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!SIDE:REDネタバレ多いです


『おはよう出雲さん。何か手伝いある?』

「はよ。今んとこ何もないから、てきとーにしててええよ。何か飲む?」

『うん、何でもいいよ。あ、でも冷たいのがいいな』

今日も今日とて夾架はバーへとやってきた
しかし、今日は珍しく1人。十束の姿は見当たらなかった

まだ引越しを済ませていない十束は、昨日は泊まることなく、自分の家に帰っていった

だから夾架は、そのうちバーに顔を出すだろうと思い、連絡をとることなく1人でバーに来ていた

夾架はカウンターのスツールに腰掛け、頬杖をつき、傍に置かれていたメニューを眺める
メニューには何やら暗号の如く、カタカナの羅列がズラリとしていて、お酒の名前なのかと凝視していた

とても興味があった
バーで手伝いをしている時、客は皆美味しそうに酒を飲んで、楽しげに、酔っ払って帰って行く
草薙の作るお酒で喜ばない客はいない。という程に、店は賑わい繁盛していた

そんな夾架の視線の先の物に気づいた草薙は、夾架に水をさす

「お酒は二十歳になってからや」

『わかってるよ。早く二十歳になりたいなーって。出雲さんの作るお酒、すっごく美味しそうだからさ、あたしが二十歳になったらとびっきり美味しいの、作ってね』

「お嬢様の仰せのままに」

冗談めかしく草薙はいい、夾架の前にコースターを置き、グラスを置いた

『さすが出雲さん、わかってるね。いただきまーす』

グラスの中にはアイスミルクティー。夾架の好きなものだった
ホットミルクもホットチョコレートも好きだけど、アイスなら断然ミルクティー

ストローで中をかき混ぜると、氷がグラスに当たり、カラカラと良い音がした

マンションから歩いてきたので、すっかり暑くなった身体も、ミルクティーによって冷やされ、一気に涼しくなり、渇いていた喉も潤った

もうすぐ夏といっても夏というよりは、梅雨に近い。あと数日もすれば、毎日が雨日和
外はジメジメとした空気、でも蒸し暑かった

憂鬱な気分になりつつも、ここで暇を持て余し、働いて、そうしていれば外のことなんて気にならなかった


『ねえ、多々良は今日はバイトなの?』

いつまでたっても十束はバーに来なかった
昼過ぎにも、3時のおやつの時間になっても、十束は来ない

夾架は十束の予定については何も聞いていない、草薙が何か聞いているかもしれない。そう思い、聞いてみた

聞かれた草薙は、少し困った顔をしていた

「なんや、聞いとらんかったんか」

『なにを…?』

「あいつ、バイト辞めたんや」

『え?そんなこと一言も…』

聞いていなかった。いつ辞めたのかも知らない
草薙には話したのに、どうして自分には言ってくれなかったのか
ちょっぴり複雑な気分になり、夾架は眉を顰めた

あんなに楽しそうに働いて、周りからの信用もあったはず
それなのに、何故辞める必要があったのか
こればっかりは、十束の考えも読めなかった

「あいつは吠舞羅で新人の面倒見る役やから、バイトしてる暇もないくらい、最近は忙しい。ってことやな。それに、夾架との時間を大切にしたいんとちゃうか?1人にしたくない言うてたし」

『あたしの為に…?何か、多々良らしいね…』

吠舞羅に数人、新しく入ってきた人がいる
教育というか、簡単なルールを教え、吠舞羅に馴染ませるのが自然と十束の役目になっていた

周防には、性格、言動故にまず無理な話だ
草薙もどちらかというと見守りたいタイプ
夾架もまだ新人に近い
よって人好きの十束が適任と判断された

自分の役目を果たさなくてはいけなくなった以上、もっとバーにいる時間を増やし、皆と接していかなくてはならない
そう思ったから辞めたようだ

『それで多々良は、どこ行ったの?』

バイトじゃないとわかったら、じゃあどこにいるのか。という疑問が真っ先に浮かぶ
風の旅に誘われてしまったのか。だとしたらどうして自分に言っていかないんだ
夾架は深いため息を吐き、組んでいた脚を組かえた

「なんや、それも話しとらんかったんか。っとに、フリーダムなやっちゃなぁ。十束はな、義父の墓参りに行ったんや」

『…墓参り?』

「せや。義理の父なんやけどな。久しぶりに行って、色々話したいゆうてな」

"義理の父"
聞き間違いじゃないか。いや、確かにそういったのだ
初めて聞く十束の親事情に、その言葉を疑いたくなるくらいに、夾架は信じられなかった

捨てられた、それとも事故か病気で亡くなり、引き取られた
どちらにせよ、悲痛な過去があるんだとわかってしまい、普段は誰よりも明るく、マイペースでポジティブな十束からは、全くといっていいほど考えられないことだった

夾架は何て言っていいかわからなかった
その先を聞いてしまっていいのだろうか
きっと、想像以上に辛いことなんだろうと、草薙の表情を見ればわかる

それでも、聞きたい。という気持ちが一層強かった

十束が好きだから、好きだからこそ、その人の事をよく知り、楽しいことも辛いことも、共有したかった

人生初の恋愛で、まだ知らないことも多かったけれど、十束を思う気持ちはまっすぐで、純粋なものだった

『詳しく聞かせて…?』

「ええんやな?」

『うん。多々良のこと、なんでも知りたい。それにいつかはわかることだから、いつ聞いても同じだし』

夾架の意思を確認すると、草薙はカウンターから出てきて、夾架が座るスツールの隣に腰掛ける
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