妖精の尻尾 U エドラス編〜
□第32章
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悪魔の心臓の飛行船看板にて、土砂降りの雨の中をモノともせずにギルドマスターであるハデスが船首に向かって歩いていた。
「まさか七眷属にブルーノートまでやられるとは………ここは素直にマカロフの兵を褒めておこうか」
そうして船首まで来たところで立ち止り、その眼下にいる6人と3匹を見下ろす。
「やれやれ、この私が兵隊の相手をすることになろうとはな。悪魔と妖精の戯れもこれにて終劇。 どれどれ少し遊んでやろうかーーー3代目妖精の尻尾」
かつて所属していたギルドの後輩だが、だからと言って情けをかけるほどハデスは甘くはない。
ハデスを睨む最凶メンバーたちに容赦するほどの人情は持ち合わせていない。
「来るが良い、マカロフの子らよ」
そう言って背を向けると艦内へと帰ってしまった。
「だーーーっ‼ てめぇが降りてこい‼‼」
ナツが怒りにそう叫ぶが、ハデスが降りて来る事などありはしなかった。
「偉そうに」
『一応ギルドマスターだからね。 ああ見えても偉いんだよ、多分』
「奴がマスターを」
「あの人をこらしめてやれば、この島からみんな出てってくれますよね?」
「もちろん‼ 全員追い出してやるんだから」
「ハッピーたちに頼みがある」
「なーに?」
「この船の動力源みてーのを壊してくれ」
「わかったわ」
「そう言う事なら、任せておけ」
「万が一飛んだら大変だもんね、ナツが」
「一応“トロイア”をかけておきますよ」
「そろそろ始めようか」
作戦の打ち合わせタイムはもう終了だ。
グレイが地面に両手を付くと、そこから船首にむけて氷の階段が作り出される。
「行くぞ‼」
「おう‼‼」
張り切るナツを先頭に、順に登りだした。
「オイラたちも出発‼」
「船底から進入しよう」
ハッピーたち3匹も別ルートから乗り込むのであった。
「あいつはマスターをも凌駕するほどの魔道士。開戦と同時に全力を出すんだ!」
「はい‼」
「持てる力の全てをぶつけてやる‼」
「後先の事なんて考えてられない‼」
『作戦なんてそれだけで十分‼』
「やっとあいつを殴れんだ‼ 燃えてきたぞ‼」
作戦と呼ぶにはあまりにもお粗末、だが小手先だけの小細工や被害最小限で勝てるほど甘い敵でないことは、皆の直感が告げていた。
それならば最初から全力で、全肉全骨全血を持ってして戦う、それが全員の共通認識であった。
「ハデスーーーーー‼‼」
階段を登りきると同時に、ナツの拳が文字通り火を吹いた。狙う先は無論、屋内で待ち受けていたハデス。
「妖精の尻尾の力をくらいやがれぇ‼‼」
「妖精の尻尾の…………力?」
視界を覆うほどの高熱の炎。 しかし、ハデスはその炎を片手をかざすだけで遮った。
だが、それだけでは終わらない。
炎が収まると同時にグレイ、エルザ、カイトの3人がハデスの目の前にまで接近していた。
「‼‼」
さすがに驚いたのだろう、身動きの取れないハデスに3人の攻撃が打ち込まれる。
ーーー黒羽・月閃‼‼
ーーー氷聖剣‼‼
ーーー混沌ノ爪痕‼‼
黒羽の鎧へと換装したエルザの斬撃、氷の大剣を作り出したグレイの斬撃、混沌ノ爪を拳に纏ったカイトの斬撃が交差した。
「開け‼ 金牛宮の扉‼‼ タウロス‼‼」
「んMOー‼‼」
怯んだハデスに畳み掛けるように、ルーシィの星霊タウロスがその斧で殴りつける。
「全員の魔法に攻撃力、防御力、スピードを付加。 アームズ×アーマー×バーニア‼‼」
ウェンディの援護で強力になった攻撃をしかける3人。 だが驚きから抜け出したのだろう、それらの攻撃を全て紙一重だかわし始めるハデス。
「ちょこまかと………」
魔法で作り出した鎖がエルザを掴む。
「フン」
まるで赤子の手でも捻るかのように捕まえたエルザを楽々グレイとカイトにぶつけた。
だが、その隙をつくように上空からナツが強襲する。
「火龍の翼撃‼‼」
「ぐおぉ‼」
両手に纏った炎がハデスを吹き飛ばした。
しかし、吹き飛ばされたはずのハデスは怯むことなく、むしろ空中で攻撃をしかける余裕さえ残していた。
「んが⁉」
空中で体勢を立て直したハデスの鎖がナツのうなじを捉え、そのまま引っ張り上げられる。
「あ! あ‼ あ‼‼」
そのまま壁に激突するかと思いきや、衝突から立て直したエルザがその鎖を断ち切る。
「ナツ‼」
「おう‼」
落下地点に駆けつけたグレイが大槌を作り出し、ナツがそれを踏み台にする。
「行っ………けェ‼‼」
グレイのフルスイングに合わせて跳躍したナツが、凄まじいスピードでハデスへと一直線に進む。
そしてそれをサポートする2人の存在も忘れてはならない。
「天竜の咆哮‼‼」
「スコーピオン‼‼」
ウェンディの風とルーシィの砂が一つに合わさり、ナツを包み込む。
「合体魔法‼⁉」
さすがにまずいと感じたのだろう、それをかわそうと脚を動かそうとするハデスだが、不思議な事にその脚が動こうとしない。
まるで腰から下が消え去ったような感覚を覚えたハデスが自身の足元を覗く。
「‼⁉」
脚はある事にはある。 だが、その下の影が消えていた。
『影喰………ぶち込みな、ナツ‼』
「ォオオオオオオオオオ‼‼」
ーーー火龍の劍角‼‼‼
超回転の性質を持つ合体魔法の中で十分に回転したナツの頭突きが直撃した。
まるで人間砲弾とも言うべき威力を誇るそれは、ハデスを軽々と壁の向こうへと叩き込んだ。
しかし、誰1人として勝利など期待していない。
むしろこれからだと言わんばかりに煙が舞うその奥を睨みつけていた。
「…………人は己の過ちを、“経験”などと語る」
煙の奥からハデスの影が現れた。
しかし、その様子は先ほどとは違っていた。
「しかし、本当の過ちには経験など残らぬ」
パリン、パリンと床に散らばるガラスを踏みながら現れたハデスにその場にいた全員の恐怖を駆り立てた。
「私と相対するという過ちを侵したうぬらに、未来などないのだからのう」
煙が晴れてその全貌が明らかとなったハデス。その羽織っていたマントが燃えかすとなり、ボロボロになっていたが、それは些細なこと。
その身一つには傷一つ付いていないのだから。
「そんな………」
「まったく効いてないの?」
「オイ………こっちは全力出したんだぞ」
『冗談キツイねぇ、まったく………』
「魔力の質が変わった」
「さて、準備運動はこのくらいでよいかな?」
「来るぞ‼‼」
全員が恐怖で震え、怯える中、気丈に声を振り出したエルザに合わせるように、ハデスの声が響く。
「喝‼‼」
その刹那、ウェンディの姿が衣服を残して消えるのであった。