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□儚愛
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学園島に乗り込む際に色々準備はしてきたものの、まさか雪が降るなんて思ってもみなかったので、雪道でも歩きやすい靴を履いてこなかった

石段を上る足跡が二種類
そして石段を下る足音が一種類
踏み固められ、滑りやすくなっている所を避けながらなんとか登りきった

少し歩くと鳥居が見えて、その鳥居に寄りかかるようにして周防が佇んでいた
何をしているわけでもなく、ただただぼーっとしていた

『尊』

「おう」

夾架が名前を呼ぶと、周防は短い返事を返すだけでその場から動こうとしない

『中、戻らないの?一晩ここで過ごすつもり?』

「んなんじゃねーよ。待ってたんだよ」

校舎の方に目配せしながら言うも、周防は動かず夾架の方を見たまま

青の王との密会は終わったのは確かだ
これ以降の周防の予定はないはずなので、夾架は首を傾げて誰を待っているのか問う

『誰を?』

「てめーだよ」

『あらそう。はいコーヒー』

一瞬だけきょとんとした表情を浮かべるも、すぐにまあなんでもいいや、と切り替えてポケットから缶コーヒーを取り出して片方を周防に差し出す

ポケットに入れてた間少し冷めてしまったで、石段を上っている間にきっちり温め直した

今度は自分の分の缶も開けて2人で熱々のコーヒーを啜る

よく草薙が豆で曳いたコーヒーを呑ませてくれるが、缶コーヒーの素朴な味も嫌いではなかった
美味しさに浸っていると、周防がぐっと距離を詰めてきて、驚いて体を仰け反らせた

『なっ、なに?』

更に距離を詰めてきて、周防の顔がスヌードを巻いた首元へとやってきて、スヌードに顔を埋めて犬や猫のように鼻をスンスンとさせ始めた

その度に首筋に息がかかり、妙な擽ったさに襲われて夾架は逃れるために1歩2歩と交代して周防から距離を取った

「慇懃無礼な気に入らねぇ匂いかしやがる」

距離を取って周防の顔を見上げると眉間に皺を寄せていた

『気のせいだと思うけど』

宗像の煙草の匂いが着いてしまったのだろうか、認めてもいい事はないので誤魔化すことにした

「アイツと何話した」

『何も話してないよ』

「言え」

『何、嫉妬?』

「あぁ、わりぃか」

否定をしても尚やまない追求を逸らすために周防をからかってみたが、しれっと返されてしまい夾架は溜め息を吐き出した

(何で今日こんな素直なの?それにあたしを待ってたって。…あぁ、そういう事?最後だから優しくしようって?らしくない…)

『いいよ、優しくしてくれなくたって。あたしは大丈夫だよ』

「俺がそう言う気分なんだよ。おめーも言いたいことあんならいやぁイイだろ」

優しくされればされるほど辛くなるだけなのに
冷たい態度で突っぱねてくれればどれだけ楽なのだろうか

こんな風に考えている事自体が虚しくて堪らない
胸全体がじくじくとした痛みに犯される

『ないよ別に』

苛立ちを孕ませながらそっぽ向いて言えば、思っていたよりも柔らかな声で返答が返ってくる

「あっそ、別に怒ったりなんざしねーよ」

『……いいの、気にしないで』

周防に怒られる怒られないを気にしているわけではない

今まで文句と言うなの意見を言う機会は、山ほどとまではいかないがそこそこあった
勿論それを伝えたところで怒らないのも知っていた

ただ、重荷になりたくなかった
例え宗像が周防を止められず、周防が死んでしまうのなら、このまま何も伝えずサヨナラをする
そしてもう二度と会う事も、気持ちを伝える事もない
それでいい、揺らいではいるがそう決めていた
だが決めてはいるものの、どうしても胸の内で渦巻くモヤモヤをとっぱらいきれず、確定事項をそうじゃないものにしようとする

その事に苛立ちすらも感じて、それを消し去るために精神安定剤とも言える煙草をポケットから取り出した

『吸う?』

「あぁ」

学園島に乗り込む前に1箱だけ買ってきた
たった120円の缶コーヒーと450円の煙草が最後のプレゼントになるだなんて思ってもみなかった

どうせならもっとちゃんとした物を上げたかった、と今更思ってももう無駄だ

箱を包装するビニールを開けて、1本目を周防に咥えさせて火をつける
そして自分も咥えて、周防に火をつけてもらう。それがお決まりだった

しかし今日はいつもと違う事をしてみたくて、周防に火をつけてもらう前に、自分が咥えた火のついてない煙草の先端を、周防の火のついた煙草の先端にくっつけて、普段と同じように息を吸う

するとじじ、と音を立てながら先端が燃え始めて口の中や肺の奥底に苦い煙が入ってきた

所謂シガーキスというものだ

先程、宗像愛用の煙草を1本貰ったが、やはり周防愛用の銘柄の方が好きで落ち着く

煙草を吸い始めたのも周防の影響だ
隣で美味しそうに吸う姿を見ていると好奇心というものが湧いてきて、吸いたいと一言言えば吸いかけの煙草を1口吸わせてくれて、そこからはもうずっと同じ銘柄の煙草をシェアし続けた

『あとコレ全部あげるね』

「おう」

あと18本入っている煙草の箱を周防のコートの内ポケットに箱を入れてあげる
ポケットに手を入れた際に、何か冷たい金属のようなものに指が触れたが特に気にすることなく手を抜いた

