02/17の日記

15:44
天女様は魔女 仙蔵
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意識に靄がかかる。思考をとめ、深く考えることを止める。熱に浮かされていた様な、あの時。私達は何に惑わされていたのだろう。


『私は、私のことを一等好きになってくれる人が好きよ。だからその気持ちを示して頂戴、私のことを疑う人間は排除して、私を愛してほしいの』

天女様。そういわれていた女。
酷く美しい存在だったと思う。おそらくだが、あの時の私はそう感じていた。柔らかな栗毛に赤みをおびた頬、潤んだ瞳。
この時代には似つかわしくないほど平和ぼけした彼女は、血の臭いなどせずただひたすらにか弱かった。武器など握ったことは無いのだろう、肌を切ったことは無いのだろう、触れたら倒れてしまうかもしれない、腕をつかんだら折れてしまうかもしれない。優しく愛でなければいけない存在なのだと疑わなかった。私達よりも進んだ文明を知り私達の事をなんでも知っている彼女は未来から来たという……ああ、仙人様の様な存在だと。「天女様」と呼ぶ以外に相応しい言葉が見つからなかった。彼女のためになら、何でもしてやろうと思った。何を失ってもいいと。





私だけではなく、ほとんどの人間が。





「早く帰りたいなぁ……」

ぽつりと、呟いたのは今の天女。
私が近くにいる事など気付かずに縁側に腰掛けて呟いていた。

天女様は帰ってしまう。あの女も突然私達の前から姿を消し、自分の世界へと帰っていった。
それと同時に残したのは、まるで霧が晴れたような私達の思考。何に惑わされていたのか?何に魅力されていたのか?栗毛のあの女に一体何の魅力があったと言うのか?私達には何も分からなかった。
残されたのは、仲間との間に生まれたヒビだけであった。





「いつ帰れるんだろ……リドル怒ってるよね……」


今の天女は自分の事を天女と呼ばれるのを嫌う。 白須慈佳、それが彼女の名前だ。いつもニコニコと呑気に笑っているその女は、たまに一人になると酷く寂しそうな表情をする。
彼女は私達学園の人間の関係を壊した天女ではないが、天女であることにはかわりなく。復讐をしてやろうと私達が近づいていることに気付いているのだろうか?呑気に笑う白須は、おそらくそんなことには気づいていないだろうが……

私達がどれだけ取り入ろうとしても、のらりくらりと交わして故郷を見つめる。リドルとは誰なのか。無事に帰れるだなんて本当に思っているのか。私達が殺そうとしているのに。



「あれ…?立花くんどうしたんですか?そんなところで」
「!」

気付かれたのは偶然だろうか。気配は消していたのに。

「月見でもしようと思ってな……団子を持ってきたのだが」
「ああ……お月様明るいですもんね」


あの天女の様に私達を魅力する術をこの女は持っていない。それでも私達の気持ちに揺るぎは無かった。


「お前は中々教えてくれはしないが……慈佳のいた未來はどういう世界なんだ?」
「んー…」
「私だけに教えてくれないか?お前の全てを知りたい」

頬に手を添えて、するりと撫でる。
今までの天女は頬を赤く染めて熱っぽい視線を私に送っていた。

しかし、


「普通ですよ。色んな人がいて、色んな事を学んで、嬉しいことも悲しいことも、辛いことも沢山ある。大切な人も大好きな人も苦手な人も敵対する人もいる。命もかける。ここと変わりません」


動じることなく空を見つめ続ける。私にいっさいの視線を向けずに、ただただ寂しそうに空を見上げ。いつもよりよく喋る。そして

ああでも

そう、彼女は呟いて。


「こっちの方が、空気が澄んでて、緑が綺麗で、土のやさしい匂いがします。良いところですね」


柔らかく笑った。差し込む月明かりのように柔らかく、私の復讐の心など包んで溶かしてしまうような純粋な微笑みを私に向けて。
いただきます、と頭を下げて団子をほうばる白須に気付かれない様にちいさく首を横に振った。

これも術かも知れない。ほだされてはいけない。



「あ、美味しいですね」


彼女がなにもしていない何て、私は既にどこかで気付いていても。

知らない振りをして月を見上げた。






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