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□サヨナラ愛したヒト
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九乃夾架にとって、十束多々良という青年は"当たり前"の存在だった
出会いは、十束が周防、草薙と出会うよりも遥か昔である

とても仲の良いカップルで、何をするのも何処に行くのも常に一緒だった

「夾架は好きな事とかないの?」

『私は、多々良の好きな事が好き。多々良のしたい事がしたい。それくらい、多々良の事が大好きなんだ!』

「そっか、ありがとう。俺も夾架の事大好きだよ。俺達これからもずっと、一緒にいようね」

『うん!絶対だよ?』

5年以上も前に交わした約束なのに、2人が忘れてしまう事はなかった
ただ約束があるから。と約束に囚われているわけでなく、純粋に惹かれ合い、愛し合っていた

いつまでもこんな幸せが続くと信じていた
信じていたのは、おそらく夾架だけ
十束はそう思っていなかった

そしてありふれた日常に突如として終止符が打たれ、2人が会うことは二度と叶わなくなった

ーーーーー

2012年12月7日。23時間45分
西管区比良坂ビル屋上

銃口を向けられた時、十束は少したじろぐだけで、それといった反応は見せなかった

やっぱり。
たった4文字の言葉を頭の中に思い浮かべる

口角を釣り上げ笑う少年が、銃の引き金を引く動きがやけにゆっくりで、スローモーションの様に感じた

その間に幾多の事を思い出し、頭の中を埋めつくした
顔はほとんど覚えていないけど、実の両親の事
捨てられた自分を拾ってくれた、義理の両親
小学校、中学校の時の友人
他にも良くしてくれた人達
自分の大切な居場所であった吠舞羅の仲間達

それから、誰よりも愛していた彼女

愛していた、という過去形の言葉
本当なら愛していると現在進行形の言葉を口にしたかった

でもこうなる事は分かっていたから

誰よりも愛していて、彼女もまた、自分の事を愛してくれて、
それ以上の事なんて何もいらない、このままずっと。と思いたかった

十束が自分なりに考えた結果だった
彼女の事を思って覚悟を決めて、行動を起こしたのに、かえって彼女を傷つけてしまい、取り返しのつかない事になってしまった

<全ては俺のせい>

今更後悔したって遅いんだ
失ってしまったものはもう二度と戻ることはない

薄れゆく意識の中、走馬灯の様に流れ出す記憶
酷い罪悪感しか感じられなくて、でも彼女に追わせてしまった悲しみ、苦しみ、そして迎えさせた結末に比べたら…


ーーーーー

美味しいカフェを見つけたんだ
今からそこでお茶しない?
あとね、話があるんだよね
というメッセージと共に、送られてきた地図を元にカフェを目指し辿り着くと十束はやんわりと笑みを浮かべて迎えてくれた

店に入ると、先にカウンターでドリンク等を注文してから席を探すシステムのようで、ドリンクを選びつつ、その横のショーケースに並んだケーキをつい見つめてしまった

「このチョコタルト、夾架絶対好きでしょ。食べるよね?飲み物はいつも通りココアでいいかな?」

『うん、流石多々良。分かってるね。あ、いくら?』

「いいよいいよ、俺だすよー」

『ありがとう、ご馳走になります』

メニューを見るまでもなかった
お決まりのココアと、美味しそうだなとついつい見てしまったチョコレートタルトを颯爽と注文し、十束は季節のフルーツティーを頼んでいた

財布を取り出して、金額を確認して払おうとすると既に十束はトレーの上に1000円札を2枚置いており、夾架からお金の徴収を拒んだ

注文通り用意され、トレーにひとまとめに乗せられたココアとタルトと紅茶を十束が席まで運び、向かい合わせに座ってそれらを堪能していた

『美味しいね』

「だねー」

ホットのココアの上にクリームが乗っているのはポイントが高い
クリームが溶けるとまろやかさが増して、2味楽しめるのが醍醐味である
十束の頼んだフルーツティーも甘やかな匂いを漂わせていて、美味しそうだと思っていた

