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□世界の色
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「アンナから、キョウカちゃんのこと、少し聞いたことがあるんだ」

「アンナが、自分から話したんか?」

「うん。いつだったか姉が1人いる。とは話してくれたでしょ。その後、内緒だよって、俺だけに詳しく教えてくれたんだ」

草薙も少し気になってか、洗い物をやめて、その場で十束らの話に耳を傾ける

「キョウカちゃん、アンナに凄く似てるんだね。あ、キョウカちゃんがアンナに似てるんじゃなくて、アンナがキョウカちゃんに似てるのか」

姉妹ってなんか難しー。と十束は苦笑いしてから、夾架の頭を撫でた

「髪の質とかもそっくり。でも、キョウカちゃんの方が、少し表情豊かかな」

「せやなあ。完全に違うとこゆうたら、瞳の色は青、青しか見えへんのやな」

『……はい』

ー…そうやって、私の事を哀れんでるの…?なんで、なんで…。

夾架の身体は震えが増し、更に視界が曇る
息が苦しい、上手く肺に空気を取り込めない

「草薙さん、なんか青いもの持ってない?」

「青いもの?…あったかなあ。ちょっと待っとってな」

気を利かせた十束は、バー内を見渡すが、青いものを見つけられずで、草薙に何かないかと頼んだ

そんな2人のやりとりを見て夾架は首を傾げた
すると、十束はニコニコと優しく微笑み、夾架の不安を取り除こうと目一杯の笑顔を見せた
例え見えていないとしても、気持ちの問題だ

「青いものがないと、他も見ずらいから、不安なんだよね。ごめんね、気が利かなくて」

『……いえ、別に』

そんな会話をしているうちに、視界に細い青が飛び込んできた

「堪忍な、こんなものしかなかったわ」

『充分です。ありがとうございます』

草薙からその青を受け取り、その青をぎゅっと握りしめた

「リボン?」

「せや。今朝届いた上物のワインを包装してたリボンなんや。まだつけたままやったんで、助かったわ」

「へぇー。やるじゃん草薙さん」

キョウカはリボンをジッと見つめる
すぐに空気がよくなる気がして、肺にも空気がよく行き届く

再び深呼吸をしてから、顔をあげると、バー内の構造や、十束、草薙の顔もよく見えてキョウカはホッとした

そんな顔をしていたのか。と2人の顔を見てキョトンとし、穴が空くんじゃないかと言うほどに見つめていた
宗像程ではないが、案外美形だな。なんて、口には出せない

「落ち着いた?」

『はい…』

「うん、いい顔してるじゃないか」

漸く顔をあげ、普通の表情に戻り、2人は安堵しつつ、キョウカの顔に照れていた

アンナとそっくりだが、キョウカの方が大人びた顔つきで、きっとアンナが大きくなったらどんな顔をするのだろうと想像するのは容易だ
姉妹で似ているところが殆どで、アンナが大きくなってもこんな顔にならない訳がない

