ぶっく

□そして、開幕
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「タバコ辞める気ないんですか?」

清音は壁に寄りかかる丈の正面に立つ。
はじめとパイマンのやり取りを見ていた丈はそこから視線をはずし、未だ幼さを残す清音を見下ろした。

「ああ、何となくな」

「でも、体に悪いですよ?」

こてんと首をかしげる清音に苦笑して、その頭をくしゃりと撫でる。

あざといヤツだな……

丈にとって清音はあの頃拾った可愛いガキ。
清音の頼みなら丈はなんだって聞くだろう。
むしろ、叶えてやりたいとすら思うはずだ。
なんだってが可能になるのは清音が絶対に丈が困るようなことは言わないからだ。
ただし、煙草の件を除いて。

「減らそうとは思ってる。
心配してくれてありがとな。」

ポケット灰皿にまだ長いそれを入れ、火を消す。
自身タバコが好きだが、嫌がる清音の前でわざわざ吸おうとはしないし、肺癌になったと言われるのは不本意だ。

「それで丈さん……あの…………」

「おまえら!出動だ!!」

なにか言いかけた清音を遮ったのはパイマンの出動命令。
清音はパイマンを見たり、丈に視線を戻したりと困ったように動けずにいる。

「清音?」

「ああああの!丈さん!!」

声をかければ顔を真っ赤にして丈の名前を呼ぶ清音。
一体なんなのだろうかと丈は眉を寄せる。


━チュッ

「……は」

口から出てきたのは驚きの音だけ。
さっきよりも顔を赤くしている清音。
一瞬触れた唇。
その間に恥じらいを隠すように固く閉じられた瞳。
なにをされたかなど一目瞭然だ。

丈は自身の唇を人差し指でゆっくりと撫でる。
これの真意は?

丈はもう一度清音の名を呼んだ。

「いや、あの!
タバコ吸う人って口が寂しいから吸っちゃうって聞いて、あの、知り合いが、その、キスすればそれは代わりになるから、タバコもやめられるとアドバイスを、すみませんでした!
丈さんの許可もなく勝手に、ああの、忘れてください!!」

赤い顔を今度は徐々に顔を青くしていく清音は最後にごめんなさいと勢いよく頭を下げて、走っていった。
いつも冷静沈着な清音がここまで焦るとは……
丈はなんとなく驚き以上に面白いものを見られたという感情の方が勝っていた。
勿論、自分を思っての行動に怒りもない。
丈は清音を追うことはせず、可愛いやつだと喉をクツクツと鳴らした。

「知り合いって嬢ちゃんだろ?」


出動命令にも関わらず先程から自分達を見ているはじめに丈は気づいていた。

清音の知り合いなんて知らないが、もとより、相談できる相手なんてそう多くはないだろう。
そしてなにより、こんな回答をするのははじめくらいだ。

「そーっすよ」

はじめは悪びれることなく自身の言ったことだと認めた。

「なぜ」

「なぜって何がっすか?
先輩に相談された理由っすか?
それとも、先輩がじょーさんにキスした理由っすか?」

「それは、俺を思ってだろう?」

相変わらず飄々とかわしていくはじめにもどかしさを覚えたが、丈は冷静に言葉を返す。

早く言え。
言うつもりもない。

はじめと丈の意見が真っ向から対立した。
はじめはにこにこと笑い、丈はポケットに手を突っ込んだまま、相手の言葉を待つ。

「しょーがないっすね」

先に折れたのははじめだった。

「ボクはいつまでもプレリュードを奏でるのはいけないと思うんすよ。
幕の開かないのオペラなんてお客さんみんな帰っちゃうっす!
そしたらきっと、片方が寂しくなって演奏を止める。
……じゃあ、残った演奏者はどうするんすか?
一人じゃどうなっても曲にはならないし、劇もそこで終わりっすよね。
序曲はとっくに終わったんすよ!
だったら、前奏曲だってもうそろそろいいと思うっす。
ね?丈さん。」

いつもなら何を言っているのかわからないと眉を寄せていたであろう丈も、今回ばかりははじめの言わんとしていることがはっきりとわかる。
「俺と清音が出会ったのが序曲だとするなら、まだ付き合ってない俺たちは開幕前のプレリュード……前奏曲を奏でてるだけ、そう言いたいのか?
だとするならそれは違う。」

丈はポケットに入っているライターをつけたり消したりと繰り返しながら天井を見上げた。

届きはしないであろうその高さが、丈をより低く見せる。

「なんでっすか?」

「俺も清音も恋愛として相手を見てないからだ」

清音にとって丈は恩人
丈にとって清音は可愛いガキ
それは丈にとってあの日から変わらない。

「丈さん、センパイのこと好きっすか?」

「ああ。」

双方にとってそれが仲間としてという意味だとわかっていたので、丈も頷きはじめも じゃあ、と質問を変えた。

「嫌じゃなかったっすよね?」

それだけの問いになにがだと聞き返そうとした丈にはじめはすかさずキスと言葉を滑りこませた。

「それは……」

清音だったから。
そう言おうとしてはたと気がつく。
"清音だからキスされても嬉しい"それは可愛いガキに対する感情だろうか。

丈はライターをいじるのを止め、考え込むように両手をポケットに突っ込んだ。

無茶なお願いをしない清音の願いなら叶えたい。
俺を思ってキスしてくれたことが嬉しい。
真っ赤になった清音が可愛い。

「…………俺、清音に惚れてんのか。」

「そーとーっすよ?」

ああ、そうなのか。
俺は清音に惚れてるのか。

考えたこともなかった事実は
丈のなかになんの反抗もすることなくおちていった。

違うと言えば違うもいうのは違うと違和感を発するくらい丈の心にピタリとはまったピース。

だからと言って清音の中にそのピースがはまる場所があるとは限らないことを丈は理解していた。
黙り込む丈にはじめはいつもの丈さんらしくないっすよと笑った。

「ボクの知ってる丈さんは冷静に見えて実は熱血で、ネガティブ。
いい意味でも悪い意味でも、自分の思った通りに動くじゃないっすか!」

はじめは親指を立て、ね?とウインクを送る。

「嬢ちゃん、恋愛の仕方が直球過ぎるんだよ。
フラれることを考えられないうちは恋なんてできないぞ」

肩をすくめる丈だが、その口元には笑みが溢れその瞳はなにかを決意したように輝いていた。

「センパイがキスまでしたのにここで丈さんに諦められたらそれこれ、開幕しない事故オペラっすよ」

どうやら清音が相談したのはタバコの件だけではないらしい。

ポケットの中にしまった手をゆっくりと外に出す。

さんきゅうな。
丈はいつものように口元を隠したままポツリと呟くと、エレベーターに乗り込んだ。

未だ倒せてない敵をさっさと倒して好きだと言おう。
煙草もやめて出会ってくれたことに礼を言おう。
できるなら抱き締めて、いつものように頭を撫でてやりたい。

チーんと機械音が鳴り、静かに扉が開く。
丈は青空に一歩踏み出し、プレリュード最後の音を奏でた。


「バード・ゴー」



━そして、開幕するのは二人のストーリー







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なんかはじめちゃんが刷り込みを行った気がしなくもないのですが……
二人に幸あれ。
彩愛様に提出致します。
楽しい企画ありがとうございました。
 

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