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心地の良い暖かな眠りから意識が浮上し、開けたくないと訴えかける瞼を薄く開いた

定位置であるキングサイズのベッドの左側、ではなく、ど真ん中で左を向いて薄手の毛布をぐるぐるに体に巻き付けていた

しまった。
右側で寝る十束を端へと追いやり毛布を独り占めしてしまった
すぐに寝返りを右に打って確認しようとしたが、既に十束の姿はなかった

十束が布団から抜け出したことに全く気が付かなかった
リビングにでもいるのだろうか、十束を探すべく布団のくるまりを解いて体を起こした

やけに布団の柔らかだと感じていたのは、体に一切の布を纏っていないからだ
直に感じる心地良さに、つい布団を手繰り寄せてくるまっていたのだろうか

布団から出て、床へと降り立った所で布団とは違う布をずっと手にしていたことに気が付く

その布を目の前で広げると、少し皺が寄っている白いシャツであった

『ん、なんで多々良のシャツ……?』

大きさから十束のものだと理解は出来たが、一体なぜ握りしめていたのかは理解が出来なかった
しかし深く気に留める事無く、そのシャツを素肌の上に身につけることにした

袖を通してみると、肩幅も袖の長さも丈も全てが合わず、十束が男であることを改めて感じた

周防や草薙と並ぶと一見華奢に見えてしまうが、その2人がガッチリとした体格であるだけで十束は普通なのだ
軽々と夾架を抱き上げられる程に力もあるし、華奢に見えがちな体には適度な筋肉も備わっている

夾架はふと昨晩の、色濃く脳裏に焼き付いた甘やかな情事を思い出す

意志に反して、あまりの快楽から逃げようとする体をしっかりとシーツに押さえつけられた時、力の強さを感じた
困ったような、余裕がなさそうな笑みを浮かべて覆い被さる十束の上半身には、やはりしっかりと無駄なく筋肉がついていた
決して骨が浮き出たりはしていなかった

いつも優しい瞳で笑いかけてくれるが、情事の際は熱を帯びて獲物を狩るようなギラついた瞳で見つめてくる

飄々とした十束も好きだ
真剣な表情を浮べる十束も好きだ
そして情事の最中の十束も好きだ

本当に格良くて、大好きだなぁ。
とシャツの長い袖に隠れた手で緩んだ口元を覆い寝室を出た

きっとこんな姿を見つかったら、
ちょっと夾架!?朝からそんな格好でうろつかないで!俺元気になっちゃうから!
って、顔を赤くし目を覆いながら服を押し付けられるんだろう。というのが想像がつく

だってクローゼットから服を引っ張り出すのが面倒なんだもん。
と思いつつ扉を開けてリビングを一望した
そこに十束の姿は無く、ソファー前のガラステーブルに昨晩までは無かった紙が置いてあったので、夾架はその紙を手に取った

<夾架おはよう!よく寝れたかな?
今日はパフェを食べに行く約束だったね、忘れてない?
俺は凄く楽しみだなー( ˊᵕˋ )
あ、今日は外で待ち合わせにしよう!
その方がデートっぽくない?
俺は草薙さんの家で朝御飯ご馳走になりながら準備するから、夾架も準備してきてね!
集合前にHOMRAに寄るのはお互い無しね!
鉢合わせちゃったら楽しみが無くなっちゃう(TT)
ということで、11時に鎮目駅の前で待ってるね〜♪>

十束の見た目に比例した、綺麗で読みやすい字で書き置きされていた

あの事件の最中に突発的にパフェを食べに行こうと約束し、無事に生きて帰ることが出来た
本当はすぐにでも食べに行きたかったが、怪我をしっかり治してからにしようと十束に言われてしまい、3週間程お預けをくらうもなんとか我慢して、痛みがほとんど無くなってきたので漸く約束を決行する時が来た

