桜雨
□願い
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クロームを怒鳴りつけたあの一件から、一晩と数時間後。
憎たらしいほどに晴れ渡った昼の空の下、僕は行く当てもなくプラプラとイタリアの街中を歩いていた。
特別何かがあったわけではなくとも、僕が気分で外へ出向くのはよくあることだ。
こちらの世界へ来てからは一応頻度は落としていたが、それでもこれで数度目。
部下なんかからは危ないからやめろと言われるが、私服を着てしまえばそうそう身分がバレることもないし、いざとなれば応戦すればいいだけの話である。
おまけに今に関しては、この世界の部下の意見に合わせてやる義務もない。
単なる気分転換。またの名を、暇潰し。
今回に関しても、むしゃくしゃしているのを忘れるという目的はあれど、表向きは普段のそれと何が違うということはなかった。はずだった。
彼が、姿を見せるまでは。
○○○○○
「やっと見つけたよ」
その人物は、馴染みの--------と言っても前の世界での、だが--------カフェで一服しようか、それとも戦闘用のリング店に立ち寄ろうかと考えながら、大通りへ向かって歩いていたときに現れた。
突然目の前に立ち塞がった、黒いスーツに黒い短髪の日本人。背筋を凍らせるような鋭い眼光は肉食動物のそれで、揺らぐことなくまっすぐに僕を捉えている。
日本人であるからぱっと見マフィアには見えないが、それを差し引いても十二分に警戒に値する雰囲気を纏っていた。
が、僕にとっては見慣れすぎたその姿。無意識に、溜め息を漏らしてしまう。
ああ、面倒なのが来た……。
何しに来たんですか、雲雀恭弥。
「…おや、どうかしましたか?」
努めて冷静を装い、冷たく返す。
が、相手も相手だ。そんなことで怯んだりするわけがない。
案の定、相変わらず威圧的で有無を言わせぬ言葉が返された。
「話がある。来な」
「おやおや、命令されるのは好きじゃない。それに、話なんて僕にはありませんよ。失礼します」
今は、君と話す気分じゃない。
言外にそう示すようにわざと余所余所しい返事をして、スッと彼の横を通り過ぎようとする。
が、すれ違う瞬間にぐっと腕を掴まれた。
…何なんだ。
苛立ちを隠さずに、振り返る。
「何のつもりです?」
じっとりと睨みつけてみても、凪いだ濃灰色の瞳は全てを受け流してしまう。
まったく、扱いづらいことこの上ない。
そして、凛と響く声で、彼は言った。
「大通りのカフェのガトーショコラ。良いだろう?」
こうして三十分後、僕らは例のカフェの隅っこの一角を陣取っていた。
まったく、何故こうなった。
半ばやけくそ君に、目の前のケーキを口へ運ぶ。
カフェとはいえ少々高級でそれなりに値も張るこの店は、当然ながらほぼ女同士のグループやカップルで賑わっていて。ハッキリ言って、男二人の僕らは浮いている。
僕のお気に入りであるガトーショコラも、こんなわけのわからない状況ではまともに味わうこともできない。
テーブルの向こうでは雲雀恭弥が、足を組み、涼しい顔でコーヒーカップを傾けている。
…くだらない話だったら、本気で廻らせてやろう。
ケーキが三分の二ほど消えたところで、未だ何も言わない先方に痺れを切らして口を開く。
「…それで、話とは何でしょうか。手短に頼みますよ」
半ば八つ当たりでじっとりと睨みつけるも、そんなものに揺らぐ彼ではないことは良く知っていて。
案の定、表情ひとつ変えない彼に、さらにイライラが募る。
「ふうん。それなら、さっさと終わらせよう」
そして目の前の彼は、コーヒーカップを持ち上げたまま至極冷静に言った。
「ボンゴレとトルシオーネの抗争が、近いうちに始まる」
「……⁉︎」
あまりにもさらりと放たれたその言葉に、ケーキを持ち上げた僕の手が空中で中途半端に止まった。