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「十束たち、えらい遅いなぁ…何しとんねん。もうすぐ食べもんも飲みもんも無くなってまうわ」

2人が買出しに出かけてから1時間と少し経ったが、中々帰ってこないので草薙は不思議に思った
近くのスーパーまで行って、買い物して帰って1時間も要らないはずだというのは、草薙が1番よく理解している

十束だけがフラリと出かけて帰ってこないのはよくある事だが、買い物出て帰ってこない事は殆ど無いし、ましてや夾架がいるのに帰ってこないのは可笑しすぎる
何かあったら真っ先に連絡をするのに、端末が鳴る事は1度もなかった

何かあったのかもしれないし、とりあえず電話してみるかと思い立った草薙は、端末を手に取り電話帳から十束を探して電話をかけた

伏見は定位置であるカウンターの端の席でホットコーヒーを呑みながらその様子を静かに伺っていた

プルルルルル
呼び出し音がなり、十束の応答を待った

しかし何度か呼び出し音が鳴るが途中でブツって切れてしまった

「なんや切られてしもたわ、もっかい電話してみるか…」

[おかけになった電話は電源が入っていないか、電波の入らないところにいます。後ほどおかけ直しください]

「今度は繋がらんくなってしもたわ…」

「夾架さんも同じですよ。繋がったけど切られて、かからなくなりました」

1人で端末とにらめっこし悶々としていると、伏見の声がかかったので、すぐに伏見の方に視線を移すと、伏見も端末を操作していた
伏見の行動の速さには驚きを隠せなかった

「どないなってんのや……」

「探しに行きましょう」

底知れぬ不安が頭を過ぎり、まさかな。と草薙は呟いた
珍しく伏見が提案をしてきたのでこれにも驚いたが、その提案に乗り2人を探しに行くことにした

草薙と伏見が2人を探しに出掛けていく様を、周防はカウンターからじっと見ていた
いつもよりも眉間にシワを寄せて、周防も不信感を募らせていた

4月に入ったものの、夜はまだ少し冷え込むので、軽めの上着をきちんと羽織った2人はいざ行こうとバーの外へと出ると、すぐ目の前に炎の蝶が1羽現れた
その蝶には見覚えがある

「これ、十束の蝶か」

「みたいですね」

儚く今にも消えてしまいそうで、でも優しい暖かみを持ったこの蝶は、間違いなく十束の能力によって作り出されたものだ

蝶はひらりひらりと羽を瞬かせ右へと飛んでいく
そして少し進んだところで止まり、くるりと向き直り草薙らの元へと戻ってきて、その場でパタパタと羽を動かした

「ついて来いって事ですかね。とりあえず行ってみますか」

「せやな」

蝶に導かれて進む道は、バーより1番近いスーパーへと辿る道であった
2人と連絡が取れなくなり、蝶がやって来て導いてくれるなんて、話し合わずとも何かあったに違いないと確信し、逸る気持ちをなんとか抑えて慎重に蝶を追う

バーとスーパーの中間地点の辺りまで来て、蝶は飛ぶスピードを緩め、道端に放られた数個のビニール袋の上で円を描くように飛び、そこで蝶は消えてしまった

「これは……」

「やっぱりか」

ビニール袋の中にはペットボトル飲料や菓子など色々な物が入っていて、間違いなく十束と夾架が買ってきたものだ
ビニール袋を残して2人は一体何処に行ってしまったのか、草薙は呆気に取られていると、伏見は腕を組みながらやっぱりという言葉を冷静な声色で発した

「やっぱりってどういうことや?」

「敵の狙いは吠舞羅じゃなくて夾架さんで、ストレイン売買もしくは殺しの対象にされてたんですよ」

「お前、知ってたならなんで言わんかったんや!言うてくれればこうはならなかったんとちゃうか!?」

余りにも淡々と述べる伏見にカッとなった草薙は、伏見の胸ぐらを掴んで怒りを顕にした
敵の狙いが夾架だなんて考えてもみなかった
しかしそれが本当なら、夾架と接触後に一切の奇襲がなくなった事に合点がいく

