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八田と伏見は昼前まで自宅でゴロゴロと暇をもて余し、昼飯をファストフード店で済ませ、おやつの時間が近くなってきた頃に漸くバーへとやってきた

「ちーっす!って誰もいねぇな」

扉を開くとチリンと軽快なドアベルが鳴り、バー内を一望すると誰もいなかった
人がいないのはよくある事だったが、足を踏み入れた時に妙な息苦しさと微かな風を感じた

見た限り窓は開いていないので伏見は不思議に思った

「ん?水出しっぱなしじゃねーか。誰だよんな勿体ねえことしてよぉ」

人がいないのにも関わらず、カウンター内の蛇口から水が出てシンクに打ち付ける音が聞こえた
小言を言いながら八田は出っぱなしの水を止めようとカウンターへと歩みを進めた

蛇口の方へと視線をやったままカウンターに入ると、足が何か柔らかいものにぶつかった
ぶつかって転がっていったりもしなかったので、なんだなんだと視線を下に落とす

「んだよ……うおぁ!?夾架さん!?!?」

声を荒らげて八田は後ずさった

「どうした美咲、っておい、どういうことだこれは……」

八田の驚いた声を聞いて、ゴキブリでも出たのかと思っていたが、夾架という名前を聞いて伏見はすぐに自分もカウンターへと入った

カウンターの内側では夾架が仰向けで倒れていた
すぐ傍でグラスが割れ、水たまりを作っていた

「寝てるわけじゃなさそーだな、十束さんはいないのか。美咲、上見てこい」

「お、おう……」

伏見は状況を見て冷静に言い、八田が階段の方へと走っていくのを横目で見て、水を止めてから夾架の体の横に跪いて、投げ出された腕を取った

「脈が乱れてるな」

ソファーに布団の抜け殻があったので、大方具合が悪くて水でも飲もうとして、ぶっ倒れたんだろう。と伏見は考えた

「うぉぉぉ、み、尊さん!ちっ、ちーっす!」

「おう」

「とっ、十束さんいないっすか…?」

「いねぇ、十束と草薙は買い物に出た。いるのは夾架だけだ」

再び八田の驚いた声が2階から聞こえてきて、続いて周防の声も聞こえてきて、2人は1階へと降りてきた

こんな時に買い物かよ、と伏見は舌打ちをした

足音の片方はカウンターの前辺りで止まったが、もう片方の足音は止まらず、近付いてくるのを感じた
威圧感とも取れる遠慮のない大股で歩くのは周防の方だろう

「みっ、尊さん、そっちは…!!」

八田の制止を聞かずにカウンターへと入ってきた周防と目が合い、非常に気まずい気持ちになった
それから周防の視線はゆるりと夾架の方へと向けられて、呆れたように息を吐き出した

「具合わりぃから残してくって十束に言われてた。でかい音が聞こえたから降りてきた。音の原因はこれか」

「俺らが来た時にはもう…」

伏見も周防と同じように夾架を見て息を吐き出すと、ピクリともしなかった夾架が身じろいで目を開けた

「夾架さん?」

「起きたか」

『ぅ…ん……いたた……』

状況をあまり理解していない様子で、後頭部を抑えながらムクリと起き上がる夾架を支えようと伏見が手を差し伸べると、急に焦った顔をして、制止をかけるように手の平を伏見に見せた

『触らないで!』

「…夾架さん?」

『あ…ごめ…っ、その、ただの貧血だから心配しないで…?』

突然声を荒らげて突っぱられた伏見はポカンと口を開けて、行き場を失った手をおずおずと引っ込めると、周防の低い声が降ってきた
その声には呆れと、少しだけ怒りが篭っているようにも取れた

「何が貧血だ、力の漏洩だろ」

周防の言葉にビクついて肩を震わす夾架は上擦った声で答えた

漏洩って…と、八田は小さく漏らし、伏見は黙り込んでいた
バーに入った時から感じていた息苦しさと微かな風を思うと納得がいった

そしてそれにいち早く勘づいた周防はやはり、只者ではない

『や、やだなぁ、何言ってるの尊……』

周防は、はぁーと長すぎる程に溜め息を吐いて夾架に触れようとする

『や!だめ!自分で立てるから!』

「るせぇ大人しくしてろ」

伏見は立ち上がり、周防の邪魔にならないように退いて八田の隣で2人の様子を伺った

夾架は泣きそうな顔で周防を見つめて必死に拒んだが、あと数ミリで触れられると言う所で諦めたように、バツが悪そうな表情を浮かべた

(全くもって、この王様には嘘が通じない……)

