短編
□向日さんとのデート(未満)の話
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氷帝では、繁華街以外なら寄り道は許可されている。
だから私達は堂々と学校から渋谷へ向かい、ハチ公付近に群がる人々を尻目に通りを進んで行った。
「ーー相変わらず、酷い人混みですね」
「まったくだぜ、くっそ……。迷子になるなよ」
「心配ご無用、向日さんより視界良好ですから」
「てめッ、喧嘩売ってるのか?」
「素人相手には売りませんよ……こっちですか?」
「あー……混んでるから裏道から行くか。こっちこっち」
109や東急本店へ向かう道を避けて原宿方面へ登って行く。そう、登りだ。
意外と登り……と云うか、坂が多いのだ、東京は。
「東京で平らなのは皇居やら官公省庁がある一部だけなんだってよ。あとは埋立地。周りが山あり谷ありだから、中心が攻められにくいンだと」
そんな事を話しながら裏道へ抜ける。人口密度が一気に下がった。表通りの喧騒が微かに響いてくる。
「……で、何処へ行くんです?」
この先に何があるか、私は知らない。いやーー余り知らない、の方が正しいか。
「戸栗美術館辺りですか?」
「何それ、御節の博物館か何かかよ」
栗→栗きんとんかよ。「陶磁器の美術館ですよ。戸栗 何某[なにがし] の個人収集だとか」
博物館はハズレーーと。となると残るは……。
「ーー能楽堂、ですか」
「……アタリ」
にやんと笑いながら向日さんは答えた。