short

□儚愛
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多々良が死んだ。
それがどういうことを意味しているのか、深く考えるまでもない。

あたしには多々良のような力はない。
全くもって度し難い。
あたしは尊の彼女だけど、あたしが持ってないものを沢山多々良は持っていた。
正直、いつも羨ましかった。
あたしよりも尊の事を理解していて近くにいた。
だからと言って多々良が嫌いなんじゃない、普通にいい仲間だった。
吠舞羅に、いや、尊の傍に居なきゃいけない存在だったのに。
尊には、あたしなんかよりも多々良が必要なんだ。
多々良じゃなくて、あたしが死ねばよかったんだよ。

出雲はもう、止めるつもりはないらしい。
なるようになれって感じなのか。
それともあたしと同じで、止められないのか。
どちらかと言えば後者だね。

出雲と同じように、尊のやりたいようにやらせて、あたしはそれについて行って、なるようになればいいのかな。
それが尊が1番望んでる事だよね。

でも本当にあたしはこのままでいいのかな。
どうしたらいいんだろうね。
あたしに何とかできる力はないけど、本当は……。

いや、このままよくないって思ってるからあたしは今ここにいる。

この状況を唯一何とか出来るかもしれない人がいる。
尊には悪いけどあたしはその人に加担するよ。


ーーーーー

葦中学園の敷地内の境内へと向かって夾架は足早に歩いていた
そっちの方で2人の王による密会が行われていると、密かに草薙から聞いてきた

もちろんその密会を邪魔するつもりはない
少し時間を置いて、そろそろ終わったのではないかと見計らって、作戦本部と構えた生徒会室を後にした

ザシザシと、雪が潰れる音が境内の方から此方へと近づいてくる
こんな所に街灯なんてないので、かなり距離が詰まってきて漸く、密会の首謀者である青の王、宗像礼司の姿を認識する事が出来た

宗像は何とも言えない苛立ちを抱え、表情を曇らせていた、要は機嫌が悪いのだ

そんな宗像に怯むことなく、手に持った3つの缶コーヒーのうちの1つを差し出すと、どうも。という返事と共に缶が手元から攫われる

中庭の自動販売機で買ってここまで歩いてきた
機械の中で暖められてはいるものの、日が沈み雪が降り、肌が痛いと感じるまでに冷え込んだ外の気温では、すぐに冷めてしまうのが缶コーヒーの難点だ
しかし力を持ってすれば、缶コーヒーを暖め続ける事なんて朝飯前だ

宗像の冷えきった手には、夾架から受け取った缶の暖かさがじんわりと染みた

「吸いますか?」

『…うん』

物々交換のように、コーヒーのお礼代わりに宗像は制服の内側のポケットから煙草の箱を取り出し、1本だけ突き出させて夾架に差し出す

夾架は残りの2つの缶を左右それぞれのコートのポケットに突っ込んで、差し出された煙草を受け取り口に咥えた

人差し指の先端に小さな炎を灯して煙草に火をつける
そして同じようにして、ライターを探る宗像が咥えた煙草にも火をつけてやる

「同じことをするんですね。流石は…」

『彼女だもん』

煙草を咥えたまま口の端から煙を吐き出して、宗像の言葉を遮って言った

『尊はなんて?』

宗像の後ろに聳える石段の頂上の更に奥の方、未だ周防が居るはずの場所を目を細めて見つめた

「私の慇懃無礼な口調がムカつくらしいです」

『他』

宗像の言葉に夾架は眉をひそめて睨みをきかせた

「らしくない事するな。って言われました」

『他』

「面白い提案だと鼻で笑われました」

プルタブを起こして缶を開け、コーヒーを啜りながら宗像は答えた
夾架は真顔で答える宗像が意地クソ悪い、と思いながら唇をむっと尖らせて胸の前で腕を組んだ

『ちょっと、あたしのお願い聞くつもり無いでしょ』

青の王を目の前にしても夾架は変わらずタメ口で、吠舞羅のメンバーに接するのと何ら変わらずに強い口調で咎める

恐れているわけでもなく、ましてや歳も同じなので、初めて対峙した時から変わらない態度で接していた
宗像もまた、たまに見せるプライベートな面では夾架相手にも、周防と同じように敬語を外して喋る

