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□秘恋
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アンケより


『よし、九乃お先にあがります!これから外出るんで、寮にはいないので何かあったら連絡ください!』

中番定時ピッタリに仕事を終え、デスクから立ち退き、まだ仕事をしている仲間達へお先にと声をかけた
幸いな事に残業せずに上がれそうなので夾架はホッとした

仕事を終えた途端に上機嫌な様子で情報室を後にしようとする夾架を見て隊員達は声をかけた

「九乃、偉く機嫌がいいな」

「九乃さんもしかして!これからデートっすか?」

『そうですかね?日高、デートじゃなくてただの飲み会、からかわないで!』

加茂にやけに機嫌がいいと言われ、日高にデートかと聞かれた

機嫌がいいのは当たり前だ
飲み会というのはあながち間違いではないが、デートという呼称の方が正しいので嘘をついてしまった

そもそも彼がいるというのを公表していないのに一体なんのからかいだ

「気をつけろよ」

『悪漢にですか?』

「呑みすぎに。だ」

『あ、そっちの心配ですか。明日は遅番なんで多少は呑んできますよ』

気をつけろ。と言われたので、夜間出歩く為に変な奴に気をつけろ。という意味で捉えたのだが、呑みすぎに。という意味であったのを捉え間違えて弁財に笑われた

『あ、伏見さん、お先にです。お疲れ様でした』

「あぁ、お疲れ」

仲間と2、3言葉を交わして今度こそ情報室を出ようとした所で、休憩に出ていた伏見が戻ってきたので、伏見にも挨拶をして屯所の廊下をせっせと歩き、女子寮へと向かった

昨日の夜のうちに決めておいた服に着替え、薄めに施された仕事用メイクをプライベート仕様に直して、一纏めに結い上げた髪を解いた

髪を留めていた赤いヘアクリップを見て、夾架は微笑んだ
机の上にそっとヘアクリップを置いて、髪を手ぐしで整えて左右均等に分けて流した

姿鏡の前に立ち、どこかおかしな所がないか最終チェックをして、早々に部屋を出た

女子寮を出て、椿門の駅に向かって歩きながら、夾架は端末で電話をかけると電話の相手は2コール程で応答した

[九乃さんお仕事お疲れさま〜。無事に上がれたみたいだね]

『そっちこそお疲れ様。今屯所出て駅向かってる』

[りょうかいりょうかい。いつものお店で待ってるね]

『うん。じゃあまた後でね、十束くん』

赤のクランズマン、十束多々良
その男がデートの相手となる
日高のデートかという問いに、ただの飲み会だと答えた理由はこれだ

破壊と秩序の能力故に対立しているクランのクランズマン同士がデート。だなんて、絶対に言えるわけがない
言ったところで、よりによってなんで吠舞羅と。と、言われるのは分かっていた

あくまでも秘密の恋人関係、秘密のデート
ひょっとしたら祝福をしてくれるかもしれないが、そうでない可能性の方が高いので、当事者以外には誰にも話していないしバレてもいない

もう2年程になるのだろうか
この秘密の関係が始まったのは、セプター4が結成されてわりとすぐの頃だった

久しぶりの非番で鎮目町に買い物にきていた夾架が、赤のクラン最弱の幹部と有名な十束が襲われているのを見て、少し気の毒に思い助けた事がきっかけだった

手を差し伸べてから十束を襲っていた男が、セプター4が追跡しているストレインであると気づき、捕縛をするべく武器を持たないまま交戦

体術と力を以て怪我もなく無事に捕縛が出来たが、制服のような動きやすい服でなかった為に、タイトスカートにわざとスリットを入れて動きやすくして使い物にならなくし、ヒールも根元からボッキリと折ってしまった

十束は、敵対しているクランの女の子に助けてもらって、服をダメにさせてしまって、あげくに休みをも潰してしまって、そのままありがとうで済ませられる性格ではなかった
なんとか連絡先を聞き出して、お詫びをすると電話をした

夾架は追跡しているストレインを捕まえるのがセプター4の責務でもあるので、初めは気の毒だから助けるつもりであったが結果的に仕事をしただけなので、礼には値しないものだから、詫びなどいいと断ったが、
意外と頑固な所も兼ね備える十束が1歩も譲らず、結果、約束を取り付けられて会うことになってしまった