十束は既に草薙の家に居るのだろうか
なるほど、と思いつつ壁に掛かった時計を見ると、短い針が8、長い針が10と11の間を指していた

鎮目町駅までは歩いて5分程なので、10時45分に出れば余裕だろう

だが、シャワーも浴びて、化粧をして、髪をセットし、服なんか1から選ぶとこから始めなければならない
思ったよりも時間が無いと思い、起きるのが遅かった自分を軽く恨んだ

頭の中で初めに何から行うべきかを考え、まずはシャワーを浴びて髪を乾かした

それから、パフェを食べるとはいえ、何か食べてから出かけないときっとお腹が空いてしまう
昨日の買い物の際に十束が食パンをカゴに入れていたのを思い出して、焼いて食べようとキッチンに行くと、調理台の上にラップが掛かったお皿が置いてあった

中を覗き込むと、スクランブルエッグと、タコさん型のウインナーと、レタスとトマトが綺麗に盛り付けされていた
その皿の横には食パン焼いてね!という書き置きががそこにも残されてて、本当に素敵な人だとつくづく思う

さらに、マグカップとスティックココアも用意してあったので、ポットの湯を注ぎココアを淹れて朝食を手早く取った

後は化粧とヘアセットと着替えだ
化粧を先にしようかと悩んだが、着る服に合わせた化粧をした方が良いと考えた夾架は、自室のクローゼット前で腕を組んで首を傾げた

少しの沈黙の後に夾架は頭を抱えた

『え、服!?服どうしよう!!』

いつも十束の意見を取り入れているので、デート服なんて自分だけで選んだことがない

どうしようかと慌てふためいた夾架はポケットから端末を取り出して、電話帳を開いて画面をスクロールした

困った時に頼りになる草薙の所には十束がいるので聞けない
端末を新しくしたついでに、皆の名前の登録方法をフルネームではなく呼び方で登録し直した
より親近感が湧いたので気に入っている

そんな電話帳の中からまっさきに出てきた<出雲>さん、を通り越して、<多々良>も通り越して、1番下にそろそろたどり着くというところで尊という文字を見つけ、躊躇いなく<尊>を親指でタッチした

何回かコールが鳴るも、応答がなく諦めようと思ったところで、周防は電話に出た

『もしもし尊!?』

「……あ?なんか用か?」

あ?に濁点がついていそうなくらい低い声
周防の事だからきっと遅くまで呑んで、電話がなるまで寝ていたのだろう
わしゃわしゃと頭を掻く音と、軽く欠伸をする音が電話越しに聞こえた

