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「ちーっす」

「ちわ…」

いつものごとく学校が終わり、2人は家にも寄らずにバーへと足を運ぶ
親は心配しないのかと問えば、別に、今更んなこと気にしてないっすよ。と、八田は言う
伏見は曖昧で適当な返事を返す
まあ本人たちがそう言ってるなら良いのだろうと、皆は納得していた

「おかえりー」

「お疲れさん。今なんか飲みもん出すわ」

「すんません、いただきます」

2人は、対して重くはないであろう鞄(教科書も何も入ってなく、入ってるものといえばゲームなど娯楽道具)を肩から降ろし、スツールへと腰掛けた

午後4時すぎ、それまで暇を持て余していた十束は嬉しそうに2人を迎えた

「夾架さんどしたんすか?具合でも悪いんすか?」

いつもならバーに行くとすぐ、笑顔で駆け寄ってくる夾架の姿が今日はみえない
と思ったら、ソファーに座る十束の腿に頭を乗せ、膝枕されながら布団にくるまり寝ている姿が

夾架が昼寝をしているなんて、極まりなく珍しかった
基本的に寝ているのは十束で、その十束が今日は起きている
いつもと逆の立場に軽く違和感を覚えた

そして少し、夾架の顔色がよくないことに気づいた

「夾架ねー、最近ずっと頭痛いって言ってるんだよね。…8割がた俺のせいかもだけど、今はそっとしといてあげて」

「大丈夫なんですか?」

「んー…どーだろーねぇ…。そこらへんは俺からはなんとも言えないし、なんとかなるって言いたいんだけど、こればっかりはねー…。本当はベットで寝た方がいいって言ったけど、こうして欲しいってね」

珍しく伏見が他人の心配をしていた
十束も改めて八田伏見に言われて、随分と具合が悪そうだと思い、気休めではあるが夾架の頭を撫でてやる

原因は自分だと言う十束の発言は気になるものだが、触れない方がいい。と草薙の顔にかいてあった

だから空気を読んで、おとなしくすることにした

「俺、どーしたらいいんだろ」

あえて聞かなかったのに、十束は自ら弱音を吐いた
いつもはヘラヘラ笑っているのに、今日は一切そんな表情を見せなかった

「もしも夾架がこのまま…そしたら俺…」

十束は握り拳を震わせ俯く

最近の夾架は、より考え事の時間が増え、益々具合が悪くなってきている
元気な時は元気だが、ダメな時はとことんダメだ
一体どうしてしまったのだろう。なんてのは、ただの他人事だ

夾架の具合が悪くなると、それに伴い十束の元気もなくなる
心配しているからではなく、内側からジワジワと疲労していく感じだ

やはりそういう時が1番、繋がっていると実感できる

「お前がそんなんやからどんどん夾架は弱ってくんや。
夾架が具合悪なったら、お前が元気なくすんやない、お前がマイナスなことばっか考えとるから、夾架が具合悪くなるんや。
お前も辛いかもしんないけど、今が頑張り時や。ここでお前がダメになってしもたら夾架は高確率で死ぬ。それでええんか」

十束の膝の上で苦しげに眉を寄せ、眠りにつく夾架を見て草薙は考えた

十束が何を考えているのかはだいたい分かる
だがしっかりしてもらわないと困る
段々と弱っていく仲間の姿なんて、これ以上は見たくなかった

自分は恐ろしく無力だ
出来ることと言ったら、こういう風に言葉をかけてやることだけ

それでも、十束には十分だった。
顔を上げた十束の目は、すこし涙ぐんでいたが、決意をしたようで、まっすぐで、一切の揺らぎがなかった

「草薙さん、ありがと…。俺がしっかりしなきゃだよね。夾架ごめん、すぐ治してあげるから」

自分のせいだとわかってはいたけど、ずっと心が揺らいでいた
まだ心の何処かで、自分にはこんな大役は務まらないんじゃないかと思っていて、不安の方が大きかった。

どうしても不安がってしまうのだが、このままじゃダメだ。
夾架本人から、リンクしないと死ぬかもしれない、と聞いたわけではないが、十束や草薙、周防の間ではそう断言されていた。

死なせたくない
せっかく自由の身になれ、新しい生活にも慣れてきたのに、こんなところで、少しの理由で、命を落としてしまう、だなんて許せない
漸く執着できる人を見つけたのに、失いたくない

