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□秘恋
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「そういえばこの前はごめんね。そっちに迷惑かけちゃって」

『あー、まあ、しょーがないよね』

3日前の夜に鎮目町で吠舞羅とセプター4で競り合いをした時の事だ
各々のクランが追っていた人物が重なり、それをどちらも譲らなかった事から始まり、夜の街で王同士が対峙し、伴ってクランズマン同士もかなり激しく対峙をした

その時は敵対をしている体で、互いのチームの元で立場を保ち、誰にも気づかれぬよう2人は視線を何度か交わらせた

中々終わりが見えない消耗戦だった為に、酷く疲れが残った1戦だった
その事を思い出して苦笑いを浮かべた

本来であればストレインの確保はセプター4の役目であるのを、吠舞羅にちょっとした因縁があった為に無理矢理割り込んだ形だったので、セプター4に大変な思いをさせてしまい、十束は王の指示とはいえ申し訳なさを感じていた

「宗像さん、上から降ってきたのはびっくりしたな」

『ね、室長も強引な所あるからね。特に吠舞羅…いや、赤の王の事になるとね。なんだろ、生き生きしてるって感じ?ああいう時、王が楽しんでるっていうの、力通じて分かっちゃうもんなんだよね』

「キングもさ、口ではあーいうけど、中々楽しんでるみたい」

『そういう人たちの下にいる人間は、ほんっと大変だよね』

肩を竦めて呆れた口調で夾架がそう言うと、十束もそれに賛同する形で苦笑いで返した

『吠舞羅のメンバーも中々やるよね。鍛え抜かれた特務隊メンバーでも苦戦するんだから大したものね。あたしもつい、アツくなっちゃったわ』

「ケガしなかった?大丈夫?」

『大丈夫、本気の殺し合いじゃないのお互い分かってるからね。副長と参謀さんも立場的なもんだろうし。あーでも、伏見さんと八咫烏はわっかんないけどね〜』

日々鍛錬を行うセプター4の中でも生え抜きの実力を持つ特務隊に相当する力を持つ吠舞羅の主力メンバー
ストリートで生き抜くのも中々に過酷なので、自然と鍛えられているのだろう
型にハマらない自由な戦い方によく翻弄されたものだ
他のメンバーは違うかもしれないが、吠舞羅の実力を夾架は十二分に認めていた

「九乃さんがケガしてないならいいんだけどさ」

『あんな痛いほどに視線向けられてたら、おちおち怪我も出来ないよ。怪我しないように神経研ぎ澄ましまくって頑張った』

「怪我しないか心配でさ。あと、戦ってる九乃さんも素敵だなって、ついつい魅入っちゃった」

吠舞羅との交戦が始まってからずっと、同じ場所から視線を感じていた
戦いながら街中を飛び回って駆け回っても、その視線がついてきていた
優しくて、暖かい視線が上から向けられていたのでそれが十束からの視線であるとすぐに理解し、十束がいるビルの屋上に被害がいかないように攻撃を弾いたりと随分と気を遣った

見られているのでもちろんだがヘマをしないように、そして十束の仲間を傷つけないようにサーベルを振るった

そんな姿が素敵だと言われ、恥ずかしさが一気にこみ上げてきたのでそれを隠すかのようにジョッキに残ったレモンサワーを一気に飲み込んだ

すかさず3杯目の飲み物を尋ねられ、ウーロンハイと言うと、十束はタッチパネルでウーロンハイを2つ注文し、自身のジョッキも空にした

『またそういう口説き文句』

「九乃さんが俺に惚れてる時点で口説き文句って言わないよ。単純に褒め言葉です」

『もー、口が上手いんだから』

ぷっくりと頬を膨らませ、唇を尖らせる可愛らしい姿は、とてもじゃないけど24歳には見えなかった
仕事中は凛々しく、人々を守る立派な公務員だが、サーベルを置き、制服を脱いでしまえば年頃より若干幼さが残る可愛らしい女性だった
こんな夾架の姿はきっと
十束以外に知る者はいない

