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目を覚まして辺りを見渡すと、真っ白な天井に真っ白な床と壁
染みなんてものは一切存在していないほど小綺麗な部屋
シーツも布団も枕も真っ白で、窓すらなく、その部屋に置かれているのは今寝ているベッドのみ

手足を拘束され、その華奢な身体には不釣合いな重い鎖で、ベッドの脚と繋がれている

それがいつものことだった

でも今日は違った
辺りを見渡しても色があり、手足を拘束する冷たく重たい枷の感触もない

『………』

「…よく寝れた?」

『…………』

頭上から声が振りかかる
いつもは布団の無機質な暖かみを感じるだけだが、今日はそれとはまた違う暖かみを感じる
そしてトクン、トクンという規則正しい音も聞こえてきて、十束の胸板に顔をうずめ、枕にしていたとすぐに気付いた

カウンターの方からカチャカチャと食器がぶつかる音がして、徐々に意識が覚醒していく

ゆっくりと上体を起こし十束の上から退いて、掌をみつめた。いつも冷たい手がとても暖かかった

『……………』

「具合はどや?」

『……だいじょぶ、です…』

「昨日より顔色も良くなってるね。安心した」

『ありがとう…ございます…』

昨晩の出来事は実は夢?
いや、それは単なる思い違いだ
ちょっと意識を集中させれば、身体の中に知らない力が眠っているのがわかる
本当にクランズマンになったのか
掌をじっと見つめたまま考えていたら十束に頭を撫でられた

「へーきへーき。なんとかるって」

『……そう………』

「そや、夾架ちゃんシャワー浴びいくやろ?その紙袋に着替え全部入ってるから、それ着い」

「いつのまに用意したのー?」

「昨日の夜にな、知り合いの女の子に頼んで全部揃えてもらったんや」

『迷惑ばっかりかけてごめんなさい』

「何言うてんの?仲間やろ?」

側に置かれた大きな紙袋には、色んな店の袋が入っていた
草薙の言う通り、本当に全て揃えられているみたいだ

"仲間"同じ力を分け与えられたクランズマン
草薙も既に知っているのか、朗らかに笑って言った
その言葉を聞いて、現実を受け止めざるをえなかったが、嫌だとは思えず擽ったい気持ちになった


十束に二階へと連れて行ってもらい、包帯などを全てはずし、浴室へと押し込まれる
服を脱いだ際に臍の横、右腹部に赤黒い、炎を象った刺青のようなものがある事に気がついた
これは一体なんなんだろうか、赤の力と何か関係があるのか、気になって仕方なかった

『…っつ……』

熱いシャワーを身体にかければ全身がピリピリじんじんと傷に染みて痛かった
しかしその痛みも、慣れていたのでなんてことはなかった

サクッとシャワーを浴び終え、紙袋を開け服を取り出して見てみると、可愛らしいものばかりだった
こんなに可愛くて女の子らしい服、着たことがなかったので似合うか不安になったが、再び心の奥が擽ったくなるのを感じた
その擽ったさは遥か昔に感じた事がある、嬉しいという感情なんだろうと思い出した

ただ一点気になったのは、下着のサイズがぴったりだったこと
これはどういうことなんだろうか

できるかぎり自分で包帯などを巻き直して、鏡に映った自分を見た
久しぶりに鏡に移した自分の姿はボロボロであった

そっと鏡に触れ、鏡の中の自分と手を合わせた
随分と酷い顔をしてるもんだ。表情という表情がない
最後に笑ったのはいつだろうか、忘れてしまった

自分に人間らしい感情が少ないのは知っていた、可笑しいのも知っていた
それでも自分は自分らしく生きていた

勝手に手が伸びつかんだのは、洗面台に置かれたハサミ
感情がぐるぐると渦を巻いて、何が正しいのか分からなくなると、こうして自傷行為を行ってきた
無意識のまま手首に刃を当て、ぐっと力を入れて水平に刃を引いた瞬間…

「おい」

『…!!』

カチャン。突然かけられた声にビクつき、持っていたハサミを落とした

「なにやってんだ」

『…………』

声の主は周防
でも顔も合わせられないような後ろめたいことをしていたので、落ちたハサミを見つめていた
どうして彼はいつも、後ろめたいことをしている時に声をかけてくるのか

「んなことして、楽しいのか?」

夾架の腕を掴み上げ傷を見る
ハサミによって少しだけ皮膚が切れ、うっすらと血が滲んでいた

周防の問いかけになにも答えられなくなってしまい、ずっと黙り込む
それから周防は夾架の右腹部に触れた

「てめえにも徴あんだろ。なんのためにクランズマンにしたか分かってんのか。中に溜めてねえで吐きだせばいいじゃねえか、その為の仲間だろーが」

周防は自分でも、らしくないセリフを言っているのは分かっていた
もしもこの場に十束がいて、このセリフを聞いたなら絶対に笑い転げ、場の雰囲気を壊してしまうだろうし、数日はネタにしていじってくるだろうし
この時ばかりはいなくてよかったと思う

夾架は自分の徴に触れている周防の手に自分の手を重ねた
周防の手も暖かかった。熱がじんわりと伝わってきて、少しだけ心も安らぐ
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