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□口寂しいなら、
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肺いっぱいに苦い煙を吸い込んで、その煙を口から吐き出す
吐き出した煙がゆらゆらと天井目掛けて昇っていき、やがてそれは辺りの空気に溶け込む

喫煙室に置かれるにしては豪華すぎるソファーに腰をかけて、それをボーッと眺めながら、吸って吐いてを事務的に繰り返す

なんのためらいもなく、3本目となる煙草にライターで火をつけて、大きく息を吸い煙を吸い込んだ所で扉が開く

ここに来る者の用事とは、煙草を吸う。以外ないので、特に気に留めること無く、人物を確認しようとも思わなかった
隊員同士が掛け合うお疲れ様という言葉も、基本的には下の者から先に上司へと掛ける言葉なので、夾架が発しようとも思わなかった
部下や同僚には喫煙者はいるが、数少ない上司は皆非喫煙者であった

なので声が掛かってからその人物を認識して返せばいいだろうと思っていたが、言葉は一向に発せられない
空いた席にかけたり、煙草に火を灯す動作も見られないので、どうしたのだと夾架は未だ扉の前に立つ人物に初めて目をやった

『あ、おっ、お疲れ様……です、伏見さん……』

「おつかれ」

予想外すぎる人物の登場に、思わず夾架は火のついた煙草を落としそうになった
喫煙室で伏見の姿を見たのは、セプター4に務めて3年以上になるが、これが初めてだった

『吸います?』

立ったままの伏見に夾架は自分の煙草の箱の上にライターを添えて差し出した
すると伏見は仏頂面に拍車をかけた

「は?おめー俺が吸わないの知ってんだろ」

『まだ吸える歳じゃないですからねー』

「俺もうハタチなんすけど、こないだあんたに祝ってもらったばっかりですけど」

『冗談、まあまだまだ若い伏見さんには煙草の良さは分からないですよ』

「俺がお子様だって馬鹿にしてんだろ」

単なる嫌がらせにも舌打ちと文句で反応を示してくれる伏見が面白いなと思った
断られた煙草をライターと共に膝の上に戻して、咥えた煙草を指に挟んで灰皿に灰を落とした

「俺は吸えないんじゃなくて吸わねーんだよ」

『はいはい』

「うっぜえ……」

おちょくられているのは分かっていたが、無性に腹が立った伏見は夾架の手から火のついた煙草を奪い取り、それをそのまま咥えて息を吸いこんだ

「……げほっ、まぢぃ……ありえねーよくこんなん吸えるな」

『あははっ、吸えないのに無理して吸うからですよ。はい、これでも食べてお口直ししてください』

肺が熱くなる感覚と押し寄せた苦い煙にむせ込んだ伏見は軽く咳き込んで、煙草を夾架に突き返した
そんな伏見を小馬鹿にするように笑った夾架は、ジャケットの胸元の内側のポケットからプラスチックの薄くて小さな箱を取り出して伏見に渡した

ミントフレーバーのタブレット菓子だ
伏見は舌打ちをしてからタブレットを3粒取り出してガリガリと歯で噛み砕いた

『で、どしたんです?』

「九乃探してたんだよ。昨日のストレイン立てこもり事件ついて聞きたいことがあるんだよ」

『報告書に不備でもありました?インカムで呼んでれればすぐに行ったのに』

「不備はねーよ。こっちに用事あったから別にいい」

『ん、どうもです。これ吸ったらすぐ行きます』

夾架は煙草を早く吸い終わるようにと、いつもより多く息を吸い煙草を吸い進めて、灰皿に灰を落とした

夾架の動作を横目で見ていた伏見は、ふと何かに気づいて眉根を寄せた

「何本吸った?」

『何本って、これ1本だけですけど』

首をかしげてキョトンとした顔で言う夾架に伏見は更に眉根を寄せた
そして深い深い溜め息を吐き出した

「嘘つくな。3本目だろ」

『えー、何言ってんですか』

「何言ってんですかはこっちの台詞だ。口紅ついた吸い殻が皿に2本あんだろ。で、その口紅は俺がお前の誕生日にやった、お前によーく似合うサーモンピンクの口紅だもんな」

『バレました?だって口が寂しくて。怒っちゃ嫌ですよ』

他の女性隊員のものじゃないかと言っても、本人からの貰い物の口紅が付いてしまっていて、更にそれに気づかれている
確たる証拠を突き出されてしまえば、これ以上言い逃れは出来そうになかった
仮に違うと言っても、どう見てもお前のだって言われるに違いないし怒るだろう

「夜、覚えとけよ」

『やです、覚えておきません。速攻忘れます。あとチェーン締めておきます』

「覚えておけ。んでチェーンは開けとけ。締めたらドアぶっ壊してでも入るからな」

そっぽを向いて知らんぷりをしながら煙草を吸う夾架に牽制をかけるかのように伏見は、夾架の後ろに存在する壁に手を付いて顔を近づけた

「夾架、わかったな?」

『はーい。ってかこんな所でしないでよ』

「いんだよ別に」

もう片方の手で夾架の顎を持ち上げて伏見は軽く口付けた
キスをされると分かっていて、拒むことはしなかったものの、いつ人が来てもおかしくない所でのキスには羞恥心が伴う

伏見は自分の唇にも付着してしまったサーモンピンクの口紅を親指で拭き取り不敵な笑みを浮かべた

「とりあえず情報室こい」

『はい、伏見さん』

残りが数ミリとなった煙草を灰皿に押し付けて夾架は立ち上がる
そしてタブレット菓子を1粒口に放り、胸ポケットから消臭剤が入った小さなプラスチックの入れ物を取り出し、キャップを外してその液体を隊服にスプレーをする

「へー、そういうのちゃんとやってんだな」

『もちろんですよー。タバコの匂い苦手な人多いですし』

しっかりと伏見にも吹き掛けて、スプレーをしまい込んで、今度は可愛らしいデザインの口紅を取り出して、ほとんど何も付いていない唇に塗り直す

煙草を吸い終わって、ミントのタブレット菓子で口内をスッキリさせて、体に付着した匂いをスプレーで消して、落ちた口紅を塗り直す
こんな面倒臭い事をよく毎回毎回やるな、と伏見は怪訝な顔をしていたが、夾架はしれっとしていた

そして2人揃って喫煙室から出ていく
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