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助けて……

助けて………

……助けないで


『いっ、つ……』

誰かの声で目を覚ます
助けを求めている少女らしき声
未だに耳の奥にその声が鮮明に残っている

この声に何故か聞き覚えがあった
知っている、そう確信が持てるのに、誰の声なのかわからない
考え始めると、頭が割れるのではないかというくらい痛む
失くした記憶を思い出そうとした時に訪れるものと同じ痛みだ

でも痛いのは頭だけじゃない、腰にも鈍痛を感じる
何度目かの十束との行為にも、そろそろ慣れてくるのではないかと思っていたが、未だに慣れなかった、ほんの少しもだ

隣で気持ちよさそうにスヤスヤ眠る十束が恨めしかった
しかし、そんな事はどうでもいい

痛みが消えない
こんなのは久しぶりだ
鮮明に焼き付いた声が消えるどころか、また聞こえ始めた

やめて…

誰か……助けて………

少女は苦しげに、必死に助けを求めているようだ
こんな風に誰かの声が"聞こえた"のは初めてだ
能力を使用して行えるのは、人の心を読み取って''感じる"ことだ

出来ることなら声の主を助けてあげたい
しかしこの声が一体何なのか、全くわからない

(ねえ、誰?誰なの…?
どうしてあたしに助けを求めてるの?
それに、助けないで。ってどういうこと?
助けて欲しいんじゃないの?)

頭の中で見知らぬ誰かに問いかけても返事はない
誰かの声を勝手に拾ってしまっただけ?
それとも、直接夾架に向けて問いかけられている?

自分の能力故の出来事ではない、と薄々感じていた
幼い時からこの能力と向き合ってきた自分が1番よく分かる
とはいえ、十束という存在を介しての能力変異は未だ解明していないので、そういったことが関係あるのか

わからない。痛い。

布団の中で身を縮こませ、痛む頭を抱えるも、そんなことで和らぐようなものではなかった

ズキンズキンと頭部を貫かれるような激しい痛みを自力でなんとか出来そうもなかった

『た、たら……』

自力でなんとか出来そうもないのであれば、彼に頼るしかなかった
彼なら何とかしてくれるかもしれないと思い、
振り絞ったか細い声で十束の名を呼び、肩を軽く揺すった

「ん…どーしたの…?」

今にも消えそうな小さな声で呼ばれ、揺すりにすらなってないほど力なく触れられただけで、十束は身じろぎながらゆっくりと目を開けた

『……あたま、が、いたい…』

「んー、それは困ったね。おいで」

いきなり睡眠の邪魔をされたのにも関わらず、十束は嫌な顔ひとつせず、苦しげな夾架を見て瞬時に只事ではないと気づき、意識を完全に覚醒させた

眠りについた時はキングサイズのベッドの真ん中で身を寄せていたのに、いつの間にか夾架だけが端に寄ってしまっていた

おいで。と夾架の自分の間に空くスペースを軽く叩きながら言えば、夾架はモゾモゾと、気だるげに体を動かして、十束のすぐ近くへと行く

先程まで感じていた体温を、再びすぐ近くで感じる

抱きしめられて、頭を撫でられるととても落ち着く

「へーきへーき、大丈夫だよ。すぐ良くなるよ。怖くないよ」

十束の声が心の奥底まで染み込んできて、そこから心地よい輪が全身に広がっていき、痛みが和らいでいくのを感じる

痛みが消えていく事に安心を覚え、静かに息を吐いた

それに伴い夾架の身体の強張りが解け、十束は痛みが引いたのだと確信した

「大丈夫?」

『…なんとか。助かった、ありがと』

「ならよかった、もう一眠りしようか。……寝れそ?」

未だ抱き締められたまま、十束の心配そうな声に、夾架は首を横に振る

『……眠くなくなっちゃった』

「んー、でも疲れてるだろうから寝た方がいいよね。出かける予定もあるみたいだし」

困ったなー。と呟きながら横目でサイドテーブルに置かれたデジタル時計を見れば、午前3時前。

自分が眠いかと聞かれれば、確かに夾架と同じで眠くなかった
トラブルがあっても尚、眠いと言っていられる程能天気ではないのだ

夾架は軽くため息をついてから、ふと十束の言葉を頭の中でリピートしてみると、サラリと流された事を思い出し、むっと口を尖らせた

『誰のせいで疲れてるのよ』

ごもっともな意見である
バレた?と十束が自白すれば、夾架の口から再び溜め息が吐かれた

「えへへ、ごめんごめん。最近ちょっと抑えてたからさ、つい抑え効かなくなっちゃって…夾架の事、物凄く欲しくなっちゃったんだよね」

『…いいよ。多々良があんな風に求めてくれたの初めてだし、凄く嬉しくて幸せだった』

"あんな風に"
その言葉に、先程の情事を思い出さざるを得なく、十束はほんのりと顔を赤くし夾架から目線を外した
少しの沈黙を置いた後に、夾架は失言に気付き羞恥に駆られた

(うわぁ…、あたし何言っちゃってんの……恥ずかしい///)

