短編
□向日さんとのデート(未満)の話
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樹齢相当年と思しき[おぼしき]松を横目に劇場へ入る。先輩が前売券らしき物を受付嬢に見せ、私もそれに続いてく。半券と営業スマイルを受け取り、ロビーへ足を踏み入れた。
「知り合いにツテがあってな。ちょいちょい貰うんだ」
「向日さんが自腹切ってこんなチケットを買うなんて、誰も思っていませんよ」
「……亮かジローを経由して誰かにやろうと思ったんだがな。空いてる奴がいなかったんだ」
「宍戸さんは鳳と個人練習、でしたっけ」
「んー。ジローはモチ論外だし」
芥川さんなら開幕前から居眠りするのがオチだろう。
「何時もあげる奴は、もう買ってたらしくてな。テニス部も全滅。でも二枚チケット有るのに一人で行くのって、アレだろ?」
「跡部さんも忍足さんも滝さんも長野原さんも忙しそうでしたね、そう言えば。しかし、先輩に渡す人がいるとは……。まあ、お礼は言っておきますよ」
「一言多いンだか素直じゃないンだか……」
駄弁りながら売店らしき場所で買い物をする。パンフレットを二組購入。
代金は先輩持ちだが、先輩はちゃっかり領収書を切って貰っていた。誰に請求するつもりなんだか。買ってもらっている私が言う筋合いは無いが。
「ほいよ」と手渡されたパンフレットを見る。本日の演目は『通い小町』。
「読んどけ。先に筋を知っとかないと何をやってるのか解らなくなるぜ」
「では……」
薄暗い照明の中パンフレットにある粗筋を読む。小野小町と深草の霊を成仏させる話らしい。
「深草って誰でしたっけ?」
「えっとな……小町の百夜通い[ももよかよい]のコンプに失敗して死んだ人」
「……ああ。深草少将ですか」
「それそれ」
コソコソと話す私達の横を二十人ばかりの御老体のグループが通る。もう座席に入れるらしい。
私達もそれに続いて席へ向かう。矢張り周りは中高年層ばかりだ。若年層は二人だけ。制服で来て良かった。
「向日さん。前の人達が持ってるあの経典みたいな奴、何て言うんですか?」
「たしか能本って言ったな。ト書きみたいな物らしい」
能は発声方法が独特の上古語である為、それを見ながら台詞を理解するのだとか。
私はそんな真面目に見るつもりはあまりなかったので、ふうん、と流した。
そして照明が落ちる。