「アンナと凄いそっくりだけどさ、アンナよりも色覚異常が酷いんだってね…」

『…それも、アンナが?』

「うん。青いものが視界に入る事によって、多少は見えやすくなるけど、青がない場合は、全然見えないって。だから、階段から落ちたんだよね?」

キョウカはこくこくと頷くしか出来ない
なんて言ったらいいのか分からないし、そんな風に的確に、改めて自分のことを言われると、やはり自分は人と違うと感じてしまう

そんな風に哀れまれたくない
出来れば他の人と同じ風にして、特別扱いされたくない

「なあ、キョウカちゃん、その怪我なんやけどな、キョウカちゃんも、伏見や世理ちゃんみたく、前線でたたこうてるんか?」

『そりゃ、まあ…』

特務隊である以上、特例は認められない
その、特例が認められない。ということが、キョウカにとっては嬉しいことだ

特別扱いされない
まだまだ未熟な点も多いけれど、大きな子供ではなく、小さな子供。一人前として扱われる

未成年だが、こうしてサーベルを与えられ、力を与えられ、一般の隊員よりも優位に立っている

元々キョウカに備わっている才能、身につけた技能、ストレインとしての力、それらは誰にも文句を言わせない程のもので、その地位を振りかざしても大抵キョウカに逆らえない

漸く築き上げ、手に入れたその場所は、既に簡単には手放せないほどに、キョウカの中では大きな存在となっていた
そんな場所から離れたい。なんて、思うわけがない

「危ないことも、してるんだよね…。手当てしたとき、傷痕とか、いっぱいあったし」

『…戦いに、傷はつきものですから』

「でも、何もこんな幼い子に戦いを強要せんでもなあ…」

十束は心配そうな趣で、キョウカを見つめ、草薙も同じようにキョウカを見つめていた

しかしキョウカは冷たく返すだけだった
今までの自分を否定されているようで、もしも全てを否定されたのなら、今後どうしたらいい

分からないことだらけで、頭の中がぐしゃぐしゃだった
その感情が何なのか、今のキョウカのボキャブラリーの中の言葉では、言い表せないものだ

「アンナとも、話してたんだけどさ…キョウカちゃんさえよければだよ?」

『……?』

「…吠舞羅に、入らない?」

十束がようすを伺うようにして、慎重に話を持ちかける
しかしその十束の言葉にキョウカは驚愕し、大きな瞳を更に見開いた

「…セプター4を否定するわけじゃないけど、やっぱり危ないし、キョウカちゃんみたいな子に、あんまり戦って欲しくない。アンナも、キョウカちゃんのこと、取り戻したいって…。吠舞羅なら、キョウカちゃんのことちゃんと守れるし、危ないめには一切合わせないよ」

『私が…セプター4を…裏切る…?』

「…そういうわけじゃないけど、そういうことになるのかな」

十束の口から次々に放たれる言葉にキョウカはびくりとする

最悪な事を一瞬でも考えてしまった

そんなこと、あり得ないから、考えたくもなかったのに、何も知らない癖に、どうしてそんなことが簡単に言えるの
キョウカはきつく唇を噛み締め、立ち上がった

「キョウカちゃん…?」

『大人は皆…私のことを哀れんで…子供扱いして…私の気持ち考えたことある!?私は、ブラックコーヒーだって飲める。化粧だって最低限はする。…今更子供扱いしないで!!』

大人しいキョウカからは想像出来ない程に感情を昂らせ、キョウカは吐き捨てるように言った

キッと涙で濡れた瞳で十束を睨みつけ、サーベルに手をかける

『私は戦える。守られてるだけのお姫様なんかじゃない。私には青しかいらない。レイシ以外、私には必要ない!』

傷つけ怒らせるつもりではなかった
今目の前で抜刀しようとしているキョウカを見て、おろおろとしながら十束も立ち上がり、どうしようかと思っていたが、あ。と言うマヌケな声を出す

「キング」

「黙ってろ」

いつの間にか降りてきていた周防は至極めんどくさなそうにだが、キョウカに近づいてポンと肩に触れる

『スオウ…ミコ、ト…っ!!』

周防がキョウカの肩に触れた途端、バー内は異様な空気に包まれる
周防が出した威嚇に近いプレッシャーの空気
十束、草薙は慣れているために何とも感じなかったが、至近距離でそれを感じたキョウカは、周防のプレッシャーに怯え立つこともままならなくなり、床に倒れこんだ

『…んで…なん、で…』

「宗像に連絡した。すぐ来る。だから大人しくしてろ」

『レイ、シ…』

すっかり震え上がり、身を縮こませて、塞ぎ込んでしまったキョウカを、草薙が抱き上げソファーまで運んでやり、少し距離をおくことにした

「ごめん、俺、そんなつもりじゃ…」

『………余計なこと…しないで…助けてなんて…言ってない…』

十束が少し離れたところから必死に弁解の意を伝えようとしていたが、キョウカは下を向き、ブツブツと呪文を呟くかのようにしか喋らなくなり、すっかり怯えてしまっていて、そんな様子を見て草薙はそっとしといてやれ。と十束に言う