「あーでもね、ちょっと九乃さんの事見すぎちゃってアンナに言われたんだよね。
戦ってる九乃さん指さして、あの人の事、大事なんだね。って。
どうやらアンナにはバレてるみたいだね」

『アンナ…?あぁ、吠舞羅の千里眼ね。感応能力のストレインの前じゃ隠し事は通用しないって訳ね』

アンナと聞いて、少し頭を悩ませてから、いつも赤の王や十束に寄り添う少女だと理解する
彼女が感応能力のストレインであった事も合わせて思い出した

「まあ、あの子はそういう秘密はちゃんと守ってくれる子だから、心配しなくても大丈夫だよ」

『嘘と秘密はいつかバレるもの。その時は遅かれ早かれいつかは来るってちゃんと覚悟してるよ。ほら、バレたら別れなきゃいけない禁断って程でもないからさ、そん時はそん時。
十束くんお得意の、へーきへーき、なんとかなる。ってね?』

十束の得意セリフを奪い、悪戯な笑みを浮かべる
言おうと思った事を先に言われてしまい、なんとも言えぬ悔しさがこみ上げてきて、十束も夾架と同じように唇を尖らせた

『バレて、どんなに反対されても、あたし別れるつもりないし』

「それは当たり前だよ。でも、2人だけの秘密が無くなっちゃうの少し寂しい気もするな」

『千里眼にバレてる時点で2人だけの秘密じゃないけど。でもあたしも、この密会中々スリリングで素敵だと思うの。終わっちゃうのは勿体無いよね』

「イケナイ事してるみたいで背徳感的なもの、感じちゃうよね」

イケナイ事に悪びれる気配もなく、隣合わせてになっている方の手をソファの上で慎ましやかに絡ませあった

同クランに所属していれば隠さず堂々と交際出来るのに
付き合い始めの頃はよく思い悩んだが、時が立つうちに自然とその気持ちは薄れていった

『あたしといる時の貴方を独り占めしたい。誰にも見せたくない』

自分の中で膨れ上がった独占欲を隠そうとせずに、思いのままにぶつけた
最愛の恋人から向けられる独占欲に鬱陶しさを感じるなんて事があるはずが無かった
それは寧ろ嬉しいくらいのもので、有難く受け止めたのだった

「でもね、うちのメンバーで九乃さんの事いいよねって言ってる奴多くてさ。
この前もそうだったんだけど、戦うと強いし、可愛いし、最高だよなーとか、
彼氏いんのかなとか、思わず俺だよって言いたくなっちゃった。
九乃さんは誰がどう見ても可愛いって思うだろうから仕方ないんだけどさ」

『別にそんな可愛くないけど?まあそんな女の子の彼氏さまの前で言われたら妬いちゃうよね、無理もない』

「そういう時さ、九乃さんは俺だけのものだよ。って言えてたらなー。って思うんだ」

行き場のない悔しさと、更なる独占欲に頭を悶々とさせる日々
それを解決する術は、全てを周囲に知らすという事だけである
しかしそれを自ら行うつもりはない
耐えるしかないのだ

『その点うちは男所帯だから、そういうの無くて本当に助かる。副長はそういう事いうタイプじゃないし、あるとしたら参謀についてだと思うし』

庶務課や情報課などには女性隊員も大勢、とまではいかないが所属はしているが、最前線まで出てくる特務隊には夾架と淡島しか女性隊員はいない
淡島の性格は熟知しているので、十束に対して好意を寄せるという事が絶対にないと分かってるので安心しきっている

しかし夾架が思うのは、セプター4内で十束に対して好意を持つものがいないから安心
ということであるが、
十束はセプター4の男性隊員が夾架に対してどういった感情を抱いているのか、というのも悩みの1つであった
男所帯だから安心と言うが、寧ろ男所帯だから心配なのだ

我ながら心が狭いなと、十束は苦笑いし、その感情を払うために、珍しく豪快にウーロンハイを呑み込んだ

「男の嫉妬ほど醜いものはないよね、ごめんね九乃さん」

『ん、嫌じゃないよ、寧ろ嬉しいくらい。ありがとうね色々心配してくれて。でも大丈夫、安心して?うちのメンバー脳筋ばっかりだからさ。肝心のあたしの目には十束くんしか見えてないし』

