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あのまま草薙に寄り添い眠り、朝を迎えてバーへとやってきた
周防も起こして、夜勤で疲れているだろうが十束もバーに呼んで、朝食をとりながら作戦会議と称して話をしていた

「ホンマに行くんか?」

「やっぱり俺たちも着いてく。夾架ちゃん1人じゃ危険すぎるよ」

『そんなに心配しなくても大丈夫ですよ。尊さんに貰った力もありますし』

夾架の意思はまっすぐで、一切の揺らぎがなかった
それを見た十束は、止めてはいけないと言葉を自粛する

「夾架ちゃんが決めた事なら仕方ない。か…」

『ごめんなさい。でも、必ずここに戻ってきます。2、3日経っても戻ってこなかったら、帰ってこれなかったという事で私の事は忘れてください。でも、何がなんでも返ってくるつもりでいます』

「そしたら俺らで乗り込んで、夾架ちゃんの事助けに行くわ」

『い、いや、それは申し訳ないので、なんとかなるよう頑張ります…』

なんとなく、大丈夫な気はしていた
夾架に先を見越す力はないけど、勘違いかもしれないけど、明るい方向で考えていたかった
なんとかなる。いつも十束が口にしている事を思い浮かべながら、ポジティブシンキング

『ねえ出雲さん。ホットミルク作ってください』

「ええよ。ちょっと待っててな」

ここで初めて飲んだホットミルクの味を思い出す
凄く暖かい気持ちになったので、それを飲んで心を落ち着かせて、飲み終えたら行こうと決めた

作って貰ったホットミルクを少しずつ味わって飲み、名残惜しくも飲み終えてしまう

静かにテーブルにカップを置き、夾架は立ち上がる

『…じゃあ私、行ってきます。念のため言っておきます。短い間でしたが、本当にお世話になりました。本当に本当に、ありがとうございました…』

「そんな言葉聞きたくないよ。言ったでしょ?お礼を言うなら、夾架ちゃんが望む形に未来が変わってから、って。だから無事に帰ってこれたら聞かせてほしい。あ、あと敬語無しだよ?」

『わかりました。…行ってきます』

「行ってらっしゃい」

十束からは、自分なら大丈夫だろうと思ってくれてるのを感じ取り、
草薙は、まだ少し心配そうに苦笑を浮かべていて、
周防は、何も言葉を発しなかったが、行ってこいと心の中で言っていた
そんな3人に見送られバーを出て歩き出す

足取りはとても軽かった

作戦会議を開いたが特に何か決めることをせずに、ここらに彷徨いているだろう青服を探した
あやふやな方向感覚で、とりあえずこっちだと思った方へ歩みを進める

朝早い時間だが、既に街は人で溢れかえっていた
あまり深い事は考えず、人の流れに身を任せていた

「見つけたぞ九乃夾架。大人しくついてきてもらうぞ」

『痛い、離して。私は第三王権者、周防尊がクランズマン九乃夾架。丁重に扱ってよね』

「なっ、なんだと!?」

案の定、街を放浪していたら現れた青服。いきなり腕を掴まれ、夾架は顔を顰める
さっそく王の名を出せば一瞬にして青服の表情は一変する

クランズマンだとわかった瞬間、青服はたじろぎ、おずおずと手を離す
夾架は掴まれた手を離させるも、抵抗はせずに青服についていった

(怯むな…大丈夫。大丈夫……)

