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□ゴールからはじまる
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抑えた身体を解放し、そっぽ向いたまま抵抗の意思を見せない彼女の服を優しく脱がせた
残るは下着のみとなった所で草薙は手を止めた
「なに、普段からこんなエロいの履いてんの?」
『……悪いかしら』
「いや、最高や。黒レース、紐、堪らんわ。こういう夾架ちゃんのとこも、ほんまに好きやわ」
『そういう事、どうせ他の女にも言ってんでしょ…』
想像以上に美しい身体に欲が疼き始めていたが、下半身から舐めるような視線で見上げていに、顔まで辿り着くと草薙は肩を竦めて苦笑いした
身体に触れようとした手で、彼女の目元からこぼれ落ちた涙を掬った
「あーあー、泣かんといて。俺無理矢理致す趣味ないねん。お互い合意の上で楽しみたいねん。そんなに嫌やったなら、最初から煽らんといて」
『なによ…。あんたみたいに軽い男なんて大っ嫌い……どうせ飽きたらポイ。あたし、もうその手には、引っかからないからっ……』
掬ってやっても涙は溢れてくるばかりで、それだけでなく、この状況でも相変わらず文句は絶えなかった
しかしその文句も最早、文句とは言えなかった
「俺は本気やで。俺が夾架ちゃんとおうてから遊びやめたん知っとるやろ」
『……そうね』
「俺"みたいに"軽い男は嫌いっていつも言うけど、俺が遊んでないの分かってるから、俺を嫌いとは言わないんやね」
『…………』
返事の代わりにまた1粒涙を零した
泣かせるつもりなんて毛頭なかった
言い当てたって、だから?とか、あんたには関係ないとか、余計な詮索するなとか、返ってくると思っていた
それだけ彼女にとって触れてほしくない話題だったのか
その一件が起こる前はきっと口の悪くない素直な子だったのだろう
今はなんというか、完全に捻くれている
まあ無理もないだろう
きっと当時の彼のこと、本当に好きだったのだろう
顔も名前も知らない元彼に嫉妬を抱いた
こんなに美しい彼女を捨てるなんて到底理解が出来ない
自分なら絶対に捨てたりしないのに
「俺のこと、信じられん?」
『ごめんなさい。信じられない』
「どうしたら信じられる?」
『一生信じられない』
「そら困ったなー」
もう傷つきたくない。という自己防衛だ
参った。と言わんばかりに草薙は両の手を胸の前で広げて彼女へ見せた
彼女は涙を拭いながら上体を起こしてベッドの端に座りフローリングへと脚を下ろし、サイドテーブルに置かれたままのワインに手を伸ばし、空いたグラスに注いで口に含んだ
「とりあえず付きおうてみる?」
『ねえ、あたしの話聞いてた?信じられないんだってば』
草薙も彼女の隣へと腰掛ける
その様子を怪訝な顔で見つめながら、再びワインを口に含んだ
草薙は腕を組み、うーんと唸り首を傾げてから、何か思いついたらように右手をグーにして手のひらをポンと叩いた
「せや、結婚しようや」
『ぶっ……!!げほっ、げほっ!!いみ、わかんなっ……げほ!』
突然何を言い出すのかと思って構えたが、想像以上に意味のわからない発言で彼女はワインを器官に通してしまい噎せ返った
噎せた彼女から再びグラスを奪いサイドテーブルに置き、背中を摩ってやる
「俺は夾架ちゃんに本気。今まで遊びまくってきたのは事実やし、そのせいで信じて貰えないのも無理ない。でも軽い男は嫌い言われてから1回も俺遊んでへん。それは分かってな?もちろんこれからもそのつもりや。尊にも渡すつもりはない。まあそもそも尊があんたのことなんとも思ってないだろうけど」
『だからってなんでいきなり結婚になるわけ。超絶意味がわからないわ。確かに元彼とは結婚直前に別れたけど。っていうか周防尊は関係ない、ただ素敵って思ってるだけよ、付き合いたいだなんて思ってないわよ』
「なんでって、結婚して離れるとしたら離婚しかないやろ。浮気したら慰謝料諸々払わなあかんし、自分にバツは付けたくないから今まで結婚なんて考えたこと無かったけど、夾架ちゃんとなら今すぐにでも結婚して、一生を誓ってもええかなって。俺はそれぐらい本気。元彼と結婚直前に別れてるなら尚更、はよ籍入れて安心したったらええねん」
『待ってよ話についていけない……』
「人を好きになるのが怖いんやろ。また離れていくんじゃないかって。大丈夫や、俺はどこにもいかへん。一生夾架ちゃんの傍におるよ」
否定の言葉も聞かずにひとりでに話が進んでいく
結婚、かつては目前に迫ったことだったが、突如として遠ざかっていったもの
浮かれて買ってしまったブライダル情報誌をゴミ箱に叩きつけて、結婚なんて一生しないと誓い、軽い男に騙されないように慎重に生きてきた
それなのに、散々遊んでいた軽い男に猛アタックされ、過去を見破られ、付き合ってもいないのに、しないと決めた結婚を迫られ、頭がパンクしてしまいそうだった
「まずはこっちの相性確かめてみる?」
真剣な顔を一変させ、企んだ笑みを浮かべながらいやらしい手つきで彼女の腰を撫でた
『する訳ないでしょ。そういう軽い所好きじゃないわ』
少しでも、格好良い所あるじゃんって思ったのが馬鹿だった
腰を撫でる草薙の手を払い、床に落とされた自分の服を拾い上げ袖を通した