もし伏見がその事を言ってくれてたら、きっと2人が敵にさらわれる事はなかっただろう
伏見を責めるのはお門違いだが、どうしても許せなかった

「言ったらあの人がどうなるかなんて分かりきってるじゃないですか!」

「……すまん」

草薙に胸ぐらを掴まれ、いつもの伏見ならうんざりしたような口振りで離せと言ってくるはずなのだが、珍しく伏見も声を荒らげて吐き捨てるように言った
そして苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていた

その表情を見て一瞬で草薙は我に返って伏見を解放した

確かに伏見の言う通り、夾架が知ったら酷くショックを受けていただろう
吠舞羅を守る為だと自ら敵に身を差し出したかもしれない
あるいは、以前のように命を絶とうとしたかもしれないと、安易に想像がついてしまう

「十束さんはこうなるって知ってましたよ」

「十束がか?」

「夾架さんが俺に相談してきたんですよ、何かに監視されてるかもしれないって。それで調べてこの事分かったんですけど、夾架さんには隠してました。でも、十束さんはそれに気付いて俺に聞いてきたんですよ。とりあえず一旦バーに戻りましょう、策があります」

怒る草薙の気持ちは十二分に理解出来た
知ってて隠していたので怒られるのも無理もない
自分だって、出来ればこうなる前に何とかしたかった
何とか出来ていれば夾架に辛い思いをさせずに済んだ
圧倒的な技量不足に伏見は苛立ちを通り越して凹んだ

しかし凹んでいる暇はない
早くバーに戻って2人の居場所を突き止めなくてはならぬ

急いでバーへと戻り、十束と夾架が敵に攫われた事をすぐ全員に報告した

話の中で敵の狙いは初めから夾架であったとも告げた
少し心配ではあったが、一連の事件が夾架のせいで、と夾架を責める者は誰一人としていなかった

しかし、皆の快気祝いということで開いたパーティーであったが、もうパーティーどころではなかった
再び不穏が訪れた、戻ってきたと思い込んでいた平和は仮初であったと全員が思っただろう

先程まで賑やかだったバー内も、話を聞いてからまるでお通夜の様に重苦しい空気が淀んでいた

草薙が状況の説明をしている間に伏見は端末を操作していた

十束と練っていた策は、十束と夾架の端末のハッキングをすぐにでも出来るようにしておき、ハッキングしてGPS情報を取得して居場所を掴むというものだ
しかし2つの端末のGPSの信号は、既に信号を発しておらず、情報を取得することが出来なかった

「やっぱり端末は壊されてる、か……」

「分かんねーと助けに行けねーじゃねえか!おい猿!どーにかなんねーのか!?」

「美咲、うるせぇ。他にも策はある、黙って待ってろ」

ここまでは予想通りだった
どうせ大した情報も掴めないだろうと思っていたが、まずはということで調べただけ

2人を助ける為には伏見が居場所を突き止めるしかない
メンバーは皆期待感を持ち、続々と伏見の周りに集まり始めた

群がる事が嫌いな伏見は、集まる仲間に苛立ちを覚えるが、気にしたり、気が散るからどっか行けと声をかける時間が無駄だったので、端末だけに意識をもっていきひたすら指を動かし続けた

次の策は十束の靴の中に忍ばせた超小型のGPS装置だ
そちらを起動させて、十束の位置情報を取得し、十束の居場所は突き止めた

その次の策として、夾架に仕込んだGPSの起動だ
十束は意図的にGPSを身につけていたが、夾架には知られてはならぬ物だったので、バレない所に仕掛けてくれと十束に頼んでおいたのだ
どこなら絶対にバレないか色々考え、ブラジャーのパッドを入れるポケットの中、という全く思いつかなかった所に仕込んだようなので、それを聞いた時は驚いた
毎日の洗濯を引き受けて、抜き取っては次の日の分に違和感が生じないように仕込む、という中々の技だ

秘境地に仕込まれた夾架のGPSを起動させて、夾架の居場所も掴むことができた

2つを照らし合わせて同じ場所にいることが判明しそれを伝えた

「草薙さん!!今すぐ助けに行きましょう!!」

「尊、どないする」

八田らは指示が出る前にすぐにでも助けに行く気満々だが、吠舞羅として動くのであれば大将である周防の許可が必然的に必要である
草薙が指示を仰げば、周防は何も言わずに腰を上げた
周防は静かではあるが確実に怒りを帯びていた
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