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□7.逃げられない離れられないでも叶わない
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「夾架、もしや体調が優れないのでは?」

『礼司さん、あたしは今日も元気ですよ』

ちと眩暈がして、微熱って感じだけど

「昨晩はどれくらいの睡眠を取りましたか?」

『3時間ですね。2時から5時まで、6時には出勤。あ、栄養ドリンク飲んできました!』

「あなたって人は…」

『………??』

何で礼司さんはそんなにも不服そうな顔をして、ため息をついているんだろう

セプター4の特務隊に所属してる以上はその激務が普通
他の隊員よりは勤務時間が長いけど、そんなものかと

「少々熱があるようですね。それに眩暈も起こしているでしょう?」

『な、なんでそれを…』

外見を見てるだけで、肌に触れられたわけじゃないのに、なんでバレてしまったんだ
必死に隠して何事もないようにしてたのに

「隠したってわかりますよ。とりあえず今日は大人しく帰宅なさい。夜には熱もあがります。ここで倒れられたら心配で仕事どころじゃなくなってしまいます」

あっという間に礼司さんに流されて、強制的に帰宅。という形になってしまう

「仕事を早く終わらせてお見舞いに行きますから」

挙げ句の果てにそんな事まで言われてしまった
なんで体調崩しちゃったんだろ
鍛えてるつもりなのに、丈夫なはずなのに、色んな人に迷惑かけちゃったな

『はあ…、気持ち悪…』

なんか気分まで悪くなってきた
視界もぼやけてくるし、これは早く帰らないと、道端で野垂れ死んでしまう

『あ…雨…?』

朝から天気も悪かったから降ってきても可笑しくはないか
あいにく傘は持ってないので、身体は濡れる一方で

頭がガンガンしてきて、ぐんと熱があがっていって
寒いな、身体が凍りつきそう

「夾架…?」

『猿、比古…?』

「んなとこで何やってんだよ、仕事は?」

おかしいな、いるわけないのに猿比古の声がする
熱に浮かされて、幻聴まで聞こえちゃうものなのか

「おい、聞いてんのか?」

ぐっと肩を掴まれて後ろを向かされた

『あ…猿比古…本物だ…』

そこには傘をさしてあたしを見ている猿比古がぼんやりと見える
どうやら幻聴ではなかったらしい

「仕事は?」

『帰れって言われた。猿比古こそなんでここに…?』

「買い物終わって今から帰る」

今日は吠舞羅に行かないんだ
なんて偶然なんだろう
でも今は敵。たとえ幼なじみだろうがあたしたちは敵なんだ

『悪いけど、今は戦えそうにないから…』

「別に戦うつもりなんかねーよ…、お、おい!」

『っ……』

こんなんで戦いになんて持ち込まれてしまったら、ひとたまりもない
例え猿比古でも、あたしに戦いを挑んでくる可能性もあるんだ

早くここから立ち去ろうって思って、歩き出した途端に身体から力が抜けた

「お前、熱あんのか??」

『少し…』

「少しじゃねえだろ、かなり熱いぞ。こんなに身体濡らしてバカだろ?悪化させたいのかよ」

『ん……』

気づいたら猿比古の胸の中にいて、倒れそうになったとこを引き寄せられたらしい

早く逃げなきゃ
なのに身体が重たくて、猿比古に身体を預けたまま

逃げなきゃなのに、猿比古の体温が服の上からでも伝わってきて、暖まって、それが心地よくて、離れたくない。なんて思える

「夾架、大丈夫か?」

『猿…比古……猿比古…』

「んだよ、ここにいんだろ」

『ん、そだ…ね…』

猿比古がぎゅって抱きしめてくれて、あたしも自然と背中に腕を回して、それから…

それからの事は一切覚えてないみたい


「夾架…大丈夫ですか?」

『ん…れ、いしさん…?』

「そうですよ。仕事早く終わらせてきたんです。思ったより早く終わったので、色々買ってきました」

『あれ…あたし…』

目が覚めたら見慣れた天井が見えて、視界の片隅には大好きな礼司さんがいて、あたしの様子を窺っていた

あたしはベッドで寝ていた
でも、なんにも覚えてない
自分で帰ってきた?いや、記憶にない
猿比古に会って、それで倒れちゃって、もしかして猿比古が?

「どうかしましたか?」

『なんでもない…です…』

濡れた服も着替えさせられててパジャマになっていた
着替えって、見られたのか、この貧相な身体を…

でもよく今のあたしの家わかったな
まあ実家からさほど離れてないとこなんだけどさ

「やはり熱があがりましたね。早めに帰して正解でした。皆さん心配していましたよ」

『ごめんなさい…迷惑かけちゃって…』

「迷惑なんかじゃありませんよ。夾架は頑張り屋だから、いつも期待以上に働いてくれてます。今回は少しばかり疲れが出てしまっただけですよ。充分に栄養と睡眠をとればすぐ治ります」

大きな手で頭を優しく撫でられれば自然と落ち込んだ気持ちから救われる気がして、こうして礼司さんに撫でられる事が大好きだった

いつの間にかあたしの中では、礼司さんの存在が大きくなっていた

最初はただの上司と部下
それから互いに惹かれ、付き合い始めて、依存しあって

彼は王。自分とは全てが違う存在
いつかは離れなきゃいけなくなるかもしれないけど、それでも離れたくないと思ってる

『礼司さん…好き…』

「俺もだよ、夾架…」

たまにみせる素というか、敬語を外してくれた時、ドキッとする

なんでもお見通しで、隠しても無駄
逃げられないし離れられない

それなのにどうして今日、猿比古に抱きしめられてあんな気持ちになったの?

猿比古への思いはとっくの昔においてきたはずなのに、やっぱりあたしは…

…そんなこと、ないよね
叶わないって何度も自分にいい聞かせたじゃないか

今、礼司さんの腕に抱かれているのに、あたしの胸の中にいるのはあの人

だめだ、今は礼司さんの事だけ考えてればいいんだ


猿比古、君は今何を思っているの?
 

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