「さっきまでは良い言うてたのに。はーん、分かった、セックスしたら俺に惚れてまうからしたくないんやろ〜」
『は?…いいわ、上等じゃないの。あんたのどっから来るのか謎な、立派な自信へし折ってやるわ』
「……意外と単純やな」
『何か言ったかしら?』
「いーえ、じゃ楽しみましょか。俺の本気見したるわ。覚悟しとき」
草薙の思惑通りに事が進んでいるが、勝手に決めつけられて黙ってなんていられなかったからついつい抵抗してしまった
ワインのせいもあってか、ついつい口の悪さに拍車がかかり啖呵をきった
ボソリと呟いた単純という言葉は聞き流し、袖を通したばかりのシャツを自ら脱ぎ捨て、ワインをグラスに移さずボトルに口付けて豪快に喉に流し込み、そのまま好みであると賞賛された下着をも脱ぎ捨てた
『さあしましょうか。絶対に惚れないから』
「そうやな。絶対に惚れさせるわ」
彼女の豪快にワインを飲む姿も、飲み終えて口を拭う姿も、下着を脱ぎ捨てる姿も、どれも堪らなく美しく、情欲を掻き立てるには十分すぎた
いつもの小馬鹿にした笑みではなく、見た事ない優しい笑みを浮かべて彼女はベッドに腰掛ける草薙へと擦り寄る
彼女の笑みを見た時点で草薙は勝ちを確信していた
彼女もまた、口では文句を言うが、負けを認めていた
思わず零れてしまった笑みを草薙に見られてしまったから余計にだ
過去を抜きにして、彼の本気の愛が如何なものか確かめたかった
2人はそのままシーツの海へと沈み込んだ
翌日。
「へー、で、草薙さんのチャラ男伝説は無事に終わり、俺が今、証人の欄に名前を書かされてるわけね」
「おう、すまんな。ってかチャラ男伝説ってなんや」
「言葉のまんまだよ。そんな草薙さんが1人女の子相手に夢中になっただけでも凄いって思ってたのに、まさか交際すっ飛ばして結婚するとかいきなり言われてさ、もう参っちゃったよ。しかも、判子持ってバーに来いって言われたからさ、俺借金の保証人にされるとか、変な契約させられちゃうんじゃないかビクビクしちゃった」
あんまり驚かせないでよね、草薙を窘めながらポケットから出した判子を朱肉に付けてから、先程まで文字を書いていた紙に押し当てた
紙の左上に書かれた婚姻届の文字を改めて見たが、十束は最早苦笑いをするしかなかった
後は十束が名前を書けば完成。となっていた婚姻届を草薙に渡す
十束が見た時には既にもう1人の証人の欄は埋まっていて、きっと夾架の友人だと思うが、
この人も驚きながら書いたんだろうと察して、心の中でお疲れ様です。と唱えた
「でもこの子さ、キングのこと好きだったんじゃないの?」
彼女が来店した日は決まって愚痴を聞かされていたのがまだ記憶に新しい
草薙に投げかけた質問だが、聞き慣れない女の声で答えが返ってきた
『ただの男の好み。んー、目の保養に近いのかしら』
「おー、来よったか」
カランカランという鐘が揺れる音と共にバーに入ってきたのは、たった今まで噂をしていた彼女
肩にかかった髪を自然な所作ではらい、十束の隣へとやってきた
『初めまして十束くん』
「初めまして九乃さん。あと、結婚おめでとう」
『ありがとう。ごめんなさいね、証人になってくれなんて頼んじゃって』
以前見かけた時よりもずっと柔らかい雰囲気であるという印象を受けた
2人は自然な流れで握手を交わし微笑みあった
「謄本とれた?」
『ええ取れたわよ。すぐ行く?』
「せやなあ。心の準備は出来とんの?今ならまだ取り消しも出来るで」
『当たり前でしょ?今更何言ってんのよ、バカにしてんの?』
鞄の中から封筒を取り出して草薙に見せた
スツールに座ることなくカウンターに肘をついてカウンター越しに草薙を見て、相変わらずの冷たい返答をする
「草薙さんはさ、どんな感じに夾架さんのこと好きになったの?」
「俺は一目惚れや。夾架に初めて出逢った時に純粋な心射抜かれてんねん」
『え、腐りきった心の間違いでしょ?』
「どこが腐っとんねん。純粋や、じゅ、ん、す、い」
口喧嘩が始まりそうな勢いだったので話題を変えて草薙に話を振ったのだが、それの答えに彼女が突っかかってきた
ダメだ、俺もうこの2人についていけないかもしれないと思ったが、最後に一つだけ、一連の話を聞いても納得出来なかった事を口に出す
「夾架さんはどうして草薙さんと結婚しようと思ったの?」
『そうねー、結婚してくれなきゃやだって駄々捏ねられたから?』
「誰がいつ駄々捏ねた」
『冗談、怒んないで?でもまあ間違ってないよ。ヤダって言っても聞かなくて、そういう頑固なとこがいいかもって思っちゃった。本気になってくれてるの、すっごく伝わったし。あ、あと小言言い合えるのも楽だし』
「そっかぁー、よかったよかった」
揚げ足を取りあっているけれど、決してお互いを嫌いだからとか、傷つけたくてやっているのではない
2人なりのスキンシップだ
現に草薙も夾架も生き生きした様子だ
お互い素でいられる相手がやっと見つかったんだな
「ほな行こか、夾架」
『うん、そうだね』
交際期間0日にして、夫婦になりました。
まずはあなたをよく知って、好きになるところからスタート?
あなたはまだ知らないけど、
あたし意外と独占欲強いんだからね?
結婚って世間一般ではゴールだけど、
あたしにとっては恋の始まり。
END.