ショート

□癒してダーリン
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「あー、腰いった……」
西日が傾き始めた午後。
激務に追われて懸命に仕事をしていたら気づけば一週間が過ぎた。そして二週間ぶりに取れた非番で、久しぶりの逢瀬。
高杉が待っているだろうとある茶屋に、土方は単身やってきた。
いつものように煙管を旨そうにふかしてゆったりと待ってくれている恋人のもとに来ると、来いと言うようにゆるりと手招きをしてきた。
それに抗うことはせず、素直に高杉のすぐそばに座り込んだ。
鬼兵隊の総督である高杉は、攘夷浪士の間でも天人の間でも有名な存在で、土方とは敵対する立場にある。実を言えば、生まれこそ豪農であっても妾の子である自分と違い、それなりの家系の嫡男として生まれた彼とは出自から立場が違う。そして現在も様々な援助者などに囲まれた彼は、いわばセレブみたいなもの。
セレブが取る茶屋がどんなものなんて、押して知るべしというもの。およそ一般人じゃ手の届かない高級な場所。
高杉が通される部屋もVIPルームが当たり前で、大の男とは言え人間二人だけでは持て余してしまうほど広い部屋だった。
そんな広い部屋でこんなに固まって座っていたら、有効活用はまったくできていない。
まあ、二人でいれるならなんでもいいか。
隣でゆるりと寛いでいる恋人には滅多には言わないようなことを心の中で呟きながら、土方は高杉と同じように煙草を吸おうとした。ところが、その時に身体を動かした途端に走った痛みに顔を顰めた。
腰から発する鈍いような痛み、というかだるさ。
「ぁあ? そんなヤッてねーだろ」
「……なんでそこに直結するんだよ」
発言があまりに下世話すぎる。この男は下世話な話がすぐに出てくるくせによくもあんなに女にモテるな、と土方は呆れた。
高杉は土方の方を見て、腰に視線を落とした。
着流しの上から着物の生地が余りに余っているとよく分かるその腰を押さえる手。土方のこの腰の鈍痛については、別にそういうナニをしたという理由でも、どこかにぶつけてしまったせいでもない。
これはただ単に、疲労が溜まっているだけ。
「最近デスクワーク続きだったからな……」
土方は他の隊士に比べて、段違いに文机に向かう時間が長い。
隣に凶悪テロリストご本人がいらっしゃるところでなんだが、そんなにしょっちゅうとテロ事件が起こるわけでもない。頻繁に起こっても困るというもの。
警察としての業務もあるのだが、それだって全隊士が出動しなければならないことなど、ほとんどない。
ここのところは定期的な巡回以外は全て、デスクワークで業務が埋まっていた。真選組の中で取り扱う重要書類の類から、隊士の報告書の管理など全ての書類管理は、土方にしかこなせない仕事。
しかしデスクワーク続きというのは身体への負担はかかる。毎日同じ姿勢で机に向かい、目の酷使もあると、肩凝りにもつながる。
そしてその支障は徐々に目や肩の凝りだけでなく、腰にも出てくるわけで。だからこの様だ。
「そんな書類、箱ごと全部ぶっ壊してやろうかァ?」
「ざっけんな。大体これでもマシになった方だぜ?身体の疲れ」
「どこがだよ」
「足。むくんだりするからーって山崎が着圧ソックス買ってきた」
あれってすごいよな、今俺の靴下全部着圧靴下だし。
そう言った土方に、高杉は少し返答にどうするべきかと困った。
まず他の男の名前が出てきたという事に不満を訴えたいところだが、それよりも着圧ソックスって。
高杉だって知らないわけじゃない。鬼兵隊の中にいる紅一点の来島また子が、それのことを話していたことを覚えている。寝ている間にむくみを取るッスよ、と言ってすらりとした彼女の脚は長い長いレッグウォーマーに包まれていた。
今ではその靴下もある、という話を彼女が楽しそうに話していたのを、話半分に聞いていた。
それを、この二十代男子(アラサー)は履いているのか。
おそらく彼の脚の細さであれば女性用でもLくらいを選べば履けるとは思う。そこにはきっと問題はないだろうが、それよりも、その場合彼は普段の制服の下は膝ほどまであるハイソックスを履いているという事になるのか。
見たい。いやそれよりもそれを勧めたお前の部下は一体お前の性別をなんだと思っているんだ。そうツッコみたい高杉だった。
「お前まさかその着流しの時も履いてんのかよ?」
「んーまぁ、脚がだるくなったときはなー。寝る時にも勧められた。つま先だけないやつ」
まさかの、また子と同じ物を使用していた。
「でもそれで脚はわりとスッキリするんだよな」
彼はそれがレディース用だということを知っているのだろうか。
おそらく知っていたら使ってはいないとは思うが。
土方にとってその足のむくみ取りについてはなにも問題はないようだが、今の悩みは腰の凝りだろう。
高杉もあまり着圧ソックスに関してのツッコミはしないでおこうと考えた。
一応は彼の部下の計らいで、土方の美脚は保たれているのだから。
「ん? 高杉?」
高杉は煙管を一旦置いて、その場から動いた。そして土方に向き合うように座り込むと、彼を脚で挟むように抱き寄せた。
あぐらを掻いていた土方の脚を持ち上げて、同じように自分の身体を挟むようにすると、ギュッと抱き締めた。一体何をしているのか分からない土方は、首を傾げて「なに?」と言ってみるが、高杉からの返答はない。
なんだよ無視かよ、と思っていると、高杉の手が自分の腰に回ってきた。

