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『った……』

「そりゃ痛いやろな。こんだけハデにやらかしたら」

先程、周防が夾架を担ぐようにして連れ帰ってきた
夾架はボロボロと言っていいほどに、いたるところに傷を負い、その傷は顔にまであった

すぐに草薙による手当てを受けさせられた

『あっ、ちょ、もっと優しくして…っ』

消毒を染み込ませた丸い綿をピンセットでつまみ、夾架の左肩の傷にダイレクトにあてる
ピリリとして痛みに夾架は顔を歪ませ、涙目で草薙を見る

「十分優しくしとるやろ。我が儘なお嬢様やなあ。1番はじめのときは全然痛がる素振り見せへんかったのに、なんや痛いんか?」

『前は毎日こんな感じだったか慣れてたけど、やっぱ痛いって…。出雲さん躊躇ないし…』

「俺は別にプロやないからな?手当てしてもらえるだけ、ありがたいと思い」

『はーい…』

消毒による痛みがとても懐かしかった
エタノールの匂いが身体に染み付くまでに、昔は傷の手当てを繰り替えされた
手当てをする人も、草薙と同じように躊躇なく思い切り消毒してきて、はじめのうちは全身の傷の痛みに、のたうちまわった
傷が癒える前に、新たな傷をつくり、傷が絶えることなんてなかった

今でもその傷痕は、身体のいたるところに残っている

しかし今は、毎日傷を負うほどの危ない暮らしをしているわけではない
嫌いだった消毒の匂いはすっかり日常から消え、頻繁にお世話になることはなくなった

おさらばした痛みだが、たまにこうして消毒をすると、痛くてたまらない
怪我を負うことは仕方のないことで、特にどうこう思ってはいないが、その後に待っている手当てというものは、どうも昔を思い出す材料にしかならなかった

それでも、些細な痛みでも感じられる様に感覚が戻ってきている

草薙は手当てを終え、ちらりと横目でスツールに座り自分たちに背を向ける十束を見て、それから向かいのソファーに座る周防を見た
空気が重いな。と思い、軽くため息を吐く

「あのな、夾架は女の子なんやから、あんま無茶したらあかんで。何も尊と一緒なって戦う必要ないんや。施設では戦うことを要求されてたかもしれへんけど、吠舞羅では、夾架が戦う必要なんてないんや。十束やみんなも心配しとる。もしも夾架が大怪我するようなことがあったら…」

『あたしは平気だよ。そんなヘマしない』

不安げに言う草薙を、夾架はまっすぐな目で見つめていた
自分は平気だから。と強い意思が伝わってきて、草薙は言葉に詰まる

「……悪かったな」

『尊は悪くない、だから謝らないで。…あたしが未熟なだけだから』

最近の夾架の怪我の要因は、8割がた周防と共にしていて、戦いに巻き込まれてしまうこと

自分が守りきれなくて、傷つけてしまったことに責任を感じた周防は、バツが悪そうにして謝れば、すぐに夾架は首を振った

『女だから、とかそう言う風な理由で区別されるの好きじゃないな。戦うために与えられた力なのに、戦いに使わないで何に使うの?男だから危ないことしてよくて、女はダメ。そんなのおかしいよ。じゃあなんで、あたしにはこんな力があるの?…無意味な能力なんて、あたしにはいらないよ』

今の夾架の語る様子は、1番最初に自分のことを話した夾架にどこか似ていた
一切表情を変えることなく、瞳に宿していた光も、失せてしまったように感じられた

『…あたしは戦うために在るんだよ。戦いはあたしに与えられた使命だし、戦いの中でしか生きられない。存在意義に等しい。戦い続けないと…あたしが、あたしでなくなっちゃう…この力で吠舞羅を守りたい。守られてるだけなんてヤダ…戦えなくて足手まといになるなんて、なりたくない…』

今までずっと黙ったままスツールに座って、背を向けていた十束だが、夾架の最後の言葉にハッとなった
足手まとい。十束にとって1番禁句なワード

「十束…?」

立ち上がった十束は、ソファーに座る夾架の元へ行く
何をするのかと思い、草薙と周防は十束を目で追っていたが、予想外すぎる十束の行動に2人は驚愕する

十束は夾架の胸ぐらを掴んでいた
夾架は胸ぐらを掴まれた衝撃で少し身体が揺れ、肩等の傷の痛みに眉を顰めた
が、すぐに何でもない表情で十束を見上げた

「………っ」

十束の、胸ぐらを掴む手は酷く震えていた
悲しそうに眉をよせ、唇を噛みしめる

止めるべきだとは思うも、十束がこんなことをするなんて滅多にないことで、もしも止めてしまったらいけないような気がして、草薙も周防も黙ったままだった

言いたいことは山ほどあるだろう
しかし、それを十束は飲み込んで、たった一言、苦しげに言った

「黙って…っ、守られてろよ…」

今にも泣きそうで、消えてしまいそうな声色でいつもより強めな口調で十束は言うも、夾架はそれを見ても一切の表情を変えることがなかった
氷のような冷たい、虚ろな瞳で十束の目を見つめ続ける

