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□世界の色
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コートは羽織ってしまったので、再び視界は悪くなり、暗中模索に等しく、よろよろとした足取りで歩く

扉と思わしき方へと歩いているが、いつも以上に悪い視界に慣れず、いまいち距離感が掴めない

「おい、ぶつかるぞ」

『へっ?…痛!!!』

ごつんと鈍い音がして、額と鼻にジンジンとした痛みが広がる
思いきり扉にぶつかってしまったのだ

余りの痛さに夾架はしゃがみ込み、鼻と額を抑える

『早く言ってください…』

見てたならこうなる前に言って欲しかった
そんな直前に言われても、何のことだかさっぱりだ

痛みで涙が滲み、まさか扉にぶつかるとは思ってなかった悔しさで、むすっとしながら周防を睨む
だが涙目で睨まれたって怖くも何ともない
周防は3度目の溜め息を吐き、キョウカの様子をじっと見ていた

キョウカは扉を開き、数歩歩みを進める
だが数歩先には足場なんて物がなかった

階段だと気付いた時にはもう遅い
既に身体はまっさかさま

『…う、そ……』

「ハァ…」

目の前でいきなり視界から消えたキョウカを見て、周防は4度目の溜め息

助けたい、だが間に合わない

キョウカはぎゅっと目を閉じて、くるであろう衝撃に備えた

するとフワリとした感覚と、暖かなものに身体が包まれる

『あ、れ……?』

「びっくりしたー。まさかいきなり降ってくるとは思わなかったよ。怪我ない?」

『え、あ、はい…』

痛くない、どういうことだ
確かに階段を踏み外して落ちたはずなのに、何処も痛くなんてない

「まさか十束が受け止められるとはなー…。いつもやったら、そのままぶっ倒れてたやろ」

「えー、草薙さんそれ酷いって。まあ確かにやばいって思ったけどさ、すっごい軽くて衝撃少なかったから」

周りから聞こえた、おー。という声とパチパチという拍手
真上で声がして、誰かと会話している

そしてその声の主の手が、自分の肩に回され、膝裏に差し込まれ、これはお姫様抱っこという奴なのだろう
感覚だけでそれを読み取り、キョウカは手元の布、十束の服をキュッと握る

お日様のいい匂いがして、なんだかとても落ち着く

話の内容からして、自分を受け止めたのは、トツカタタラという人

その名前には聞き覚えがある
吠舞羅の最古参にして最弱の幹部

恐らく今のキョウカよりも弱いだろう
そんな彼に助けられた、敵なのに

自分を青服だと理解しての行動なのか、本当によく分からない
普通敵を助ける?自分だったら助けないのに
キョウカは頭が痛くなり、こめかみを抑えた

こんなところに、1秒でも長くいたくなんかない

「どうしたの?まだ具合悪い?」

『い、いえ…ありがとうございます…』

何はともあれ助けてもらったことには変わりない
キョウカは十束に礼を言い、十束の顔を見る

ー…よく見えない。

キョウカはまっすぐな目で十束を見ていた
だが、穴が空きそうなまでにキョウカに見つめられ、十束は思わず赤面する

「俺の顔に何かついてる?」

『いえ…』

「こんな可愛い子に見つめられたら照れちゃうなー…」

「十束、今すぐその子離し。流石にそれは犯罪や」

「えー…なんかほんとさ、俺の扱い酷いって」

十束は渋々とキョウカを降ろしてやり、キョウカの頭を優しく撫でた
周防といい十束といい、余りにも優しい手つきで頭を撫でてくるものだから、なんだか自分が哀れに見えて仕方ない