「そんな事はありませんよ、同情の念を抱いているのですから。貴女に言われずとも私はやります。必ず奴を止めます」

一見余裕そうに見える宗像を見て、夾架は深くため息を吐いて視線を斜め下に落とした

『……そうだよね。言われなくなって仕事だからやるよね。あたしなんかと違って礼司にはそれを実行する力があるし』

あたしなんか、と珍しく自分を卑下する夾架に、宗像は目をぱちくりとさせてからクスリと微かに笑った

「それもありますが、友として彼を救いたいって思ってますよ。貴女から直々にお願いされたのであれば、私と貴女の分の2倍は頑張るつもりです」

『……そう、ありがとう』

率直に言うと期待以上だ
やはり彼を信じて頼んだのは正解だった
夾架も宗像につられてクスリと笑い、落ちそうになってきた灰をトンと指で煙草を叩いて地面に落とした

しかし期待をする反面、周防に対して抱く気持ちと同じようなものが浮かんでくる

『尊のこと止めて欲しいって思ってるけど、だからといって、礼司にだけ重荷を背負わせたいわけじゃないよ』

「それはどういう意味ですか?」

ーー分かっているくせに、やっぱり意地クソ悪い。

夾架は、真っ白な雪が舞うダークブルーの空を見上げて、そこには存在していない巨大な剣を思い浮かべ、ポツリと呟いた

『…剣、落とさないでね』

「私が落とすように見えますか?」

心外だ、とでも言うように、宗像の声には若干の怒気が含まれていた
夾架は剣の浮かばない空を見上げたまま、困ったような声色で質問に答えた

『分からないじゃない、そんなの。王殺しの負荷がどんなもんなのか、現存する王でそれを受けた人がいないんだから……』

「大丈夫です。とは言い切りがたいのですが、周防よりはマシでしょう」

頭の中に周防の傷だらけの剣を浮かべた
恐らく宗像も同じように周防の剣を思い浮かべているだろう

王になってすぐに見た、完全な形をした剣とはかなり形が変わってしまっている
いつからそうなってしまったのか
具体的な時期や、きっかけは殆ど覚えていない

ボロボロで、いつ落ちても可笑しくないと言われる周防の剣と、それに対して色々と考えているであろう周防の事を思うとぐっと胸が締め付けられ痛む

『殺さないって手はないのかな…。いや、もちろん多々良を殺した無色の王は絶対に許せないし、仇も討ちたい。っていうか討たなきゃいけない。でもそれで誰かがいなくなるのは納得出来ない。そんなこと絶対多々良も望んでない……』

頭上を見上げることに夢中ですっかり短くなってしまった煙草を、もういいやと思い手放して吸い殻ごと燃やして、燃え滓も残らず熱だけが空気に溶け込んで消えた

ーー血も骨も、灰すら残さず焼き尽くす。か…。

今まで何度もこの言葉を口にしてきた
深く考えたことは無かった
それを実際に実行したことも無かった

抗争や喧嘩なんか日常茶飯事だけど、誰かを死に追いやったことは1度もない
そこの境界線だけはきっちり守って活動してきた

だから血も骨も、灰すら残さず焼き尽くしたのは十束が初めてだったんだ

もうこの世には居ない十束の意見は当然聞くことは出来ない
中々に読めない天然不思議男ではあったが、争いは好まぬ心優しい青年だった
きっと十束もこんなこと望んじゃいないはず
そう夾架は勝手に思い、自分に言い聞かせている

宗像は持参の携帯灰皿に短くなった煙草を押し付けて、内ポケットにしまい込んで腕を組んだ

「そう思うのであれば、それをそのまま周防に伝えてみれば良いのではないでしょうか。私よりも貴女の方が説得できると思うのですが」

『冗談よしてよ、聞いてくれるわけないじゃない。だからこうして頼んでるんだもん。まあ、あたしがこんなことしてるって知ったら怒るんだろうけどね…』

「当然怒るでしょうね。よりにもよってなんであいつに、とも言うでしょうね。奴は貴女という存在を置いていく事に、躊躇いというものはないのでしょうか…」

『……ないんだと思うよ。ないからこうやって、あたしのこと置いていこうとしてるんだよ…酷いよね…』

置いていかれる、と頭では分かっていたものの、やはりそれを第三者の観点から同じことを言われると、もしかすると違うかもしれないと真実から逃げようとしていた心がズタズタに引き裂かれる

薄い唇を噛み締めて、湧き上がる葛藤と戦っていた
あくまでも冷静を保つつもりだったのに、突きつけられた現実により冷静さをかいて顔を歪めてしまった

すぐに夾架は俯いて表情をあまり見られないようにした

宗像は少し悪いことをしてしまった、と罪悪感に駆られ、それを少しでも軽くできればと思い、夾架の俯く頭を優しく撫でた

「そうはさせません、絶対に」

『……うん、尊のことお願いね。あと、もしもの時はよろしくね。最初にも言ったけど、どんな風になってもあたしは何も言わないから。じゃあ、あたしもう行くね…』

夾架は俯いたまま、表情を一切見せること無く宗像のすぐ傍を通り抜けて、境内の方へと歩いていった

僅かな希望を抱いて彼に全てを託した
でもきっと宗像でも周防ことは止められない、って思ってしまっている自分がいる
如何せん、周防尊は強いのだから
そして本当に人の話を聞かない、自分勝手な王様だ

だから、どういう結末を迎えたとしても決して宗像を責めたりはしない
それは宗像にこの話をした時に約束をした

ーーねぇ尊、最低って思われるかもしれないけど、多々良の仇を討って死ぬんじゃなくて、あたしの傍にずっと居て欲しいよ。
あたしのこと、置いていかないでよ……
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