長編

□禄@
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 「いや悪いな、お取り込み中だってのに」
 「何ほざいてンのサ、解ってて声掛けておいてッ」
 「おいおい、落ち着けって石井サン」
 「ったく、ご挨拶だな」

 からりと笑う笠原。不満を露わに返す石井。それを宥める私。三人三色である。
 現象そのものは珍しくもないが組み合わせとしては異色であろう。笠原と石井だけなら偶に見るが、私は石井といる時に彼と絡むのは初めてであった。

 「……知恵を借りたい、と?」
 「そ。頭痛のタネな案件があってな。それがちとこう、フェミニンな問題でよ。オンナノコの意見が知りたいのよ」

 笠原肇。中等部からの、生え抜きとも外部生[外様大名]とも言えない、微妙な立ち位置の持ち主。フェンシング特待生、最高成績は個人の全国ベスト8だったか。性格は軽い方だが、その軽さは盤石な土台から決して離れる事の無い、浮つかないタイプのものだ。金に近い髪の所々に銀のメッシュが入っている。
 私も石井も髪の色素は薄い方だから、教室は局所的に光の反射が眩しくなる。

 「他所を当たりな!」「どんな問題なんだ?」

 返したのは同時であった。……前者が石井で後者が私である。

 この場合石井の不機嫌の原因はティータイムを邪魔された事にあるーーと云う事を、親友として弁明しておこう。
 こいつは紅茶狂いなのだ。宿泊行事ですらティータイムのポリシーを堅持しようとするのが石井の生き様だ。邪魔した奴の生死は不明、と云うのが専ら[もっぱら]の定説。相手が吹奏楽部員の同級生や後輩だった場合、死亡確定である。南無。

 当然石井は私を一睨みしたのち笠原に牙を剥こうとする。しかし笠原とてむざむざと死ぬ真似はしない。「親父の開発した商品で御座いますが」と、タッパーに入った梨を提供してきた。

 むぅ、と石井が押し黙る。今日のお供は梨の紅茶。デザートに丁度良いのだ、梨。紅茶と茶請けは風味を揃えるべし。それが石井のモットーだ。梨が 高価だった[高かった]と、茶請けの梨を諦めていた石井だが、これは断れない。石井は、モットーとポリシーと音楽に生きる女であるから。

 逡巡の後、石井がタッパーに手を伸ばす。引いた手の先には梨が一切れ。果汁が垂れるほどにみずみずしい。私も一切れ貰う。うむ、美味。

 「して。問題とは?」

 貰った者の義務として、そう水を向ければ。笠原は真剣な顔でこう、問い掛けた。

 「おんなも盗撮を働くのか?」

とーー。
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