ーーーーー


「よく戻ってきましたね。…まさか赤のクランズマンになって戻ってくるとは思いませんでした。通りで見つからなかった訳ですね」

『……そうですね』

いざセンターに戻り、施設の所長の前に出されれば、夾架の身体は震えていた
両の手は後ろで、異能を抑える手錠で拘束されていた

しかし、たかだか手錠で能力を抑える事は出来なかった筈だ

でも先程から壊そうと試みているのだが壊れない
十束とリンクしているから、力が収まっている。そのせいかと気付く

とりあえず少し話をしようと、壊す事をやめ、所長との話に集中した

「何故戻ってきたのですか」

『…決別したいから。私は吠舞羅のメンバーとして在りたいの。だからちゃんとケリつけて、自分の意思で吠舞羅に帰りたい…』

「他の人がどうなってもいいのですか」

『それは…っ……』

あくまでも話の主導権は所長にあった
夾架の弱みを握り、半ば脅しに近い形で攻めていた
夾架はその事を出されてしまうと黙って俯いてしまう

全身が震え上がり、色んな事が頭を過る
子供の頃から今朝までのことまで
自分が施設を出たらどうなるのか、脱走をする前に何度も何度も考えた
でも脱走をした。という事は、決意は固かったのだ

夾架は唇を噛み締め、震える拳を握りしめる
帰ってくる。そう3人と約束したんだ
その一心で、怯んだ心に鞭を打ち再び顔を上げ所長を見た

『…私の能力を制御する方法、見つかったの』

「なんだと?説明して頂きましょうか」

ピクリと所長が反応を示す
きっとこれを話せばわかってくれるはず。そう思い夾架は目を閉じ、胸の内の力を感じながら話す

『私と同じく、第三王権者周防尊がクランズマン、十束多々良。彼とリンクする事で、私の能力は収まるようになる』

「それは何故ですか」

『…能力の事は自分が1番理解してるつもり。でも、分からない』

理由は分からないけど、自分の能力を抑える方法が見つかった事には変わりない
見たところ十束に害はなさそうでピンピンしているし、夾架も初めは慣れない感覚で気分は悪かったが今は治り、気分爽快。とは言えないが、大丈夫そうだった

「その点について、我々がもっと深く研究を…」

『残念ながら協力出来ない。彼を危険な目に遭わせる訳にはいかないし、私も二度とあんな苦痛を味わいたくない』

「研究をすれば我々だけでなく、君にも得があるんだぞ」

確かに彼のいう通りで、今の状態で研究をすれば、十束と能力の因果性が分かるかもしれない
しかし十束を危険な目に遭わせたくない
どんな実験をされるか、身をもって知っているのだから

研究に協力しても得があるわけが無い
あんな苦痛が伴う研究なんて損しかない
自分達の研究の事しか考えず、夾架の嫌だという事には耳を傾けてすらくれない

ガシャン…カランカラン……

呆れた夾架は静かな怒りを湧き上がらせ、赤のオーラを身に纏わせる
初めて使う力だが、手錠に力を込めたら、簡単に手錠が熱くなり壊れ、そのまま床に落ちる

自由になった手で腕を組み、所長を見て嘲笑する
そして冷たい声で言い放つ

『バカバカしい。こんな研究もう付き合ってらんない。これでもまだ私の事閉じ込めておくなら、この施設諸共燃やす』

「おい、何をする!くっ!!」

組んでいた手を解き、手を前に突き出す
すると焔が所長の前で柱のように、地面から天井まで上がり、炎の熱で空気が揺らぐ

すぐに火柱から立ち退いた所長が、怪訝な顔で夾架を睨めば、夾架も睨みで返す

夾架の殺気に怖気付いた所長は、降参の意思を表す手振りを見せる

「…分かった。好きにしてくれ」

『…お世話になりました』

決して殺意を込めるのを忘れずに、にっこりと微笑み、踵を返して部屋から出て行った

もう此処には二度と来ない
他のストレインを見捨ててしまった事を悪くは思っているが、仕方ないんだ
そう思えば心は痛まなかったし、ここを脱走した時に決めた事だから、今更考えたって遅い

夾架の遠ざかっていく後ろ姿を見て、所長は無表情へと一変させ、夾架からは見えない位置の物陰に隠れていた少女を手招いた

少女は小さな足取りで所長のもとへ歩き、近くまでくるとピタリと足をとめ、何を見つめるわけでもなく、ただ前を見ていた

「惜しい人材を逃したよ。仕方ない、彼女がクランズマンになってしまった以上は手出しできない。…だから櫛名くんには、彼女の分まで頑張ってもらうとするよ」

「……わかった」
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