その他
□5.5
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膝を立てて、座っていた。
それなりに広い、しかし無機質な部屋の中。そこには、二十人ほどの子供がいた。
そして自分も、その中の一人。
周りを見る。
性別も年齢もバラバラ。しかし、その表情は数種類に分けられた。
そしてそこから、ここに来てどのくらい経つのかも想像できる。
何が起こっているのかわからず、恐怖で涙が止まらない者。
いつか誰かが助けに来ると信じて、気丈に振る舞う者。
そして、全てを悟って諦めて、瞳から光が消えた者。
ただし、ほぼ全員に共通していること。
それは、身体のどこかしらに包帯やガーゼが当てられていることだった。
小さな切開くらいなら、実験中はともかくその後の麻酔なんて洒落たものは与えられるはずもなくて。その痛みに叫んでいる者も、少なくない。
僕自身、数日前の腕の傷がずくずくと痛む。
ガチャリ。
唐突に、ノブの擦れる無機質な音が部屋に響いた。
ほとんどの者が、びくりと肩を震わせる。
そこから入ってきたのは、一人の白衣の大人。その男に見せる反応もまた、様々だ。
数名から浴びせられる罵倒を受け流して、男はわずかな笑みを浮かべて言う。
前置きも何もなく、たった一言。
「No.696。来い」
ひくりと空気が震える。
他の者たちが、自分でなかったことに対する安堵、そして『No.696』がどんな状態で帰ってくるのかに対する恐怖に、それぞれ顔を歪める。
No.696--------
僕は、ゆっくりと立ち上がった。
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「………」
ふっと、目を開ける。
気付かないうちに、眠るように気を失っていたらしい。
夢を……過去の夢を、見ていた。
唇を噛む。
実験。
なんて、無機質で無慈悲な響きだろう。それでいて、彼らは自らの好奇心と野望のために、心底楽しそうにその言葉を使うのだ。
この場で『実験中』の夢を見なかっただけ、だいぶマシだろう。
無論、憶えていないわけではない。憶えている。たかだか十数年で忘れたりできるほど甘い痛みではない。
ただし、普段は意図的に蓋をしている記憶だ。こんな状況下で蓋が外れるのは、さすがにまずい。
いや……
今は、感情に流されている場合じゃない。
緩く息を吐き出す。
考えるべきは、これからのこと。体力消費は最小限に。
わざわざ、かたく鍵をかけられた扉に手をつけようとは思わなかった。
相変わらず、鈍い痛みを訴える身体。
鈍い思考ながらも、今までの情報を整理して組み立てる。
あの男……茶髪の男。
彼は、取り引きのときの情報が正しければ、ロッソファミリーの頭脳派の幹部だ。
名は、アラン・ヴィーテ。
しかし、先ほどの会話で、それだけではないことがはっきりしている。
彼は、研究者……科学者だ。
それも、人間を実験台にすることを何ら厭わない、愚かしい人種。
あの瞳を、思い出してしまった。
ざわりと、胸の内がざらつく。
--------僕がもっとも忌み嫌っている種類の人間。
…しかし、取り引きのときには、彼が「研究者」であるという情報は無かった。
それに、そもそもロッソが研究や開発に力を入れているという話も聞いたことがない。おそらくは、巧みに隠してきたのだろう。あるいは、つい最近になって始めたか。
どちらにせよ、何の目的があってかはわからない。
……今手に入る情報は、これが限界。
突破口を見つけるには、情報が少なすぎた。
目を伏せて、さっきのクロームとの会話を思い出す。
…クロームは、ちゃんと伝えただろうか。
彼らに宛てた、二つの伝言。