桜雨
□射した光
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骸様、ねえ、むくろさま。
私、あなたのことが大切なんです。
あなたが苦しんでいる姿なんて、見たくなかったんです。
あなたがこれ以上、自分を虐げている姿を、見ていられなかったんです。
でも、でも。
私は、間違ったんですか?
ねえ、お願い。
応えて、骸様--------。
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「……ん…」
ゆっくりと瞼をを開ける。
寝起き特有の気だるさ。
カーテンの隙間から差し込む光。
もう朝なのか…と、私はベッドから体を起こした。
昨日の記憶があまり定かでない。
それなのに、未だに脳内に響く怒鳴り声。
『黙りなさい‼︎』
あんな骸様を、初めて見た。
あんなに苦しそうで今にも泣きそうな声を、初めて聞いた。
骸様を説得しようと試みたのは、この世界での姿があまりにも痛々しかったから。
ボスをはじめ、誰とも必要最低限の会話しか交わさない。あくまでさりげなく、しかし確実に私達と一線を引こうとしている骸様の瞳は、見ていられないほどに寂しそうに、不安定に揺れていて。
守りたいと思った。助けたいと、救いたいと思った。
「自分が見たくない」という気持ちがあったことは否定しない。でも、他でもない骸様のために、自分がニセモノだなんて思ってほしくはなかった。
でも。
それは、拒否されてしまった。
一晩考えて、やっとわかった。
一番苦しかったのは、骸様なのだと。
たったそれだけのことに気付けなかった私は、きっと盲目だったのだろう。あまりに痛々しい姿に、自分のエゴに囚われて、真実が見えずにいた。
そんな自分が情けなくて、悔しくて。でも、ひとつだけわかるのは、それでもやはりあんな風に自分を否定していい訳がないということ。
だって、骸様は骸様だから。
世界が違おうが、帰る場所がここにはなかろうが。
私を見つけてくれた、だいじなひとに変わりはないから。
おぼつかない足取りで、洗面所へ向かう。
鏡に映った自分の顔は、疲れ切っている。でも、ようやく理解することができた。これでやっと、今度こそ前へ進める。
次に考えるべきは、これからどう動くか。
蛇口から流れ続ける水に手を浸せば、冷たい感触に頭を冴える。
大丈夫。諦めたりしない。
そんなこと、するものか。
ぱしゃりと、手に溜めた水を顔に叩きつける。
今度こそ、骸様を助けるために。
そう、思いを固めたとき。
突然、内線電話のベルが鳴り響いた。
「……あ」
急いで手と顔をタオルで拭いて、ぱたぱたと電話を取りに行く。
表示を見れば、ボスからの電話。
慌てて受話器を取り上げて耳に当てれば、響いてきたのは案の定、よく聞きなれた声だった。
『クローム、朝からごめん』
「大丈夫よ、ボス。どうしたの?」
こんな朝から連絡が入るだなんて、珍しい。
そう思いながら聞けば、ボスは何かを決心しているように、少し硬い声で言った。
『…クローム、この後、少し会って話せないかな。できるだけ早く』
「…え…」
『骸のことで、話があるんだ』
「……っ」
骸のことで、という言葉に息が止まる。
同時にまた蘇る、あの声、言葉。
『……、クローム? クローム』
「…っあ…」
返事をしない私を心配して、ボスが受話器を通して呼んでいた。慌てて受話器を持ち直して、答える。
「…ごめん、ボス。大丈夫」
『そう…? …それで、話を戻すけど』
「うん。行くわ、もちろん」
『ありがとう』
少しほっとしたようなその声に、軽く返事をしてから電話を切る。
それから、急いで着替えるために踵を返した。
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