十束はほんの少しでも、自分の力を夾架と共有したくて、そんな思いから夾架に口付けた。

「なっ!!///な、な、な、何してんすか!?///」

「何って、チューだけど?」

「そ、そ、その、つ、つ…、付き合ってんすか…?//」

ぎゃー!!という低めな叫び声がしたと思ったら、ドサリという音がして、十束は口づけをやめそちらを向いてみると、八田がスツールから落ちたようで、尻餅をついていた。

とても顔を真っ赤にしながらこちらを向いていて、ウブだなーと十束は苦笑いする。

「今、10ヶ月とか、そのくらいなのかなー」

「ちなみに同棲中や」

そう言えば更にぎゃー!という声が上がる。
伏見は八田を蔑んだ目で見ていて、童貞。という微かな呟きが聞こえた。

「へぇー、八田は童貞なんだー…」

「わ、悪いっすか…//」

ーそりゃそうか、女の子ダメなんだもんね。

十束は更に苦笑いしながら八田を見れば、八田は拗ねてそっぽ向いてしまった。

八田を童貞とからかう伏見はどうなのか、と思いつつも、十束は拗ねる八田を慰めてやる。

「大丈夫だよ八田。俺もまだどーてーだし。そんなに焦って捨てなくても平気だって。それにまだ、中学生じゃないかー」

中学三年生=15歳。
十束はもうすぐ19歳になる。
でもまだ童貞だ、と八田に伝えてやれば、八田の目が輝いた。

「マジっすか!?嘘じゃないっすよね!?」

「あはは、ほんとだよ〜。草薙さんはとっくに捨てただろーけど、俺はまだまだ」

「せやなあ。俺が八田ちゃんぐらいの時にオサラバしたわ」

「えー、早すぎだよー」

「まあ、人それぞれやからな」

流石草薙さん、と十束は草薙を褒めたてた。
だが15歳くらいの時に捨てたと聞いた八田は、再びショボくれてしまう。

十束は少し人とズレているから別として、現色男(そしてマトモ)である草薙が、自分くらいの時に捨てた。
やはり自分だけ遅いのか。
八田はショックを隠しきれなかった。

せっかく十束がフォローをしてやったのに、その苦労は水の泡と化してしまった。

「なんで彼女と同棲してるのに、捨てないんですか?」

「えー、だってさー、大事にしたいし。愛する彼女を下手に傷つけたくないしさ」

夾架も経験がないので、下手に行為に及び、もしも嫌がられたり、傷つけてしまったら。
それに最近はそんな雰囲気ではなかったということもある。

伏見の問いにニコニコしながら答え、十束は夾架の頭を撫でた。

「ねー、キングは捨てたのかな?」

「さぁー。あいつのそういうことに関してはほとんど知らへん。高校ん時とかに、ひょいっと捨てたんとちゃう?」

「やっぱそー思うよねー」

周防の恋愛事情についてはよくわからない。
草薙でも知らないのだから、きっと本人しか真実を知らない。
不在であることをいいことに、2人はクスクスと笑ってしまった。

「まあ、そろそろ捨ててもいいと思うけどさ、今こんな状態だからさ、夾架にかかる負担も大きいと思うんだ。
これ以上傷つけたくないからさ、そういうことはもう少し時間を置いて、ゆっくりしてけばいいかなー。なんて思ってまーす」

「…それなんですけど、十束さんのせいで頭が痛い。とか、弱ってく。とか、死ぬってどういう意味ですか?」

「…そのままの意味だよ猿くん。俺がもう少し頑張らないと、俺のせいで夾架は死ぬ」

十束は夾架の頭をずっと撫でていて、伏見の問いには顔を上げずに答えた。

何度このことを口にしても慣れないものだ。

やっぱり、人の命を預かるという責任が重すぎて、その重みに耐えきれなくなりそう
夾架を生かしきることが出来る。という自信が持てない。

伏見は聞いたものの、いまいち理解できる答えがこなかったので、納得がいかない。

「夾架に直接聞いてみたら?…もしかしたら教えてくれるかも。でも、俺からはとても言えないことだからね」

「…そーっすか」

伏見は夾架に視線を落とし、布団の隙間から見える、夾架の細い手首を見つめた。
初めて会った時も、再会した時も、それから毎日会っているが、夾架の手首に包帯が巻かれていなかったことなんてなかった。
その下の素肌には何が隠されているのだろうか。
だいたいの予想はつくが、十束の言うことと、それは何か関係があるのかもしれない。

聞け。とは言われたものの、本当に聞いていいことなのだろうか。
伏見にしては、珍しく他人のことを考えている。

らしくねえ。心の中で自分に悪態をつき、チッと短い舌打ちをしてから、カウンターの方を向いてしまった。
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