは黙ってしまう

それでもキョウカは納得がいかない
敵なのに、全く警戒されておらず、寧ろ全てを見透かされ、憐れまれているようだった

敵の根城のど真ん中で、こんな待遇をされ、屈辱以外の何物でもなかった
手当てをされて、暖かな部屋とふかふかな布団、こんなの可笑しすぎる

帰りたいなと心から願った

キョウカはぐるりと辺りを見渡し、灰色の中に1つだけ頼りになるものを見つけた

『…コート』

「ほらよ」

『ん、ありがとうございます…』

手を伸ばしても取れなそうな位置に置かれた、いつも身につけている青いコート
こればっかりは目立ってしょうがない

しかしこのコートに幾度となく助けられている

宗像の様に美しく映る青ではないが、普段身の回りでは皆がこれを身につけているがために、世界の色に困りはしなかった

青が1つでも視界に入れば、青が世界を照らしてくれる
そうして光が入ることにより、灰色の濃い薄いということが見分けられる様になり、人を見分けるまでに視界がよくなる

コートが手元に来たというだけで、とてつもない安心感が訪れる

コートの青が心を落ち着け、光り、漸く周防の姿も、少しは認識できる

漸くキョウカから不安な表情が抜け、らしくもないが周防は安堵した

『…ありがとう、ございました…』

「俺は何もしてねえ」

『…いえ、私のこと、担いでくれたんですよね。此処、貴方のベッドですよね』

それくらいは、能力で分かる
きっと礼を言われることが苦手なんだろうが、キョウカはちゃんと礼を言いたかった

自ら望んだことではないが、助けてもらい手当てをされ寝床も借りたのに、礼を言わないというまでに性格が歪んではいなかった

それからカチャリという音がして、目の前に愛刀が差し出された

「…ほらよ」

『ありがとうございます』

「返しただけだろ」

『大事な物だから、無くすと大変。始末書書いたり、新しいサーベル申請したり…』

だから極力、離さないようにしている
キョウカは受け取ったサーベルを大事そうに抱え、その感覚を確かめていた

「戦えんのか」

『それなり。元撃剣機動課、現特務隊です…』

「そんなに人手足りてねえのか」

『え…?』

未成年。色覚異常。そしてまだあどけなさが微かに残る少女。
裏社会に関わるのにはハンデがありすぎるのに、こんな少女を前線で起用するなんて、随分セプター4は大変なのだと周防は思う

ありえねえ。宗像は本当にこいつを大事に思っているのか。
なんて、本当に今日はらしくない

『でも…怪我、しちゃったから…きっと暫くはデスクワークです…』

シュン。とキョウカはうな垂れる

そんなことよりも、早く帰らなきゃいけないのでは?
すっかり忘れていたことを漸く思い出し、キョウカはベッドから降りた

「おい、平気なのか」

『…はい。レイシが心配してる』

黙っていなくなってしまった挙句に、ショートパンツのポケットにもコートのポケットにも、端末は入っていない
周防が預かっている風味でもないので、きっと何処かに落として来た

「アンナ起こさなくていいのか」

『…ベッドで寝かせてあげてください。冷たい床だと風邪ひく…』

アンナよりも幾分表情が豊かなキョウカは、柔らかく微笑みアンナの頭を撫で、周防にアイコンタクトを送る

周防はアンナを起こさぬ様に抱き上げて、つい先程までキョウカが寝ていたベッドへと寝かせてやる
随分とぐっすり眠っているようで、少し動かしただけではアンナは起きなかった

キョウカはサーベルをくるりと回し、腰元のベルトと繋げた

それから周防にぺこりと頭を下げて、扉へと向かう
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