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草薙は思い出す。十束の過去を

「十束はな、ああ見えて実は、いろんなもん背負ってんのや。幼い頃から不幸に見舞われて、いい育ちとは言えんのや」

辛い過去を背負っているのは夾架も同じだった
今でも思い出すだけで辛いのに、十束はそんなこと、微塵も感じさせなかった
十束は強い。けど自分は弱い。なんだか惨めに思えた

「あいつは3歳ん時に、本当の親に捨てられたんや。公園に連れてこられ、ここで待ってろゆうて、十束のこと置いてって、そのまま戻ってきいひんかったんや」

『っ……』

「それでな、子供がおらんかった夫婦に引き取られたんやけど、夫の方がえらいギャンブル好きでな。奥さん、出てったんや。十束を置いて」

一度ならず二度までも。幼いうちから、だいたいの人はしないであろう経験を2回も

それでも十束は、たいしたことじゃないと思い、泣きもしなかった
いつでもヘラっと笑っていて、何も考えていない様な素振りを見せる

『…それで、多々良は?』

「義父と一緒に暮らしてたんやけど、義父はよくふらーってどっか行ってまう人でな。ド貧乏で、ライフライン止められることもしょっちゅうやったらしいんやけど、十束が知恵振り絞って、なんとかやってたんや。でも義父は亡くなりはった」

『そう…だったんだ…』

ざっとだが、十束の生い立ちを話し終え、久しぶりにそのことを口にし、改めて思い出した草薙も、少し曇った表情をしていた

夾架は泣いていた。ポロポロと涙をこぼし、手で何度も何度も涙を拭っていた

なんとなく草薙は夾架が泣き出すことはわかっていた
出会ったあの日に感じていた、本来の夾架のこと
あの時は笑うこともしなかったし、あまり反応というものを見せなかった
しかし、本当は誰よりも優しくて、他人の事をよく考えている
能力故になのか、他人の心情には鋭くて、そういったことには長けていた

だから人の痛みを何倍にも感じて、誰かの為に涙を流す

恋愛もののドラマで、主人公が失恋するシーンがあったら泣くし、恋が実ったり復縁しても泣く
はたまた、アクションものやSFで誰かが死ぬ様なことがあったら泣く
たかがドラマで、とりわけ何かを感じているわけではない
でも、心情の裏の裏までわかってしまい、どうしても涙が溢れ止まらない

『あたしなんかより…何倍も辛い思いしてたんだね…』

「夾架はそう思うかもしれへんけど、十束はそうは思ってないみたいや。人生色々あるよな程度なんや。ろくでもない義父のこと、同居人として好きやったし、義父も好きなことやって死んで、自分も義父みたく色んなことやりたい思てんのや。だからあいつは多趣味でへらっとして、細かいことなんて気にしてたらもったいない。ってことなんや」

へらへらしているが、決して過去を消したいが為に無理矢理笑っているわけではない
笑うことが好きだから、十束は笑う

『…阿保なんだね、多々良は』

「せや、あいつは阿保のなかの阿保や」

夾架は、今なら十束の気持ちも少しだけわかる気がした
話を聞いたら、十束がいつもへらっとしている理由もわかったし、多趣味なわけもわかった

小洒落たバー内には、いくつもの不釣合いな家具がちらほらと
十束の趣味故のものかと知らなかった夾架は、泣きながらも納得した表情だった

『多々良も所謂、ワケありなんだね。…出雲さんはさ、なんかそういうのないの?』

夾架はスッと鼻を啜り、嗚咽で乱れた呼吸に落ち着きを取り戻させながら草薙き聞く
草薙は、優しく夾架の頭を撫でてやり、微笑みを浮かべる

「俺は残念ながら、そうゆうのないんや。まあ、ないってわけでもないんやけど…。このバー、叔父が経営してたんや。でもいい加減でな、バイトの俺が継がんと潰れてまう。それで叔父が死んだ後、俺に相続されたってわけや。そんだけ」

草薙は嫌々継いだわけではなかった
東京の一等地で店を構え、バーテンダーとしてのテクニックも通用している
それは草薙としての誇りだった

流石にこんな話では夾架は泣かないだろうと思い、草薙は夾架の顔を覗き込む

『泣いてないよ…残念ながら。泣きそうだけど…』

「それは失礼しました。あー…目擦ったらあかん。今冷やすもん持ってくるから」

『うん…』

ふたたび鼻を啜り、涙で濡れた目を手でこすろうとしたら草薙に止められた
草薙は立ち上がり、カウンターの内側に入って行く

夾架はカウンターに突っ伏し、蛇口から流れる水の音に耳を済ました
視界を閉ざした今、色々な音が聞こえる。それから…

「どないしたんや」

『多々良…』

近づいてきてるのがわかった
夾架はゆっくりと顔をあげ、スツールから降りて、扉の方へ行く
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