(夾架かわいー…)

『もう!多々良のバカ!!///』

「えー、それ酷くない?」

『酷くない!!』

自滅したとは分かっているが、恥ずかしくて認めたくなくて、全てを十束に押してくて布団に潜り、赤くなった顔を必死になって隠した

布団に潜りこんで、しばらく言葉を発しなくなって夾架に、睡魔でもやってきたのかと問う

「寝れそうなの?」

『ううん、もっと覚めちゃった』

「じゃあ、ホットミルクでも飲む?」

ホットミルクという言葉に素直に反応を示し、布団から顔を出し、飲む!と嬉しそうに言った

『あとはちみつ!!』

「はいはい、わかったわかった」

幼い子をあやす様な手つきで頭を撫でてやれば、夾架はうっとりと顔を綻ばせた

夾架がホットミルクを飲む時にはちみつを入れなかった事は1度もなかった
言われずとも、入れるつもりだった十束は少し得意げになっていた


ーーーーー

「どーかしたの?」

『…なんでもない』

(またあの子の声がした…なんか嫌だな……)

淹れてくるから待ってて。そう言って十束はキッチンへと行ってしまった
最初はベッドに腰掛けて足をゆらゆらと動かして暇を持て余していたのだが、再び聞こえた、助けて。という声に気味が悪くなった
1人になりたくないと思った夾架は、いてもたってもいられずキッチンにいる十束の元へと来て、牛乳を温める十束の背に無言でピッタリと身を寄せた

「何か嫌な夢でも見た?』

十束の問いに首を横に振る
そんな夾架を背に感じ、十束は問いを変えた

「それとも…何か聞こえた?」

『っ!!』

十束も驚くくらい、自分の問いに夾架がビクついて、更に抱き締める力を強めてきたので、図星なんだとすぐに理解する事が出来た

「もうすぐ出来るから、少しだけ待ってて」

そう言えば夾架はゆっくりと十束を抱く手を離し、寝室へと戻っていった
その足取りはか細く、何処かへ消えていってしまいそうなものだった

色違いのカップ2つを持って寝室に戻ると、夾架はベッドの上で膝を抱えて丸くなっていた

「はい夾架、火傷はしないくらいの温度で作ったけど、一応気をつけてね」

『……ありがと』

十束からマグカップを受け取り、両手でカップを包み込み、恐る恐る一口目を口に含み、熱くない事を確認してもう一口飲んだ

「大丈夫?」

『……うん、いつ気付いたの?』

「さっきだよ。俺にはノイズのようなものしか聞こえなかったけど、嫌な予感がして大丈夫かなって思ったら案の定これだし」

『……そっか』

甘いホットミルクが体に体に染み渡り、ざわつく心を鎮めてくれる
何口か飲んでから、ふぅ。と息を吐き出し、すーっと大きく息を吸いこんだ

『女の子の、助けてって声が聞こえる。でもその後に、助けないで。って。…ごめん、意味分かんないよね、変な話してごめん…忘れて』

「だーめ、隠し事はなしって約束でしょ。俺に出来ることがあるなら何だってするから、1人で苦しまないで」

夾架が戸惑っているのも無理ない
夾架今までにこんなことを体験した事があるなんて話を聞いたことがなかったので、十束自身も困惑をしていた

『何か嫌な予感がするの。ハッキリは分からない、でも……』

"怖いよ"
という言葉を、カップに残っているミルクと一緒に流し込んだ

「へーき、なんとかなるよ」

隣に座る十束に肩を抱かれ、お得意の言葉を聞いて安心し、その後の事は何故か覚えていなかった

(んー、睡眠薬はマズかったかなあ
でもまあしょうがないか…、迷っててもしょうがないし)

先日草薙に貰った粉状の睡眠薬
市販では売ってないものらしい
どこから手に入れたのかはわからないが、決して怪しいものではない。と言っていた

少量から効果があるらしく、今回ホットミルクに仕込んだのはほんの少しだ
ほんの少しだと、眠りに落とすだけの効果
その後は自発的な睡眠に切り替えられるはずなので、時が経てば勝手に起きる
しかし、摂取量を増やすと薬の効果が切れるまで眠りに落ちたまま、となる

摂取量さえ間違えなければ副作用もない

もしも夾架の力が暴走してしまったり、危険だと感じた時、しっかりと対処できる様に、策と道具は用意してある
今回使った睡眠薬の他に、即効性のある、ストレインの能力を一時的に抑える注射

夾架は絶対に大丈夫。と確信が持てないから草薙と話し合って、夾架には申し訳ないが秘策を練ることにしたのだ

何処から手に入れたものかも知らないし、使ったのともなかったので、効果をあまり期待しておらず、半信半疑であったが、夾架が半ば気を失うように眠りについた事を確認し安堵の息を漏らした

穏やかな寝息が聞こえるので、これなら問題ないだろう。と判断し、十束も眠りにつくことにした

ー夾架、内緒でこんな事してごめんね。
信じてないからこういう事をするんじゃないんだよ。
俺は、夾架に苦しんで欲しくない、守りたいんだ……
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