その他

□たんぽぽの人
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センパイの部屋にお邪魔した。

春の香りをとどけてあげようと、綿毛たんぽぽを持っていってあげた。

お仕事中のセンパイに綿毛を飛ばした。

「っ!てんめー!!」

「げろッ!」

殴られました。

「何すんだよ!っうぇ、口入った……」

「季節のお届け人ですー。いかがでしょう」

「殺したい程感謝するぜ、届け人」

満面の憎悪こもった表情で言い捨てられると、センパイはさも面倒くさそうに

机に積もった綿毛をかき集めにかかる。口に入ったものは、しなやかな指を

口内に突っ込んで引き取っていく。

糸を引いた綿毛に釘付けになったのは若い滾りだ。仕方がない。

「……何、その目」

「あんたの唾液がまとわりついた綿毛になりたい」

「な、ちったあ隠せよ!変態っ…!」

「違うんですよー。本来の目的はちゃんと」

最近仕事が大変そうだったから、息抜きしてもらおうと思って。

そう続けようとすれば、センパイの手がミーに伸びる。

「お?」

「……………」

「おー」

カエル越しに頭を撫でて「分かってる」の合図。

本人はそっぽを向いてるけど。

「うははー」

「すぐ調子乗る……」

喜ぶミーに盛大なため息の後、仕事用の眼鏡を取ってテーブルに置くセンパイ。

「で?目的は」

「はいー!おさんぽしましょー」






天気予報で、今日が最後の春日和だって聞いたから。

これからはしばらく雨が続いて、そのまま梅雨の時期にもつれ込むから、外を

楽しめるのは今日限りらしい。

普段外出より引きこもりを好むミーでも、流石にそこまで畳み掛けられたら

行きたくもなります。

「物好きだよなぁ、お前も」

ぶつぶつと文句を言いながらも、しっかりと服を着替えてくれるセンパイが可愛らしい。

わざわざそんな、と止めてみれば、一応デートだからと頬を赤らめるからこの人は

ずるいと思う。恥ずかしいのか使い捨てのマスクをつけて表情を隠してしまう。

ただでさえ前髪が長い上に鼻から下は白い布ごしだ。ほとんど顔が見えない。

もうただの怪しい人です。

「中庭でいいですかー?バケモノさん」

「死ねよ」

「そのだっさいビジュアルが悪いんですー」

「な、いーだろ別に!」

一度つけたら踏ん切りがつかなくなったんですね。哀れですー。

軽口を叩き合って向かったのは、アジトではおなじみ無駄にでかい中庭。

この前まで雪が一面に覆っていたから、ここの景色はどこか新鮮だ。近くを流れる

小川は、上流の雪解け水を通している時期のため心なしか増水している。

草花がようやく萌え出した地面からは、まったりとした植物の匂いと土の匂いが

混ざり合って、空からは心地の良い風と太陽の光。

やっぱり自分も生き物なんだな、と再確認する。自然の中にいると全身から

力が抜けて、落ち着いてきます。

「うわー懐かし。フラン見てコレ」

「どうしましたー?…おお、あざみ」

「覚えてる?去年の春、投げ合ったよな」

草むらにしゃがみこむセンパイが、紫色の刺々しい花を指差して苦笑い。

ちょうど1年前、まだ付き合う前だ。どういうわけかふたりで草花を投げつけ合うという

環境破壊をひとしきり行った後に、センパイが草で指を切って血を出して。

そのあとの事を思い出したのだろう。わざとらしい咳払いが聞こえた。

「……まぁ、あの頃はガキだったなっ」

はちみつ色の髪がふわりと揺れる。

きれいに染まった頬が目じりを縁取るから、普段は見えない青い瞳もすぐに分かった。

光ってる。

同じ色の太陽や、たんぽぽなんか見えなくなるくらいに、誰よりも何よりもずっと。

ああ、美しいって……この人みたいなことを言うんだろう。
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