夾架は眠る周防を起こすことも、起こしてから突拍子のない質問を投げかけることにも一切の躊躇いがなかった

『デートで彼女に着て来てほしい服ってなに!』

「俺にんな女はいねぇ」

『それは知ってるよ!例えの話!お願い教えて!多々良と出雲さん以外の男の人の意見が必要なの!尊ー!お願い!!』

電話なので伝わるわけはないが夾架は顔の前で拝むように手を掲げ、ペコペコお頭を下げた

そんな夾架の気持ちと行動がつたわったのか、周防は再び頭を掻いてからぶっきらぼうに答えた

「あー、ワン…なんとか、繋がってるスカート…」

『ワンピース?』

「ちゃんとした名前は知らねぇ」

うっかり聞き逃してしまいそうな程ボソリとした呟きだったが、夾架は逃さずキッチリと聞き取った

『……ふむふむ、尊はワンピース着た女の子が好きなのね』

「例えの話だ。夾架が聞いてきたから答えただけだ、満足したなら俺はもう寝る」

「はーい、ありがと!起こしてごめんね。おやすみ尊」

強い口調で言う周防に対しても怖気は感じず、砕けた口調でお礼を言い、電話を切った

なんとか得られた有力情報に、夾架はガッツポーズをし意気込んだ

『よし!頑張るぞ!』

周防の助言もあってかその後順調に準備が進み、鎮目駅へと辿り着いた

時刻は10時50分
以前宗像と出かけた際に遅刻をしてしまったので、余裕を持って集合の10分前に来た

駅近くまで来たが十束の姿は無く、先に来れたようだとほっとしたが、駅の目の前まで行くとそこに十束の姿を見つけてしまった

『おはよう!ごめんね、待った?』

「おはよ、今さっき来たところだよ。……うん、これこれ」

駆け寄ってきた夾架を見て十束は嬉しそうに微笑んだ
そして待った?という問いに今来たところ、と答えた十束は満足そうに頷いた

『これ?』

不思議そうに首をかしげる夾架に、十束は両の腕を広げておどけた様子で答えた

『そうとも。この会話がどうしてもしたくてね、外集合にしてみました』

『あ、なるほどそういうこと?面白いね多々良は』

「たまにはこういうのも新鮮でいいでしょ?俺はとっても楽しかったよ」

「そうだね、あたしも楽しかったよ」

まるで恋愛ドラマのワンシーンの様だ
付き合いたての初々しいカップルが、デートの待ち合わせをする際に互いに気を使ってかけるフレーズである
しかし付き合って1年以上も経つので、初々しさもとうになくなり、こんな会話をしたことがなかった

たった2フレーズの言葉だが、実際に口に出してみるとなんとも言えない甘酸っぱさと、十束のいう新鮮さを感じた

「はぁ…」

『え、どうしたの、ため息なんてついて』

不意に漏れた十束の溜め息に夾架は目を丸くして驚いた
なにか気に障ることでもしてしまったのだろうか、おどおどとしながら十束の顔色を伺うと、十束はヘラりと笑って腕を組んだ

「いやぁ、夾架が可愛すぎてつい溜め息が出ちゃった。そんなワンピースなんて持ってたっけ」

予想外の答えに夾架は安堵し、軽くスカートの裾をつまんで広げて見せた

『これ?これはねー、お母さんがあたしに似合うと思って買ったみたいで、この前実家帰った時に貰ったの。花柄のワンピースなんて絶対似合わないって思って、紙袋にいれたままクローゼットしまっちゃったんだけど、思い切って着てみたの』

「夾架のお母さんナイス……!」

十束はついついにやけてしまう口元に手を当てて隠し、もう片方の手でサムズアップした

夾架が身につけるのはAラインのミニワンピース
高めのウエスト部分を境に素材が分かれており、上の部分は白いレース素材で、下の部分には白地の布にピンクや赤など色とりどりの花が大きくあしらわれたスカートになっていた

靴は白いパンプスで揃えても良かったが、ちょっと狙いすぎではないかと思い、キャメルのオーバルトゥのインステップストラップパンプスをチョイスした
ハイヒールであるが、ピンヒールではなくチャンキーヒールなので歩き回っても大丈夫だろう

ワンピースのふんわりとしたイメージに合わせたのか髪もコテでふんわりと巻かている
メイクもピンクをメインカラーとしており、全体的に華やかで、春らしさを演出し、お淑やかなお嬢様を思わせる雰囲気だった

『ほんとに変じゃないかな……』

「いつと雰囲気が全然違うね。でも凄く似合っててとっても可愛いよ。夾架は可愛いからさ、フリフリの服とか花柄の服とかなんでも似合うってずっと思ってたんだよねー。因みにそのワンピースいくら?すっごく高そう」

『ならかった!値段はー、うーん、わかんないなぁ…』

後に十束が夾架の部屋に置かれたままの、ワンピースが入っていた紙袋に書かれた超高級有名ブランドの名にぎょっとして、思わず値段を調べてさらにぎょっとしたのは秘密の話である
流石は実家が大きな会社経営してるだけある
そんなしっかりした家の大事な一人娘と交際をさせて貰っている事に感謝と、もっとシャキッとしなければと改めて思った

「さて、そろそろ行こうか」

『うん!今日も1日よろしくお願いします!』

「こちらこそ。バッグ俺持つよ?」

持つよと言われた時には既にバッグは十束の手の中にあった
自然な流れでバッグを十束が持ち、空いた方の手を夾架に向かって差し出す
夾架はその手を取って、並んで歩き出した

(うーん、今日もいい天気、そして平和!
とっても楽しい一日になりそう!)

夾架はウキウキを隠せず、ずっと笑顔を浮かべていた
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