敵として認められていない

ー私、戦えるのに…。

でもここで剣を抜いたって、あとあと宗像に怒られ謹慎になるだけ
伏見のようにたくさん始末書を書かされるのも嫌だ
大人しくしておくしかないのだ

キョウカはこのまま何をされるか分からなく、とても怖かった
俯き、なるべく人の顔を見ないようにしていた

「うちのロリコンが迷惑かけてしもて、すまんな」

『迷惑なんて…思ってない…です…』

ただ助けてもらっただけ
それにロリコンに近い者は見慣れている
特務隊の仲間は皆、ロリコンというか、兄みたく接してくれるから、そういう扱いのされ方には慣れている

先程キョウカに話しかけたのは、多分クサナギイズモという人だと分かる
物腰柔らかな京都弁で話す吠舞羅のNo.2だと淡島から聞いたことがある

それでも、彼の姿をきっちりとみることは出来ない

このまま帰れなかったらどうしよう。というキョウカの精神的ダメージにより、本当に今日は調子が悪い

「キョウカちゃん、だっけ?ねえ、本当に大丈夫?すっごく顔色悪いよ」

「もう少し休んでったらどや?誰もなんもせえへんから、もー少し警戒心といて、落ち着くまで此処にいたらええよ」

十束にそっと頬に触れられる
手が近付いてくるとは分かっていたが、まさか触れられるとは思ってもなく、思わずびくりとしてしまう

凄く気遣われているというのは分かる、心配されているのも分かる
しかし、そこまで甘えられない
否定の文を述べようとした時、後方から声がした

「アンナなの姉だかなんだかしんねーけど、此処に青服がいると空気が悪くなる。んなとこいたくねえから出るわ」

ガタリと音がして、誰かが椅子から立ち上がった様だ

だがその言葉は、言われても仕方のないことなのだが、夾架の胸にズキリとささる

「八田!そんなこと言ったらダメじゃないか。キョウカちゃん、気にしなくていいから」

今の言葉はヤタガラスことヤタミサキのものか
なら納得もいく

伏見から聞いた話、伏見の裏切りのこともあって、八田は執拗にセプター4を嫌う
たとえそれが伏見じゃなくても、青服というだけで、同じ括りとされる
それは別に構わないのだ、伏見が裏切り者であろうがなんだろうが今は大切な仲間
その仲間を貶されるのは、とてつもなく心が痛む

でもこれで此処から出れる。キョウカはそう思い、立ち上がった八田を制止する

『私…すぐ出てきますから…』

キョウカは近くにいる十束の肩を押し返し、コートを翻しながら扉の方へと向かう

「あ、ちょっ、前!!」

『あっ…』

足が勢いよく何かにぶつかった為に訪れた激痛と、ガンという激しめな音、またかとキョウカは思う

余りの痛さに身じろぎ、後ずさろうとしたら、ガクンと身体から力が抜けた

「大丈夫?」

また助けられたようだ
身体は十束に後ろから抱かれていて、転びそうになったのを受け止められた

『あ、ごっ、ごめんなさい!!』

慌てて十束から離れようとしたが、グニャリと視界が歪み、キョウカは黙り呆然と立ち尽くす

ーなんで、なんで…。

「へーきへーき。落ち着いて、ゆっくり深呼吸してごらん」

『っ、は…い…』

耳元で甘く優しい声色で囁かれ、その言葉が促すままにキョウカは深呼吸をした

キョウカの身体が震えていることに気づいた十束は、少し申し訳なさそうにしながら八田らを見た

それからすぐに、八田は十束、草薙以外を引き連れてバー内を出て行った

十束が目で送ったのは、悪いことしたと思うなら、少し席を外して欲しい。決して強く言ったつもりではないが、八田は胸糞悪そうにしながらも、大人しく言うことを聞いてくれた

残されたのは3人で、そのあとキョウカは何故か安堵して、その場に崩れた

十束にソファーに連れていかれて座らされ、十束もまた、キョウカの隣に腰掛ける

「ごめんね。八田は血の気多くてさ、青が絡むとすぐああなんだ」

『…知ってます』

「猿くんから、何か聞いてるの?」

『…ええ』

伏見はたまに、寝る前にヤタガラスのことを話してくれるんだ。と説明すれば、十束は少し疑問に思う

「猿くんと一緒に寝てるの?」

『たまに。昨日はヒモリ。今日はアキラと寝るの』

「変わりばんこなの?」

『はい。レイシは、お仕事忙しいですから…』

今の会話でなんとなくだが、キョウカの心情を悟った
きっと夜は、寂しくて誰かと一緒じゃないと寝れないんだろう
だがキョウカが1番欲する宗像は、仕事が忙しい為に睡眠を余りとれずにいる
それに比べてまだ未成年であり、成長期のキョウカにはキチンとした睡眠時間が与えられ、生活サイクルを健全なものに近い形で保たれている

そりゃ色々抱えていて、不安になるときもあるか。と、十束は非難することなくキョウカの話を聞きいれ、親身に相手をしていた

アンナとさほど変わらない歳なのに、きっとアンナよりも抱えているものは大きい
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