グ、
「う」

いきなり腰骨の横辺りを両手で押されて、土方はその圧迫感にくぐもった声を出した。
「なに……」
「いーから大人しくしてろ」
高杉は闇雲に揉むのではなく、的確にポイントを押さえるようにして、土方の腰を指圧した。
着流し越しに伝わる指の力に、土方は腰のツボを押されているのかと、やっと気づいた。
今日日のテロリストはマッサージ師にもなれるらしい。なんとも器用な男だ。
「ぃだっ」
「やっぱいてーか。相当疲れてんな、オメェ」
「うー……」
ぐ、ぐ、と押してくる所々で、刺さるような痛みを感じる。
そこで痛みを感じるのはどうやら疲労が溜まっている証拠だとかで、土方はなにも反論ができなかった。
身体は正直。しっかりと疲れていると訴えてきている。
土方は押される指圧の力に身体が圧迫されて、高杉の背中に回した手で、派手な着物の生地を握り締めた。
「ぅ、ぐ、ぅぅ、」
「………」
「んん、っ痛、ん、ぅ、」
高杉の肩口に押さえつけられた口元から、くぐもった声が漏れる。
段々とその指圧は痛みは若干走りながらも、マッサージをされる気持ちよさの方が勝ってきて、土方はその行為を素直に受け入れている。
そしてマッサージをされていると、日頃の疲れのせいか、眠気まで襲ってくる。
とろりとする視界と思考に流されながら、土方はもっと、と言うように高杉の身体に擦り寄った。
「ん、んー……」
「……おい、土方、」
「ぅん? ……高杉、もっと……」
すり、と首元に顔を押し付けるように、強請る土方。
高杉は徐々に止まりつつあった手が、とうとう止まってしまった。
(誘ってんのか、コイツ)
ただマッサージを求められているという事は分かってはいるが、いかんせん土方は色気がありすぎる。
声を聞くだけなら、まるで情事の時の様に力の入っていない声で、普段は甘えることなど少ないくせに、こんなにも自分から擦り寄ってくる。
まるで猫のような行動に、理性との決別はあと細い細い最後の一本の糸を切るだけのような状況になった高杉は「土方。」と呼びかけた。
しかし、それに返答はない。
「おい? 土方? ……土方、」
少し怪しく思って土方の両肩を掴んで、自分から少し離すと、肩にかかっていた重みが消えた。
目の前に見えた土方は、がくんと支えを無くして頭を垂れた状態になり、顔を近づければすうすうと穏やかな寝息が聞こえてきた。
(相当疲れてたか)
真選組での仕事なんてどうでもいいと考えている高杉だが、彼がこんなにも簡単に眠りこけてしまうほどにオーバーワークというのには少々気にかかる。
本当にいっそ、真選組なんて潰してしまうか。
潰して、土方を自分の下に置いて、疲れなんて情交以外には蓄積されない程に愛してやろうか。
そんなことを考えながら、高杉は土方の以前より軽くなったその身体を緩やかに押し倒した。
頭には衝撃がいかないように手で支えて、畳の上に寝かせると、ゆっくりと腰を上げた。
閉められていた襖を開けて、布団が詰まれているところから枕と毛布を取り出す。
枕を土方の頭に敷き、毛布をかけてやると、その場に座り込んで再び煙管を口銜えた。
(ともかく、まずは、今夜バテない程度には回復しろや)
ふわりと艶やかな前髪を撫でて、その手を滑らせて、唇を指でなぞった。

夜になって高杉に思う存分愛された土方が次回にここへ来た時に、着圧のオーバーニーソックスが何足も用意されていたのは、また別の話。








2013.04.10

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