食事に連れ出され、新しい服と靴をプレゼントされ、自分で作ったというクッキーを貰った
そこでも受け取れないと断ったが、頑固な十束に負けてしまった
そして話してみると互いに敵対視してない事が分かり、歳も1つしか違わないことからすぐに打ち解ける事が出来た
そしてそのまま、世間一般の恋人になるまでの段階を踏み、敢無くして秘密の恋が始まった

2年間の数々の逢瀬を思い出し余韻に浸っていると、いつもの逢瀬場所へと辿り着いた
互いの属領である椿門、鎮目町を避けて数駅離れた淀宮の駅近くに、行きつけの居酒屋がある

店のオーナーが十束のちょっとした知り合いの様で、吠舞羅とも一切の関わりがない
事情も理解してくれているので、逢瀬にはうってつけの完全個室の居酒屋だ

「いらっしゃい。いつもの一番奥の部屋ね」

『こんにちは、今日もお世話になります』

「ドリンクはなんにする?」

『ん、生でお願いします』

店に入ると待ってましたと言わんばかりにオーナーが迎えてくれる
軽く挨拶をして、一番奥と言われずとも夾架は歩き出していた


一番奥の部屋の扉を3回ノックし、中からの返事を待たずして扉を開けて入り、後ろ手にすぐに閉めた

『お待たせ』

「やあ、全然待ってないよ」

部屋の奥側に位置するゆったりとしたソファに腰をかけ、テーブルに肘をついてメニューを見ていた
夾架がやってきたことに気づくと、顔を上げ、手をひらひらと振った

「ていうかやばい、今日の九乃さんの格好、ドストライクで俺の好み…凄く似合ってる、可愛すぎて見てらんない……」

入ってきた夾架の姿を見るなり、振っていた手を口元に当てて十束は視線を右斜め下へと落とした

どうやら作戦は成功したみたいだ
十束のハートを掴む為に昨晩頭を悩ませた甲斐があった

『そ、十束くんが好きって言ってくれると思ってね。喜んでくれたならよかった』

「流石だね〜、俺を思って服を選んでくれるなんて感激」

作戦の成功を喜びながら、部屋の手前に位置するソファではなく、ごく自然な流れで十束の隣へと腰を下ろした
ここに来たら向かい合うのではなく、隣合って座るのが2人の中での決まりだった

人前では触れ合えないの立場故、2人きりの時くらいはこうして近くにいたかった
夾架の不規則な仕事のせいか会う時間も中々とれないので、会えない時間を埋めるかのように触れ合い、愛を確かめ合う


程なくしてオーナーが運んできたドリンクと食事をテーブルに並べて、ジョッキを手に持ち互いのジョッキにくっつけてコツンと音を響かせた

「『かんぱーい』」

夾架が頼むものと同じものを持ってきてと、十束が入店した際に頼んでおいたので、十束も乾杯の定番である生ビール
食事は夾架が好きそうなものを4品ほどセレクトしておいた

ジョッキに口付け、傾けて生ビールを喉へと流し込む
十束は2口呑んでからジョッキをテーブルへと戻したが、夾架は喉を鳴らしてぐびぐびと呑み続け、残りが3分の1まで減ったところでジョッキを机に置いた

ぷはー。と清々しい声を漏らし、勢いよく飲んだ為に口の周りについた泡を、口紅を落とさぬようそっと紙ナプキンで拭き取った
そしてうっとりとした笑顔を浮かべた

『んー、生き返る!幸せ!』

「相変わらずいい呑みっぷりだね〜」

『明日はね、遅番だからがっつり呑むつもり。外で呑むって言ってきたからよっぽどの事がない限りは呼ばれないと思うし』

「お、いいね、俺も呑もーっと」

何を飲んでも美味しいと、酒に好き嫌いのない十束は、夾架がお酒を頼んだ時に同じのを。と頼むことが多い
特段酒に弱いわけでもないので、夾架のペースに合わせることが多かった
その意図としては、十束があまり呑んでないのに自分だけがぐいぐい呑むと、どことなく申し訳なくなる。という夾架の考えに合わせてのものだ

この店の看板メニューの揚げたけの鳥の唐揚げと、2杯目に選んだレモンサワーはよく合う
ニコニコしながらその2つを堪能する夾架を見ながら、十束は枝豆を食べた
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