長編

□伍
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 ゴールデンウイークはぼうっとしたまま終わった。気付いた時には、真新しい携帯とプリントを手にして学校に居た。…我ながら問題行動だな、おい。

 携帯。親から渡された、私の物、の様だ。高校だと下校時間が遅くなって心配だからーーという配慮なのだろう。丁度テレカが切れていたのだった、いいタイミングだ。安っぽい光沢を放つそれ。…いろいろ登録しなくては。

 プリント。内容は以下。
 『200×年度氷帝学園高校テニス部メンバー構成
   顧問 地球儀真倶真
   副顧問 榊太郎

 正レギュラー
 跡部景吾(2.主将)、芥川慈郎(2)、忍足侑士(2)、鳳長太郎(1)、樺地崇弘(1)、宍戸亮(2)、長野原大ノ介(3)、向日岳人(2)
 準レギュラーA
 秋田鷹介(2)、裃峠(3)、笹篤(2)、鷹ノ巣秋太(3)、新島学(2)、日吉若(1.チーム長)、鷲尾春彦(2)
 準レギュラーB
 霧舎弘毅(3.チーム長)、倉田秀(3)、小島功(2)、…
…』

 …。
 榊監督の名前は流す。そこは今のうちは問題にはならない。
 今の時点での問題はーー私の名前の後ろだ。

 レギュラーに成れないのは解っていた。準レギュラーのままだろうと予測していたし、ショックは無い。
 だがーーチーム長だと?

 「…なんだ。文句でもあるのか、あーん?」

 …考え事をするには不適切すぎる場所だという事を思い出した。

 「いえ…すみませんーー跡部さん」

 氷帝学園は生徒会室。同席者はーー氷結の帝王・跡部さんだ。
 冷たく鋭い視線をなんとか受け流す。

 「少々ぼうっとしてました。その…」

 跡部さんの視線が、僅かに温くなる。まるでーー、いや。

 「…嗚呼。そう云えば、色々とあったらしいな。まだ疲れていたのか」
 盗難の件か、窃盗未遂に致死の件か、…友人関係か。「いえ…。私事でして。すみません」
 「無理に、大した事ではないーーと思い込むな。意外と長引くものもある。だから…」
 「いえ、本当に大した事ではないので」
 「ならーー早めに切り替えろ。一度吐き出すのも手だぞ」
 吐き出す?何を?「…お気遣いありがとうございます。ところで、」

 無理矢理話題を変える。不信がられるだろう。だが、…考えたくないのだ。

 「私がーーチーム長で善いのですか?」

 「…樺地。コーヒーを」

 パチン。指を鳴らす。「ウス」と波が走り、背後から空気が塊で動く。…後ろに居たのか。
 カチリ。給湯器のスイッチが入る。暫くした後、とぷとぽと湯が音を立て、珈琲豆の馨しい薫りがしてくる。そして直ぐ、目の前にカップ&ソーサーwithフレッシュのセットが置かれる。

 「…不満だったか?」
 「疑問です。…あの負けっぷりでしたから」

 口元に黒い抽出液[エキス]の注がれた白い陶磁器[チャイナ]を運ぶ。苦味が脳を刺激する。カフェインは麻薬になり得る。コントラストの美しさは褐色の汚れになる。ふと、何処かで目にした一節[フレーズ]を思い出した。

 黒い悪魔をその身に取り込み、果ては地獄か天国かーー。

 「あの試合。お前は只の敗北以上のナニカを手にできたか?」
 「…恐らく」
 「なら構わない。元々あれは、俺様の予定通りにはならなかった時点で本来は俺様の負けだ。それを抜いても、あの連中の中じゃ、お前が一番優秀だ。ーーもっと誇れ」
 「誇れーー?敗北をーーですか?」
 「日吉。ーー勝者になり得る者の条件を知っているか?」
 「在り来たりなものなら幾つか」

 跡部さんの視線が一際鋭いものになった。

 「天賦の才を操れる様になる前には、誰しも敗北を経験する。地に倒れ伏す。
 「凡人はそこで暫し休み、やがて立ち上がる。負け犬は起き上がらない。勝つ者はーー」

 ソーサーごと手に取り、中身を飲み干し、私にカップを突き付ける。

 「凡人より早く立ち上がり、高みを目指して走り出す。ーー早く、速く、走れ。ーー追い付いて来い」

 私は跡部さんの目を見る。

 「…直ぐに抜かしてやりますよ、勿論」

 跡部さんは、ニッと嗤った。
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