一万打リクエスト

□パワフルエンドレスタイム
1ページ/4ページ

土方十四郎、二十四歳。
高校の教師に就任して、二度目の冬を迎えた。
校内では大学受験だなんだと、受け持ちの学年の生徒達がラストスパートを駆けだす時。
数学教師である土方の元には、やはりそれについて相談に来る生徒も多い。
大学を卒業してからまだ年数が他の教師より経っていない土方は、生徒達にとって相談のしやすい先生に当たるのだろう。
そういった生徒達を見守りながら、土方も教師としての自信や、成長をきちんと踏んでいっている。
クラスで生徒間の問題などが起きても、もう彼らの年齢もあと二年すれば成人するくらいで、当事者同士で解決も多い。
問題なく生活をしていると思う。
生徒からの評判だって、自分でも悪くないと思っている。授業で分からないところを個別で相談に来てくれることもある。
今年なんて、誕生日には誰から日にちを聞いたのか知らないが、受け持ちの生徒達がゴールデンウィーク明けに誕生日プレゼントを贈ってくれた。
もっと信頼をされる教師になりたい。いざという時に頼られる教師になりたい。
その夢を叶える為に、土方は毎日を着実に暮らしていた。
そう、問題なんてない。・・・ある一点を除いては。

コンコン、と準備室の扉をノックする音が聞こえる。
しかしそれはただの挨拶程度で、特にこちらの返事を待つことなく扉は開かれた。
あまりにも無遠慮な行動だが、彼にとってそれが普通なのだろう。

「ひーじかた、帰ろうぜ。」

冬は日が落ちるのが早い。時刻を見れば六時。既に窓の外は真っ暗だった。
準備室内は暖房が効いているので温かいが、どれだけ寒いかは、窓についている水滴が物語っている。
まるで自分の部屋のごとく堂々と許可なしで入室してきた高杉も、学ランの下にはカーディガンを着ているしマフラーも巻いている。
よく見ればシャツの袖からは派手な色のカットソーが覗いている。

「・・・ちゃんと入室許可貰ってから入れ。生徒が勝手に入るな。」

「ぁあ?なんか問題あるのかよ。」

「採点中かもしれねーだろ!」

「もう期末考査終わったじゃねーか。」

ああいえばこういう。土方はチッと舌打ちして、高杉に寒いから早く閉めろと言った。
確かに高杉の言う通りで、別段準備室に入って来られて問題があるわけではない。
学期末の考査はつい先週終わり、そしてテストも返却済みだ。通知表の配布は明日の終業式で行う事だが、それだって職員室にある。
別に問題はないのだが、こうして平然と自分の領域に入って堂々とされるのはなんとなく癪だ。
生徒と教師、その境界をどこまでいってもきっちりと分けたいと考えている土方にとっては、尚更の事。
あまり生徒が教師に干渉するのはよくない。それが原因で生徒間で教師から贔屓されているとか問題が起こっても困る。そうならないようにと引いている境界線なのに。

「それ、俺とお前じゃ関係なくね。」

高杉は言いながら、パソコンの前に向かっている土方に後ろから腕を伸ばした。
そして椅子越しに抱き締めた。
そう、自分と高杉は生徒とか教師とか、そんなものの境界線など関係のないところに立っている。
恋人同士。・・・その関係になって、もう半年以上が経った。
五歳以上も年下の男にこんなことを言われるのもちょっと癪。土方は「はいはい。」と言いながらパソコンをシャットダウンさせた。