店の雰囲気も悪くない
落ち着いたインテリアで、シックなBGM、店員の洗練された接客態度
中々にいい店を見つけたなと心の中で十束を賞賛していた

ココアを半分ほど飲んだところで、そういえばとここに来た理由を思い出す
あまりにも美味しいので手を止めること無く食べ飲みしていたが、漸く夾架は手を止めた

しかし話があると言い出したのは十束なのに、張本人である十束が話をしてこないことに妙な違和感を覚えた

『…そうそう話ってなに?改まってこんな所に呼び出すからびっくりしちゃった。家とかバーじゃ話せない話?』

「あー、うん……」

十束は何故か曖昧な返事で返してきて、実に気まずそうな表情でそろりと夾架から目を逸らした
そんな十束の覚束無い態度に夾架はさらなる違和感を覚えた

『え、何?あ、お金?全然貸すよ?貯金にある分ならいくらでも』

うーん、と考え込み思考をぐるりと1周させて考えついたのはこれだけだった
十束は夾架の言葉をすぐに否定し視線を更に泳がせた

「いや、そうじゃないんだ」

『どーしたの?』

十束の顔を覗きむと、十束は黙り込んでしまう
夾架は頭上に?を浮かべながらも、同じように黙り込んだ

沈黙の後、十束は観念したかのようにふぅっと息を吐いて、いつになく真剣な眼差しで、

「俺じゃ君の事、幸せに出来ない」

と言った
突然の言葉に肯定も否定も出来ず、冗談を言う十束にふんわりと笑って見せた

『今もう充分幸せだよ?いきなりどうしたの?』

「…………ごめん」

長い沈黙の後に、漸く振り絞るように出たその言葉に夾架は静かに目を閉じた

幸せにできないってなに?
ごめんってなに?
どういうこと?
次々に疑問が浮かんだがそれらをすぐに頭の中から消し去った

長いこと一緒にいるからだろうか、
その言葉が何を意味するのか理解出来てしまった

喧嘩をすること自体が少なく、大きな喧嘩は過去に1度だけした事があった
小さな喧嘩も片手の指で数えられるくらいだ

でもその時にこういった話が出たことは1度もなかった
だからこそ分かるだ、十束が軽々しく言っているのではないのだと

(私が思うに、付き合いを始めるのには双方気持ちが必要。でも別れは片方の気持ちだけで成り立つ。
片方の気持ちが離れてしまった時点でもう終わり。
別れを切り出された時点で何を言ってもしょうがない。
嫌だ、別れたくない。と言っても、きっと貴方の考えは変わらない。
…それなら私は、何も言わずに頷くよ。
いい彼女だった。って思ってもらえるように聞き分けのいい女で終わりたい……)

夾架は数秒間閉じていた瞳を開き、少し申し訳なさそうで、でも芯のある強い瞳を持った十束と目を合わせた

ココアが380円、タルトが450円で830円だから足りるよな。と考えて、財布から1000円札を取り出して、十束のカップの横に置く

そのお札の上に重石代わりに、左手の薬指に嵌めたシンプルなデザインのシルバーリングを外して置いた

そして言葉を発さずに、十束に対して微かに笑みを浮かべ、そのまま踵を返して店から出ていった
笑みを浮かべる口元は震えていて、必死に固く結んでいたので笑みからぎこちなさが滲み出ていた

口を開いたらきっと、言葉と共に涙が出てしまう
最後くらい笑顔でサヨナラしたかった

(ねえ、上手く笑えてたかな…?いい元カノになれたかな…?本当にこれで良かったんだよね……?)

涙が溢れて止まらない
心がズタズタに引き裂かれたように痛い
そこまで寒くないのに体の震えが止まらず、手足を上手く動かせなかった
息も詰まり詰まりで苦しい

(多々良、どうして…?約束忘れちゃったの……?)


カフェに残された十束は、喉の奥に支えていた息を震え混じりに吐き出して、外されたばかりでまだ少し温もりの残った指輪を握りしめた

自分が送った指輪を目の前で外されて、返されるって結構心に刺さる
あの左手の薬指に、いつか自分じゃない誰かから送られた指輪を嵌めて、その送り主と笑い合うのだろうか

想像しただけで嫉妬で頭がおかしくなりそうだ

夾架が半分ほど食べて、残して行ってしまったチョコレートタルトをフォークで1口切り分けて口に運んだ
濃厚なチョコレートの甘さが、苦しいと訴える胸にじんわりと染み込んでゆき、切なさを覚えた

(ごめん。
でも、こうするしかないんだ
好きだよ夾架……)
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