『…あたしに戦うなって、言ってるの?』

「…そこまでは言ってない…
。言ってない、けど…できれば戦って欲しくない」

言葉が出てこなかった
咄嗟に胸ぐらを掴んでしまったが、離そうにも、まだ夾架の言い分を聞いていないし、自分の言いたいことをわかってもらえるまで離すつもりはなかった

十束にそう言われてから、夾架は考える時間をつくらずにすぐ言葉を紡ぎ始める

『…言ったでしょ。戦わないと、あたしが生きてる意味がない。今まであたしが過ごしてきた日々は、戦うことでしか報われない。報われないなら、あたしなんて、生きてる価値ない』

淡々と夾架が話すたびに、十束が胸ぐらを掴む力は強くなっていく
それでも夾架はたじろぐことなく続ける

『やっと…自由に戦える居場所を見つけたんだよ…。ここでなら、ありのままの自分でいられる。ここがなくなったら、困るの…だから、無くさせやしない。吠舞羅のためならなんだってする。みんなを守るためなら、あたしは命だって捨てられる』

パチン。
バー内に乾いた音が響く

『…っつ』

冗談で言ったつもりはなかった
うつろな瞳だったが確かな瞳で、肝がすわっていた

十束は夾架の言ったことがどうしても許せなかった
気づいたら勝手に手が動いていた

十束自身の手がジンと痛くなり、目の前で頬を抑える夾架を見て、数秒後にようやく叩いてしまったのだと理解した

言葉よりも先に手が出るなんて、十束らしくなかった
人を叩いたことなんて、今までなかったし、殴ったこともなかった
叩いてしまったあとの罪悪感がすごく胸糞悪いもので居心地も悪い

夾架にとって、たかが頬を叩かれた痛みなんて、今までに何十回も何百回もあったから何も思わないはずなのに、十束に叩かれた頬は今までにないくらいの痛みだった
だが、それよりも何倍に痛んだのは夾架の心

こうされても仕方ないとわかっていたはずなのに、いざとなったらやはり耐え難い苦痛となる

今十束がどんな顔をしているのか、恐る恐る顔をあげてみると、ふわりと暖かなものに身体が包まれた

仄かに香る洗剤の香りから、十束に抱きしめられているんだと気付く

いつもだったら、ここで涙が溢れ出て泣いてしまうはずなのに今日は少し違う
叩いた次は抱きしめる。なんて、わけがわからなすぎる

十束はまだ震えていて、夾架がここにいることを確かめるかのようにぎゅっと抱きしめて離さなかった

夾架は呆然としたまま十束に抱きしめられ、肩に手を回すことすらしようとしなかった

「あんたがいなくなったら困るんだよ…どうして分かってくれないんだ…」

『たた、ら…』

やはり怒っているのか
いつもは柔らかな口調も今日に限っては強い口調で、たまに十束が周防を呼ぶときのように、あんたなんて呼ばれたのも初めてで、もちろん怒らせているのは自分だと気づいているから、何も言えなくなる

でも夾架の意思が揺らぐことはなかった

『ごめん…あたし、やっぱり………ごめんね』

夾架が十束の肩に触れた途端、十束はうっと呻く
それから十束の意識は薄れていき、力なく夾架の肩にもたれかかる

夾架は十束の身体を受け止め、スツールに座る草薙にアイコンタクトを送る
草薙は夾架の考えを理解した上で夾架の身体を預かり、夾架が座っていたソファーに寝かせる

『大丈夫、すぐ目覚めるから…』

「気ぃつけや」

『うん、ありがと…』

出て行こうとしてるのに、草薙は止めもしなく、まるで買い物に送り出すかのようなそぶりだった
ましてや周防なんて、昼寝を始めるようで寝転んでいた

いつもと変わらぬ2人の態度に夾架は安堵し、静かにバーから去って行った

「夾架……」

薄れゆく意識の中、霞んだ目で見えた彼女の遠ざかっていく背中
十束は小さく名を呼んだが、その声が届くことはなかった

「今はそっとしといてやり」

わかった。そう言おうとしたのだが、十束はついに意識を手放した

「止めた方が、良かったんかな…」

「いいんじゃねえの。夾架もガキじゃねえ、そのうち帰ってくるだろ」

「せやな」

改めて夾架の能力が凄いと思った
特に恐れているとかそういうわけではなく、指パッチンを鳴らしただけでとか、触れただけで相手の意識の操作までしてしまうなんて、実際この目で見るまで考え付きもしなかった

おそらく周防もだが、強い力を持つ者は誰しも悩みを持つ
力がある者にしか理解し難い、濃く深い悩みがある

中々悩みは尽きないもので、誰かに話せば少しは気も楽になるが、夾架のあの様子からすると、十束にすら話せていなかったのだろう

溜め込みすぎた結果がこれだった
いい機会だ。全部吐き出してしまえば、夾架も少しは楽になるはず
だから2人は止めることをしなかった
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