高杉晋助は、土方が受け持つクラスの生徒。
基本的にこの高校では三年間クラス替えはない。そして、クラス担任が変わることも無い。
しかし例外もたまにあり、それに当てはまるのは土方だった。
土方が大学を卒業した昨年の事、四月に初めて受け持ったクラスは二年生のクラスだった。
一身上の都合により退職をすることになった教師の後釜を受け持ったのである。もう既にクラスの中の体制が出来上がった環境に放り込まれるのは、いくら教師と言えど緊張した。
そんなまだまだフレッシュな新任教師土方の前に現れたのは、彼だった。
所謂教師からは問題児とされて、生徒からは不良と言われるこの生徒は、土方の目から見ても厄介だった。
なかなか学校には来ないし、来たとしても授業はサボっているか、寝ている。
しかし留年もせずに順当に学年を重ねてこれているのは、彼は平常点以外の成績は何一つ問題が無かった。
真面目に勉強すれば、学年の指折りの成績を収められると言われるくらいに、彼は要領のいい生徒だった。
教師の間では、もう放っておけばいいと言われている生徒でもあったのだ。
初めて受け持つクラスの生徒がこんなのでいいのだろうかと思うのだが、そもそも教室にも現れない上に、家に連絡しても誰も電話に出ないという状況ではどうしようもない。
さらには、生徒の間では別段彼が問題とされているわけではなかった。
ルックスは黙っていれば申し分ないし、彼は不良と言われていても恐喝やいじめなどの陰湿な行為を行うことが無い。
ただ、ふっかけられた喧嘩には買い、それで叩きのめしてしまうということで、他の生徒とは異質という対象なのだ。
だから生徒の間では密かに人気があったりする。
そんな生徒であったので、土方は最初こそどうにかすべきかと考えたのだが、もう放っておけばいいと考えるようになった。

だが、夏休みに出勤してきた土方は、屋上に一服しに来た時に高杉に出会った。
高杉も喫煙をしていた。
高杉はその際に別に慌てて煙草を隠すことなく、土方に「よお。」と挨拶をしてきた。
注意とか、説教とか、そんな以前に、彼から話しかけられたことがあまりにも衝撃で、土方はただ「おはよ。」と挨拶を返すしかなかった。
その後にすぐに煙草吸ってんな、と注意はしたのだが、高杉は悪びれる様子もない。
「どーせアンタも俺とおんなじ感じだったんだろ、高校生の頃。」
そう言われたら、土方は返す言葉が無かった。・・・図星だったからだ。煙草の味を覚えたのは、高校一年生の時だった。
同じ穴の貉どうし仲良くしようぜ。
そう言いだした高杉に、土方は何も返事が出来なかったが、それ以来毎日屋上で会うことになった。
それから夏休みの間で打ち解けてしまい、そのおかげが、高杉は夏休み明けに登校して授業中も教室にいるようになった。
教師達や生徒達を震撼させた出来事だった。土方は何かしたのですかと教師に質問攻めされたが、まさか「一緒に煙草を吸って話をしました」なんて言えるはずもなく、適当に流した。
まあ、高杉が学校にきちんと現れるようになったと言っても、それからも授業をサボることは頻繁にあった。
その度に、土方は屋上に出向いた。高杉が必ずいるから。
土方も、彼と喋っている時は気分が落ち着いた。似たところがあるおかげか、気を遣う必要が無かったから。
教師と生徒という枠組みでは収まらない感情を抱き始めるのに時間はそうかからなかった。それは高杉もだった。

『アンタの事が好きなんだけど。』

いつものように屋上で出会った高杉に言われた。それは、もうすぐ学年末テストがあるという時期だった。
土方はその言葉に自分もだと重ね、それから二人はこうした関係に落ち着いたのである。
屋上でタイミングが合えば会う関係、から、お互い一緒にいようと昼休みや放課後、休日には二人で過ごすようになった。

高杉は大学はAO入試で夏休みの段階で決まった。
二年から平常点もそこそこ伸びてきたこともあり、成績も申し分ない状態は続いたので、特に問題なく進路が決まった。
なので、あくせくしている周りの生徒とは違い、高杉は今日ものんびりと土方に会いに来た。

「明日休みだろ、土方。家行くから。」

「ったく、学校では先生ってつけろって言ってんだろ。・・・晩飯はどうする?」

「冷蔵庫になんかあるか?今日は俺が作ってやるよ。」

「・・・多分大してなんもないわ。食材買わなきゃな。」

書類を整理して、高杉の腕から離れると、身支度をした。
コートを着て暖房を切り、戸締りと消灯をして退室をして、明かりのついた廊下に出てきた。
冷やりとした空気が肌に触れて、「さぶ、」と零した。
高杉はさっさと出るぞと歩き出した。それに土方も合わせる。冷たい空気の中でも、二人の間の温度が下がることなどない。
ぬるま湯のような、ゆったりとした安定感を持って、ずっと過ごしている。土方にとって、高杉の存在は安心できるものだった。
こんな安心感のある恋愛は、今までなかったなと思う。


それだけに、抱える問題は土方にとって大変な物だった。



.
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