その他の中編

□私と貴方の食生活
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「お、今日は肉じゃがかい?」





毎日のことながら、赤林さんは今日も現れた。





『ヤクザって案外暇なんですね』と皮肉たっぷりに言うと赤林さんは「四木の旦那が全部やってくれてるからね」と無邪気に笑った。



『サボりじゃないですか』



「ヤクザが悪事を働かないほど良いことはないさ、おいちゃんも肉じゃが食べるー」と私の許可も無しに、白い皿を一枚取り出す。



『…はぁ』





今更ダメだ、なんて言えず。
名無しさんは潔く諦めることにした。



テレビを見ながら食べていると、当然のように赤林さんは私の隣に座り込んだ。




「ん、美味しいね。徐々においちゃんの嫁になるレベルが上がってきたね」




ー…また訳のわからないこと‥・。


『誰が誰の嫁になるんですか?』と聞き返すと、「照れないの」とケラケラと笑いながら肉を箸で掴む赤林さん。



『本当に赤林さんの頭の中は壮大なお花畑が広がってるんでしょうね』



今日二回目の皮肉を込めて答える。





「当たり前じゃない。名無しさんちゃんと一緒なんだよ?そりゃお花畑になるさ」




二回目の皮肉もなんのその、赤林さんはだらしなく緩んだ笑顔をこちらに向ける。
ムカついたので、少し睨んでからニュースに視線を戻した。




「名無しさんちゃんのそうゆう冷たいところもおいちゃん好きだよ」



横から楽しそうな声音で話しかけてくるヤクザ。
本当に元気な大人だ、同じ職業に就いている四木さんとは正反対。四木さんもきっとこの男には頭を抱えているだろうなぁと私は思い。心の中で四木さんに向けて応援の言葉を送った。





















「なかなか池袋も静かにならないね〜」






独り言なのか、赤林さんはテレビの中のアナウンサーに向けてそう呟いた。
画面には馴染みの深い、【池袋】のレッテルが貼らてていた。





「名無しさんちゃんも気をつけてね、最近何かと物騒だし」



物騒なのはあなたでしょ、と名無しさんは出かけた言葉をジャガイモと共に腹の中に戻し。『はいはい』と返事しておいた。



「切り裂き魔、首無しライダー、ダラーズ…あ、粟楠も放送されてる。何でかなー他に比べれば静かな方だと思うんだけどなー粟楠ー…」


『腐ってもヤクザですからね』


「そんな言い方しないでよー、もう会いに来ないよ?」


『ありがたいお話です、それより以前勝手に作ってた鍵渡してくださいよ。不法侵入もいいところです』




ん、と赤林さんに手のひらを向け渡すように訴える。





「嘘嘘冗談、名無しさんちゃんはおいちゃんに会えなくても良いかもしれないけど。おいちゃんは名無しさんちゃんに会えないと死んじゃう」だから渡さない、ヘラっと笑いながら一言付け足す。



鉄パイプで殴られても気絶もしないくせに、と心中悪態をつき。赤林さんに向けている手を下ろす。



『じゃあ赤林さん、来る時は連絡ください。流石にいつでもOKというわけではないの、人とか呼んでる時に来たら…』



「名無しさんちゃんって彼氏いたっけ?」


『彼氏じゃなくて友達とかです、それと着替え中とか…』


彼氏という言葉に否定を入れると赤林さんは露骨に安心する表情を浮かべる。



「了解、なーんだ。良かったおいちゃんの知らない間に恋人でも出来たかと思っちゃった」



『ご期待に答えられなくて申しわけないですね』


「いやいや、いたらどう潰そうか考えちゃった〜」





思わず目を見開き、声の主を見つめた。





「おかわりしよっ」声の主は腰を上げ軽い足取りで台所へ向かっていった。







その背中に向けてこう小さく吐き捨てた。







『やっぱり物騒なのはあなたの方だ』







(んー?何か言ったかい?)
(いえ、あ。肉じゃが全部食べて良いですよ。お腹一杯なんで)
(本当?じゃあ遠慮なく)










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