きっと後で、草薙からの説教がくるのは分かっていた

『こんなとこ…いや…っ、レイシ…』

ガクガクと小刻みに震え、まるで人形のようだった
俯き髪に表情は隠れてしまっているが、恐らく酷く怯えた表情をしているのだろう

「尊、やりすぎや」

「わりぃ、加減できなかった」

バツの悪そうにしている周防に更に草薙は叱咤すると、さすがの周防でも少し凹んでいた

静かな空間で、キョウカは必死に宗像の名を口にして、宗像の到着を待っていた

ガタン。バタバタ。
いきなり階段の方から音が聞こえ、周防は眉を顰めていた

「どないしたん?」

「アンナ、全部聞いてたんじゃねえか。俺と下降りてきたから」

全部。というのはキョウカが、青以外はいらない、宗像以外は必要ない。こんなところは嫌。余計なことをしないで。と言ったことなど

キョウカを取り戻したい。と思っていたアンナには、重く突き刺さった言葉だ

ここは青のクランじゃないから、青なんてない
青を必要とするキョウカにとっては、アンナは必要とされていない存在

アンナが大好きなクランの暖かさを分かってもらえず、嫌われてしまった

それから、助けてここまで連れてきて、手当てをしたこと
好意をもってした行動が、逆にキョウカを傷つけてしまった。と気付いたアンナはショックを隠せなかった

ずっとキョウカの話を聞いていたが、ショックでいたたまれなくなり、部屋へと戻ってしまった

「俺、アンナと話してくる」

「これ以上傷つけんと気ぃつけてな」

「…うん。キョウカちゃん、本当にごめんね」

今更謝られたって、どうにもならない
キョウカは許す気なんてさらさらなかったので、十束の言葉を無視してぎゅっと目を閉じた

それから暫くしてやってきた宗像の顔を見て、安心して力が抜けてしまい腰を抜かした

「わざわざすみませんね。もしあのまま見つからないようなら、仕事どころではありませんでした」

「あ?別にいいけどよ、仮は今度返してもらうぜ」

「ええ。忘れていなければ。ですけどね」

明らかに怯え切って具合の悪そうなキョウカ
そんなキョウカを宗像は軽々と抱き上げながら、そそくさとバーを後にした

最後に宗像は不敵な笑みを浮かべながら言い残した

「キョウカは私のですから、こんな集団にはあげられませんよ」

まるで何があったのか分かっているようだった
話の内容なんてまったく話した覚えはないのに、キョウカを一目見るなり、大丈夫だと言い聞かせたり、それらしいキョウカを安心させる言葉を囁いていた


『レイシ…』

「大丈夫ですよ。今日の分の仕事は殆ど終わっています。後は報告書に目を通して判を押すだけですから、すぐ終わります」

『ごめんね…ごめん、ね……レイシ…』

「夾架が無事に帰ってきてくれただけで十分です。……もうどこにも行くなよ」

『うん…』

自分がどれだけ酷い顔をしているのかは分かっている
宗像の肩に回した腕に少しだけ力を込め、肩口に顔を埋めて、その表情を隠した

『…私には…レイシしか…必要ないのに…今更、なんで…』

泣きそうな声で必死に何かに訴えるキョウカが、不謹慎だが愛おしいと思ってしまった
慰めの言葉でもかけるべきなのだが、こんなにもストレートに愛情を表現されたら、一溜まりもない

『今更…取り戻したいなんて…言わないで…』

一時は迷いに迷っていた
しかしその感情を捨て、割り切ったはずなのに、どうしてこんなにも胸が苦しい

キョウカはその手に握られたままの青いリボンを、くしゃくしゃにしないように弱々しく握り続けていた
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