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最近の夾架は、どこか遠くを見ている。
そうさせているのは間違いなく俺で、今更後悔したって、もう時は戻せない。

あの後夾架は、俺と普通に接しようと頑張っていたけど、無理してるの丸分かりだし、見てるだけで辛い。

…なんて、俺の言えることじゃないんだけどね。

俺たちには、もう少し時間が必要なんだと思う。
俺は、元通りになれるまで、ずっと待ってる。

夾架も、そう思ってくれてたら嬉しいな…。


ーーーーーー

「…夾架…夾架!!しっかりせえや」

『えっ、あぁ…ごめん…』

何度目かの草薙の声に、夾架はハッとした

カウンターのスツールに座り、何をするわけでもなく、頬杖をついていた
目の焦点があっていなく、遠くを見つめているようだった

草薙がずっと呼びかけていたが、夾架はそれに気付かない
草薙は夾架の目の前でヒラヒラと軽く手を振る
それでも反応がなく、ひたすら呼びかけ続けていたら、漸く夾架の目に光が戻る

「大丈夫かいな」

『う、うん。で、どうしたの?何か言った?』

「聞いとらんかったんかー…」

『えへ、ごめんなさい…』

夾架は苦笑いし、頬を掻いた

「夾架も行くやろ?」

『………何処に?』

夾架の頭の上にはクエスチョンマーク
すっかりとコートを着込んでいる草薙を見て、何処かに出掛ける。ということはわかるが、何処に行く。ということはさっぱりだった

「ほら、新しく出来たイタリアンのお店のこと、昨日話したでしょ?せっかくだから今から皆で行ってみようって」

『…なるほど。いいね、あたしも行ってみたいって思ってたの』

周防と共に2階から降りて来た十束に言われて納得する
十束が夾架のコートを持ってきて、そのまま着せてくれた

夾架と十束の会話に、何の隔たりも感じない
バーから家に戻り、2人きりになっても、別段なことはない
ただ違うことと言えば、夾架は十束に背を向けて寝る

夾架の方が起きるのが早くて、十束が目を覚ますと既に夾架は隣にいない
今までは必ず一緒に起きていた筈だった

リビングに行けば、既に朝ご飯は用意されていて、夾架はソファーで膝を抱えて、飲み物を手にして、物思いに耽っているのが最近のパターン

起こしてくれればいいのに。と言っても、気持ち良さそうに寝てるから。とそれっぽい返事をされてしまえば、何も言えなくなってしまう

どことなく広がっている溝は、全くと言っていい程埋まらない
それでも十束は、待ち続ける。と決めたのだ

「草薙さんの奢りだってさ。流石草薙さん、太っ腹だよねっ」

「んなこと誰も言ってへんよ」

『じゃあ、たまにはあたしがご馳走するね。最近迷惑かけてばっかりだからさ』

なんだかんだ言って、結局は草薙のポケットマネーで支払われることは知っている
ご馳走になってばかりじゃ悪いし、食事代やら何やらで、吠舞羅にあてる資金をつくるだけでも大変だろうから、たまには。と夾架が名乗りをあげた

『ええよ、俺が払う。夾架は収入ないやろ』

「へーきへーき。貯めてたお金、いっぱいあるからさ」

「貯めてたって、何でや?」

草薙と違ってまだ未成年で、本来ならば学生である夾架にご飯をご馳走になる。なんて、草薙のプライドが許さなかった

貯めたお金がある。と言っても、今までバイトしてた訳でもなく、金の収入源なんてあったか。と疑問になった

『今まで施設で実験に協力してきたから。協力するだけで、結構貰えるんだけどさ、成果があがるとガッポリで、それずっと貯めてきたから。…あんまり綺麗なお金じゃないけどわ、少しでも吠舞羅の為に使いたいの』

汚いお金だから、手元に置いておきたい。とは思えなくて、実のところ、早く使い切ってしまいたかった
しかし、家賃や水道光熱費などは両親が払っていたりなんだりで、夾架の出費は少ない
自分だけではそう簡単に使いきれない程の額の貯金なので、こういったことで、少しずつでいいから減らしたかった

「ならたまにはご馳走して貰おかな」

『うん、好きなだけ食べてね』

一緒に行くのが周防、草薙、十束。それから夾架で4人
本日は平日であるが故に、鎌本らは学校に行っていたりで、他のメンバーは来ていなかった

4人で外にご飯を食べに行くのは久しぶりだった

「じゃあ行こっか」

『うんっ』

十束は手を差し出し、夾架は戸惑うことなくその手を取った


ーーーーーー

「いやー、すっごく美味しかったねー。あれだけ美味しいと、そりゃ混むし、並んだかいもあるよねっ」

「せやなー。オープンしたてやからバタついてるとこもあったけど、ええ商売しとるな」

昼過ぎに行ったのだが、店はかなり混んでいて、30分以上は待った
そろそろ周防も不機嫌オーラ丸出しでヤバイのではないか。と、思いきや、そうでもなさそうだったので草薙は安心した

行く前にパンを食べさせたのは正解だと思う

『尊、美味しかった?』

「ああ」

『そっか。よかった』

満足そうな顔をする周防を見て、夾架は微笑んだ
主食にパスタやピザなどをがっつり食べた上で、デザートまで食べて、代金も結構なまでにいったのだが、夾架は勘定を見て驚くこともしなかった
寧ろ安いなーと思い、会計はカード1枚で

夾架の財布には硬貨数枚、札は千円札2枚ほどしか入っていない
恐ろしい子だ。19歳にはとても見えない

「これからどないするん?バー戻るか、それとも…」

「たまにはフラーっとするのもいいんじゃないかな」

『うん。いいと思う。まあ、あんまりフラフラして絡まれちゃうのはヤダけど、こんな白昼堂々とはこないか…』

最近は少し治安も良くなり、落ち着きを取り戻してきている
こんな風に、無防備で街を歩いていても、変な奴に絡まれなくなった

吠舞羅に恐れをなしたのか、それとも他にあるのか
なにはどうあれ、そんな小さなことをいちいち気にしないでいられるなら、それでいい

それから、服を見たり、インテリアショップを見たり、各々が見たいものをたくさん見て回った
見たいものを全て見終え、変えることになった

『ねえ多々良、今度映画観に行こ!』

行く時とは違い、手は繋がれていなかった
しかし夾架は、そっと手を伸ばし十束の手を取り話しかけた

まさか夾架から手を繋ぐとは、思いもしなかった
それプラスで、デートのお誘い
意外すぎるのと、夾架の仕草にキュンとして、思わず十束は赤面した

「う、うん//行こっかー」

『ホラーなんてどうかな』

「えー観れるのー?」

『嫌いじゃないもん。寧ろ好きよ』

ーあ、いつもの夾架だ…。
いつのまにか、微笑む仕草や話し方も、前みたくなっている
だが、その場のノリなんかで、本当に割り切れるわけではないだろう。ということは分かる

ーなんか、切ないなー…。
女々しいのは分かっているが、どうも上手くいかない恋愛事情に、悔しく思う
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