『……あたしは王相手でも干渉出来る。だから触らないで、じゃないと…』

「んなの知ったこっちゃねぇな」

だからなんだ、と言わんばかりに周防は、珍しく夾架相手に怒りを顕にして、夾架を方に担ぎあげた

『み、こと!やめて!』

「…………」

降ろして貰おうと夾架は体を動かしていたが、さほど力も入っていなく周防相手には通用していなかった

「十束に連絡しておけ」

「は、はい」

そして、それ以上周防は何も言わず、夾架の反抗を聞き流して2階へと上がっていった

干渉されてるのを感じる
周防ともなれば干渉を拒否し、弾き返す事も出来るが、弾いてしまうと大きな力がそのまま夾架へと跳ね返り、ダメージになってしまうので、されるがままにしていた

自分の部屋へと連れていき、ベッドに降ろしてご丁寧に靴まで脱がせてやって、頭から布団を被せた

ベッドの隣まで椅子を引っ張ってきて、周防はそこに腰掛け、夾架は雑に被せられた布団からモゾモゾと顔を出す

「で、どうした」

話したくない。率直にそう思ったが、恐らくこの1件で、また色々迷惑をかけることになるだろう
それから、同じように力に翻弄される周防から、何かアドバイスでも貰えるんじゃないかと淡い期待を抱く
だが周防の抱える力と、自分が抱える力じゃ比にならないんじゃないかとも同時に思った

先程意に反して繋がってしまった時、体の中が燃えるように熱くなった
それは自分の中にもある炎だか、力の主と分け与えられたに過ぎない者とでは、圧倒的に違いすぎた

夾架は胸に手を当てて俯きながら答えた

『…制御が出来ない』

「それは見りゃ分かる」

窓を開けてないのに、カーテンや、草薙の趣味か趣向かで置かれた観葉植物の葉が揺れている
明らかに故意ではない干渉も受けた

『…多々良とはちゃんと繋がってる。なのに制御が出来ない。
尊に話したことあったっけ…女の子の助けて、って声が聞こえるの。ここ1ヶ月ぐらいずっと聞こえてて、今日はやけに近くに聞こえる。その声に反応するかのように力が溢れ出るの。凄くザワザワする。何か嫌なことが起こりそう……。
どうしてそんな声が聞こえるのか、なにから助けて欲しいのか、その女の子が誰なのか、全然分からない。
凄く怖い…どうしよう……力が全然言うこと聞いてくれない』

バサバサとカーテンがはためく程に風が強くなる

自分で自分の精神が揺れているのを感じる
色んな人の声が流れてくるきて、その中でも女の子の声が一際大きく聞こえる
小さな器の中で力が荒れ狂い溢れ出ていく
まるで体の中で嵐が巻き起こっている様だった

激しい頭痛と目眩に視界が霞み、ピントが合わなくなり周防を認識出来なくなる
次第に肺が苦しくなっていき呼吸が荒くなり、胸元をぎゅっと抑え込み背中を丸めた

そんな夾架を見て周防は眉根を寄せて、困惑した表情を浮かべた

「おい、酸素が薄い、死ぬぞ」

『はっ……は……わか、ってる……』

「おい、これじゃ濃すぎる、死ぬぞ」

『はぁー……はぁ……う、ん……』

夾架の周囲を初めとして、この部屋の酸素がどんどん薄くなっていき、周防も息苦しさを感じた
その事を夾架が理解しているのかいないのか、周防が指摘をすると分かってる、と返事が返ってきた

「ゆっくり息を吐け、吐ききったら軽く吸え」

『ぅ、んっ……はっ…はぁ……』

息苦しさ故に浅い呼吸を繰り返し、若干過呼吸になりかけているのを悟った周防は、夾架の背中を優しく摩った

言われた通りにゆっくり呼吸を行い、少し落ち着いてきたが、夾架はまだ苦しげな表情で周防を見つめた

『尊に貰った力は絶対暴走させない。頑張ってこっちも制御する…』

「そうか…」

話したはいいが周防は、特にこれと言ったことを言わなかった
やはり自分でどうにかするしかない。と夾架は決意をする

周防は夾架の頭を一撫でしてから立ち上がり、部屋を出ていってしまった
十束と草薙が帰ってきた事に気づいた様だ
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