庭球

□踊りましょう
1ページ/1ページ

※短め





それは何気ない夕暮れ。

いや、何気ないとは違う。
その日の昼、全国大会準決勝で俺等四天宝寺は関東大会優勝校、青学に敗れた。

 「・・・・終わりか」

呟かれた言葉は誰に対してのものだったのか、自分でも分からない。
もしかしたら自身に対してで、諦めを強要するために出てきたものなのかもしれない。

 「?・・・・・アンタ。四天宝寺の?」

ふいに聞こえたか細い、頼りのない声の主を見た俺はただ驚愕した。

 「お、前。越前やないか」

 「何だ、名前読めるんじゃん」

さっきの声は本当に目の前で好戦的な笑みを浮かべる彼のものだったのだろうか。
その瞳は自身のチームで、テクニックは欠けながらも3年の引退後には次期部長となるだろう財前とともに四天宝寺男子テニス部を引っ張ってくれる金太郎との1球勝負で見せたモノだ。
屈強な精神を変わらず宿すアーモンド型の瞳は今もおれを惹きつけ、そして魅了する。

 「あんな越前。俺は一応年上やで?・・・・まぁお前に敬意を払えっちゅーほうが、無理な話か・・・」

少年は眉根を寄せ、少し低いトーンで反論してくる。

 「失礼っすね。俺だって敬語くらい使うっすよ。部長はそういうこと厳しいんで」

越前は苦虫でも噛み潰したような表情をさらけ出す。
確かに青学の部長といえば、あのお堅いことで有名な手塚だ。
手塚の実力は勿論その名を全国に轟かせるほどのもので、先ほどの試合でも見ることができた。
 あの千歳でさえも寄せ付けない、有無を言わさぬ強さ。
試合の様はどこかが越前と重なる。
やはり、2人の間には何かあるのだろうか?
自然とそのことばかり考え、手塚に嫉妬してる自分がいた。
越前は人を虜にする何かを持っている。
そこに確信めいたものはないが甘美なる容姿で視線を集め、稀なるテニスセンスで堕とすには十分だった。

 「自分とこの手塚は笑わないことで有名やさかい、そういうことにはやっぱ厳しいんやな・・・」

 「笑わないって・・・・・、」

正直な感想を述べると、越前は目を見開いたままこちらをじっと見てる。
猫のようにつりあっがった目は丸みを帯びており、年相応の幼さが感じられた。
しかし突然硬直されるのは誰でも不安になる。
 

 「え、越前?」

 「わらわ・・・ぷっ。あっはははははは!笑わないって!!あっははは、ぷっくくく、」

 「!!??」

危惧していた俺とは正反対に、彼は突然大声で笑い出した。
本当に可笑しくてたまらない、という風にうっすらと目元に涙まで浮かべている。
俺は反応することに遅れをとり、驚くことしか選択権がない。
それでも、この場にいて嬉しいと感じた。
越前が心の底から笑っている。
誰でもない、自分に笑いかけてくれる越前はいつもより何倍も輝いて見えた。

 「!・・・やっぱり、綺麗や」

 「え、何言ってんすか?謙也さん、」

勝手に出てきた言葉は音となってもれた、
   『綺麗』
しかし勝手、とは少し....いや、幾分か違う。
その言葉は俺の本心だ。
その想いが音となったのに、勝手とはない。
そして何故音になったのか?
答えは至極簡単で、自身でも理解できないほど奥の方で望んでいたことだからなのだろう。
それともう一つ、
越前に隠しきれないこの想いを伝えたいと思っている。
後者を理解するのは安直だった。
ただ素直になればいいのだ。
   欲望・愛情・執着・独占欲
頭と体が赴くままに。

甘い感情は埋め尽くすほどに脳を侵食していく。
だんだんと、しかし確実にゆっくりと。
その甘さは吐き気がするくらいだけど、一度味わえば一生残り、またつまみ食いでもしたくなる。
 自分でもわけが分からないままに、越前の細っこい腕を摑む。
本当にこの腕で...、そんなことを考えながらも体は動いていく。
引き寄せられた彼の肢体はいとも簡単にこちらへ倒れてきた。

 「!?・・・・謙、也さん?」

思考が追いつけない越前は成すがまま。
未だにその瞳の光は失われていない。
自分でも制御不能で近づく互いの顔。

道端では、二つのシルエットが何の迷いもなく重なった。

 (君の瞳は、光を映さない)

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