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□月の下で
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「…っあー…、えと」

「なに、ンなとこで隠れてんだよ。ほら、行くぞ」

「えっ、ちょ」


そのままぐいっと腕を引かれて、無理やりバルコニーに連れ出される。


満天の星と、少しシャープな三日月の下。


心地良い風が通り抜けるそこは、しかしさっきまでマーモンセンパイがいた立ち位置だった。

ああ、なんでだろう。
気持ち良いはずなのに、気持ち悪い。


わずかに感じる不快感を抑えつつ、口を開く。


「…マーモンセンパイはどうしたんですー?」

「これから任務だってさ」

「はあ…」


おのずと、返事の切れが悪くなる。

隣に立つベルセンパイと目を合わせないように森の奥の闇を見つめながら、続けて問う。


「…なんで、ミーをこんなとこに連れ出すんですか」

「あん?…だって、あんなとこでコソコソしてて、出たかったんじゃねーの?」

「……それは」

「ししっ、いーじゃん、別に。マーモンも行っちまったことだし」



『マーモンも行っちまったことだし』

そう無邪気に言う笑顔は、やっぱりいつもの、ミー及び全員に向けられている笑顔で。





それを認識した、瞬間。

パチリ、と目の前に何かが散った。




突如、こみ上げてくる不快感。

音が、色が、遠くなって。
耐えられなくて、思わずしゃがみ込む。
反射的に、手を口にやっていた。

頭がぐらぐらする。
柵を手で掴んで、それでもぐらりと揺れて、そこから落ちてしまいそうで。
いっそ落ちてしまいたいと、ふとそんな考えが頭を過ぎった。






だって、だって『ここ』は。

結局、マーモンセンパイの代わりなんだから。







「…おい、どうした!? 大丈夫かよ」


慌てた様子でミーに伸ばされる手を、気配で感じる。


パシッと、鋭い音が聞こえた。

同時に、自分の手に、ジンとした痛み。


それらが、自分がベルセンパイの手を払ったせいだと気付く前に。


「………りません」

「は?」

「あんたの心配なんか、いりません……っ!」


消化しきれない気持ち悪さと共に、そんな言葉を吐き出していた。


「……は」


呆気にとられているセンパイに、しゃがんだまま叫ぶ。


「ミーじゃ!ミーじゃダメなんですか!?
ダメなら、代わりなら、変な情をかけるな!そうできないなら、マーモンセンパイと同じように笑って、同じように…っ」


声が、震えた。


「同じように、心を、許してくれたって…いいじゃないですかー…っ」


ぽたりと、下のタイルに黒いシミができる。
それをつくったのが自分の涙だと気付くのに、数秒かかった。





ここにいるミーは、見てもらえない。

でも、完全な代わりには不十分。



こんなのって、あんまりでしょう?






「……ばーか」


ふわり。


「いつ誰が、代わりにしたんだよ」


その声が、いつもよりずっと近い。

それから、あったかい。



あ、抱きしめられてる、と気付いて。
でも、今度は不思議と振り払う気にはならなかった。


「……せ、んぱ」

「ナニ。不満?」


立て膝をついて、そっと腕でミーをくるんでいるセンパイ。

あったかくて、ああでも、騙されちゃいけない。

だってミーは、センパイにとっては、あくまで代わりでしかないんだから。
あくまでここは、マーモンセンパイの立ち位置なんだから。


求めちゃいけない。
これ以上を、望んじゃいけない。



「…やめてくださいー…っ、…マーモンセンパイは…」

「あー、悪かったよ。そーいう意味じゃねぇって。つーか、気にしすぎだろ」

「……そんなっ」

「ごめん。…でもさ」


キュッと、まわされた腕の力が強くなる。


「俺、マーモンにはこんなことしねーし」

「……っ」

「つまりだな…あー、くそっ」


何かをごまかすように、背中をぽんぽんと叩かれる。

センパイの体温が、ほんの少し上がった気がした。

笑みを含んだ声が、鼓膜をくすぐる。



「…お前は、お前じゃね?」



…うぅ、ずるい。

ずるいずるいずるい。


こんなタイミングで、そんなこと言うなんて。



「………っセンパイのばかーっ!」



涙が溢れてしまうのを、叫ぶことでごまかした。









満天の星と、少しシャープな三日月の下。



その声は、森の闇にそっと吸い込まれた。








fin.


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(ちょっとしたおまけ→)
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