新・IS夢小説

□序章
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いくつもの薬品の匂いが混じり合う病院の中、コツンコツン、と規則正しい靴の音が廊下に響く。

まだ朝日が顔を覗かせた程度の時間、薄い暗闇の広がる廊下を遠慮なく進む青年の姿がそこにあった。
薄暗い廊下とは相反するような、肌も髪も真っ白な青年は迷うそぶりなど全く見せず、その病院の出入り口へと向かう。

その時、少し先に見える角から、自身とは別の足音が聞こえた。
慌てて柱の陰に身を隠す青年。 遅れて出てきたのは見回りの看護師だった。 看護師は青年の事に気づく事なく、手に持った懐中電灯の明かりを頼りに青年が来た廊下を歩いていく。

その背中が小さくなるころ、青年はふぅと胸を撫で下ろした。
青年にとって今日は一大イベントとも言える大切な日である。見つかりでもしたら大ごとだ。

3年間、ずっと入院していた建物だから構造はすでに把握している。
そしてこの時間、当然のことながら玄関のドアは閉まっていることも知っている。 だからこそ青年が向かう先は玄関の近く、ナースセンターから出る裏口を目指していたのだ。

こっそりと慎重に、それでいて確実に歩を進める青年。そしていよいよ、目標であるナースセンターが近づいて来た。

しかし、ここからが本番だ。
ナースセンターの中には必ず1人の見張り役がおり、三時間で見回りと交代のサイクルで回っている。 さきほど見回りの看護師とすれ違ったので、ちょうど交代して間もないころだろう。
間違っても中に2人以上いるということはないはずだ。

青年は懐から取り出した片手で収まるサイズの機械を取り出して、その中央についているボタンを力強く押す。
それに合わせるように、ナースセンターの中から以上を告げるブーッブーッと断続的に鳴るブザーの音がかすかに聞こえた。

それに合わせて看護師がバタバタと慌ただしくナースセンターから出ていくのを隠れて確認する。 今のボタンは青年が入室している部屋のナースコールを遠隔で押すことのできるボタンだったのだ。

上手くいったことに安堵のため息を漏らして、そそくさとナースセンターに潜り込む。 狙った通り、ナースセンターの中には人がいなかった。
にやりとほくそ笑みを浮かべるとナースセンターを抜けてその先の出口へと向かおうと、身をかがめて走り出す。

その時だった。

「ーーーゴホッ」

思わず口を塞ぐ青年。今の音の発生源は他でもない、青年からであった。 それから連続して出ようとする咳を止めようとするが、その意思と反するように次々と咳が出始める。

冬を越えたといっても、まだ夜明けの気温は低いのだ。 青年の身体を冷えさせてしまうに十分なほどに。

ビチャッ

ついには抑えた手の隙間からねっとりと、粘着性のある血液がこぼれ出す。
しまった、と思うと同時に、早く出ないと、という焦燥感に駆られ、力の入らない四肢に力を無理やり入れてドアに手をかける。

ガチャリ、となんとか扉を開けると同時に、朝の街の空気が部屋に流れた。

「桜雪様⁉」

チッと心の中で舌打ちをする。 どうやら看護師が戻って来たようだ。
後ろから聞こえる驚きの声が次第に足音へと変わり、自身を捕まえんとしようとしていることがわかる。
それから逃れようとヨロヨロと立ち上がるが、いかんせん、青年には体力がなさすぎた。

裏口から伸びるスロープを必死に掴み、身体を支えながら数段の階段を転びそうになりながら降りる。 ここで転びでもしたら骨折は確実だということは理解しているので、そこは慎重だ。

しかし、その間にも看護師は近づき、今にでも病室に戻そうと必死に手を伸ばす。

階段を無事に降り切った青年はそこでうずくまり、何かを掴むように血に濡れた右手を前方に差し出す。
何をしているのか、そう一瞬考えた看護師だったが、それよりもまず優先すべきは青年の確保だと割り切り、階段を飛び越えて捕まえようとする。

その瞬間、まるでタイミングを見計らっていたように黒いバンが青年の前に停まり、青年を回収してしまった。

「っく!」

飛んだ看護師が綺麗に着地して去っていくバンを睨む。車のナンバーは当然のように隠されて、確認できない。 誰が乗っているのかもマジックミラーで確認することができなかった。

しかし、それは逃亡車であれば当たり前だ。
看護師はポケットから無線機を取り出して、呼び出した警備員に向けて大声で叫ぶ。

「黒いバンを止めてっ‼」

しかしどうやらその連絡は遅かったらしく、無線機の向こうからゴシャンッと重たい音が聞こえた。
どうやらバリケードを無視して突っ込んだようだ。 今から捜索しようにも、それだけの時間で車を乗り換えることなど容易だろう。

「どうしよう………」

看護師の犯した失態。
それは入院患者をみすみす見逃してしまったこともあるが、そうではない。 いや、それも重要なのだが、逃してしまった患者が問題なのだ。

その患者はこの病院の大元、上の上に存在する世界有数の大企業、雪代財閥の社長の隠し子ーーー雪代 桜雪だという事。

「どうしよぅ………」

これから負わされる責任を感じて涙目になる看護師。
その呟きは誰にも届く事なく、登った朝日に飲み込まれるのであった。
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