そして手に持つ煙草のフィルターを咥えて大きく吸い込んで、紫煙を上方へと吐き出した

フーって息と煙を吐いて、それが深い色をした空に溶けてゆくのを見つめる
煙が空気に溶けきって、顎を引くと周防がこちらを向いていた

「で、何話してたんだ」

それを掘り出すのか、今日はいつにも増してねちっこいと思い嫌そうな表情を浮かべながら答えた

『だから何でもないってば。煙草を1本一緒に吸っただけだよ』

「言え」

『しつこい、話すつもりない』

「強情だな」

『強情ですぅー』

それ以上口を割るつもりがない、とい う態度を取り続けてようやく勝ちを確信した
恐らくこれ以上聞いてくることはないだろう

ーーでも言い合うのも、一緒に煙草吸うのも、全部全部なにもかも、最後かもしれないんだ……。

「わりぃな」

『……何が』

口に出した訳では無い
何に対しての謝罪なのか、眉間に皺を寄せて聞き返すと、周防は言葉を発さずに夾架を抱きしめた

驚いて吸いかけの煙草を地面に落としてしまった
しかし、勿体ないと言う感情は違う大きな感情に呑み込まれた

その感情とは、奥底に必死にしまい込んだ周防に対する想いだ
箍が外れてしまったのか、思考よりも先に口が開いて言葉が出ていった

『やめてよ、優しくしないでよ…せっかく我慢してたのに出来なくなっちゃうよ……』

「んなもんしなくていいっつってんだろ。いいから言えよ」

凄く優しい声色と共に、より強く体が抱きしめられる
1度溢れ出でしまったものは止まることを知らない

『……あたし、ほんとは尊にずっと傍にいて欲しい、離れたくないよ!』

「……わりぃ」

周防の胸に顔を埋め懇願するも、返ってきた言葉は望んでいたものとはかけ離れており、カッとなった夾架は手を突き出して周防の肩を押し体を離した

怒りよりも悲しみが大半を占めている
鋭利なもので心をズタズタに引き裂かれたような痛みだ

こんなにも胸が痛むのは初めてだ
最愛の人が死ぬかもしれない、なんて一生のうちに2度も3度も経験する人はそう居ないだろう

『謝るくらいなら!…っ、……』

頭を振って髪を振り乱し、感情のまま言葉をぶつけようとするも、周防と目が合って喉につかえてそれ以上言葉が出なくなってしまった

言葉を発する事を臆してしまい、締まった喉には空気をも遮断し喉がヒュッとなる

周防は切なげに眉根を寄せていた
こんな顔をさせたいんじゃない
寧ろ悲しくて切なくてそんな表情をしたいのはこっちだ

『ど、して…なんで...?狡いよ、尊っ……、あたしが、どんだけ尊のこと好きか、わかってるくせに……』

「分かってる」

『どう、しても…?』

「あぁ、どうしてもだ」

どうせなら突然居なくなってくればいいのに
死ぬかもしれない、と考える時間を与えられてしまったからこそ、色々思う事があり、離れたくないと言う思いがどんどん強くなっていく

話したところで頷いて、この件から身を引いてくれるとは思ってはいなかったが、面と向かって断られると想像よりも苦しい

言葉が上手く紡げない
振り絞るようなか細い声で言葉を紡いで周防へとぶつける

『…あたしと、多々良じゃ、多々良の方が大事……?』

「……んなもんじゃねぇよ。俺が好きなのは夾架、お前だけだ」

居なくなることに対して許しを乞うような表情ではなく、随分と面白いことを言うな。というような和らいだ表情を見せる周防に夾架は率直な怒りをぶつけた

『ふざけないでよ、答えになってないよ……』

「お前の隣は悪くねぇ、俺にしちゃ随分気に入ってたんだ。出来んならもう少しいたかった。でももう時間がねぇんだ。わりぃな」

それはやはり、枷である多々良がいなくなってしまって、もう周防を止められるものが居なくなってしまったからなのか
ここで王殺しの負荷を追わなくても、もう時間の問題なのだろうか

そしてその時間を待つくらいなら、
周防は自らの手で十束の仇を討って、全てを終わらせたかった

『……もしも多々良じゃなくてあたしが死んでたら、同じように仇討ってくれた…?』

「あぁ」

『そっか……ねぇ、あたしのこと、ほんとに好き……?』

「あぁ、好きだ。愛してる」

『いつもそういう風に言ってくれればいいのに……言葉足らずのぶきっちょ……なんでこんな時だけ……』

「最期だからな」

『っ……さい、ご……』

最後、という言葉が頭の中で繰り返されて胸に突き刺さり、刺さった所から痛みが壮大に溢れ出す

周防本人の口からそんなこと聞きたくなかった

とめどなく涙が溢れて視界を滲ませる
十束が死んだその日からは涙はしていなかった

周防が死ぬかもしれないと分かっていたものの、涙を流すまでには至らなかった
どんなに悲しくても苦しくても潤むことすらもしなかった
それが何故なのか漸くわかった

心のどこかでは周防は死なない、これからもずっと傍に居てくれる。そう思い続けていたからだ
現実を受け止めたつもりでいたがやはり、本人の口から聞いたわけでもなく、単なる思いこみに過ぎないと逃げていたからである

しかしたった今、周防の口から決意とも取れる言葉が紡がれてしまったで、もう受け止めざるを得ない
本当に周防が居なくなってしまうのだと確信して、決壊して涙が零れてしまった
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