吠舞羅の面々からだけでなく、セプター4の面々から向けられる思いについてまで心配されているのも、言われなくても分かっていた
自分が逆の立場だったらそう思うはずだから

捨てられた子犬の様に項垂れた十束の頭を絡ませた手とは逆の、右手で頭を撫でてやれば、項垂れた顔が上がった

十束の少し困ったような眼差しと、夾架の優しい眼差しがぶつかる
肩が触れ合うか合わないかの距離で座っており、かなりの近さで視線が合わさった

そのまま互いの視線に吸い込まれるように距離を縮め、そっと唇を重ね合わせた

「夾架、愛してる」

特別な時にだけ名前を呼び、それ以外は苗字で呼び合う
敵対しているクランに身を置いているために、それぞれで互いの名が出ることは少なくないし、対面する事もある
その時にうっかり名前を呼んでしまわぬ様にするための策だ

そして、ただ呼びたいからという理由で名前を呼ぶのではない
十束が夾架の名を呼ぶ、それは蕩けるような甘美な秘め事への誘いを意味する

そしてそれに肯定の意を返す時、夾架とまた、十束の名を呼び返す

『あたしも愛してるよ、多々良』

返事と共に、慎ましやかに絡ませあった指を今度はキツく絡ませあい、夾架から再び十束に口付けを送った

自分から名を呼んだのだが、名を呼び返されキスをされ、十束はあからさまに驚いていたので、夾架は首を傾げた

『なんで驚いてるの?』

「いやあ、俺てっきりさ、明日も仕事だから断られると思ってた」

『やだなー多々良。多々良が求めてくれたから返してるんじゃないよ?あたしも求めてたよ』

心外だなあ、と夾架が呟けば、ごめんごめんと十束は返す

『あと1杯だけ呑ませて。あとは缶チューハイで我慢する。そしたら出よ?いい?』

「もちろんさ」


ーーーーー

「じゃあまた後でね」

『はいはーい』

会計を済ませ、十束は裏口、夾架は店の入口から、入ってきた時と同様に店から出た
そして十束は人通りの良い道、夾架は人気の無い道を選び、別々のルートを使って十束のアパートへと向かう

うっかりと外を出歩くセプター4隊員と出くわさぬよう、キョロキョロと挙動不審にならない程度に警戒をし続けた

途中で、遅番勤務中の淡島に連絡を取り、今夜は外で過ごすとだけ伝えた
特務隊でたった2人だけの女性隊員であるため、こういった連絡は宗像ではなく淡島にいつもしていた
寮ぐらしではあるが、隊員が勤務外をどのように過ごしても自由であるため、外泊も禁じられてはいなかった
ただ、緊急時にはすぐに出動できる準備はしておく。という決まり付きではあるが

胸が高鳴る、早く会いたい
先程別れたばかりだがもう会いたい、会いたくて仕方がない

大通りを歩んでいった十束はきっともう到着している
少し遠回りをしている夾架は、逸る気持ちを抑えきれずに小走りで向かった

一緒に道を歩けないのは残念だけど、やはりこうして人目を気にしながら彼の元へ向かうスリリングさがたまらなかった


曇りなき大義を掲げるセプター4に属してる限りは、これからも吠舞羅とぶつかり合うだろう
でも、多々良が吠舞羅で、あたしがセプター4で対立し合ってるだとかそんなもの関係ない
あたしは絶対に彼に剣は向けない
それが命令であったとしても、それだけは従えない
剣を向けるくらいならセプター4を辞める
生半可な気持ちで付き合うのなら、付き合わない方が絶対にいい
それでもあたしは、彼と一緒にいることを選んだ
きっと彼も同じこと思ってくれてる

互いが大事、でもクランも同じくらい大事
だからあたし達はこうやってこっそりと付き合ってきた
これからもきっと、こういう付き合い方が続いていく

彼と、あたしだけの、秘密のあまーい恋
普通じゃないこの恋、素敵でしょ?

でもいつか2人で手を繋いで街を歩こうね



END.


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