一万打リクエスト

□あなたのなる方へ
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あんたなんかいらない。
あの時、そう母さんは言った。

たった一人の母親がいた。自分を生んでくれた母さんは、俺が一歳の時に離婚をした。
バリバリのキャリアウーマンだった母さんには、あの宙ぶらりんの親父が合わなかったんだ。
その男の血が混じった俺は、母さんと共に再婚相手の家に行った。
そこで待っていたのは、新しい親父の息子。俺と同い年だった。
坂田金時。俺と名前が良く似ていたそいつは、俺と違ってストレートヘアだった。
母さんは言った。

「へえ、金時君っていうの」

母さんは、酷く嬉しそうに言った。


再婚相手の男は、大手外資系証券会社の営業マンだった。
転勤や出張が多い義父は、ほとんど家にいることができない。
義父は、俺と対面すると、にっこりと笑った。

「君が新しい僕の息子なんだね。金時の事をよろしくね」

そう言って、義父は俺に一冊のノートを渡した。分厚い、ハードカバーのノートだった。
サイズは多分文庫本よりも一回り大きいくらい。
日記帳だった。義父からの初めてのプレゼントだった。
小学一年生の五月が終わろうとしていた。その日から、俺はその日記に毎日を書き始めた。


七月十日。
もうすぐなつ休みでうれしいです。
母さんが夕ごはんのときに「もうすぐなつ休みね」といいました。
母さんがなつ休みはなにをするのかと聞いてきたから、ぼくはいろいろとかんがえました。
金時が先に「かい水よくにいきたい」といいました。
母さんは「いいわね。銀時もでしょ」といいました。ぼくはわからなくて、うんっていいました。
ぼくは、かきごおりがたべたいです。

九月二十二日。
学校のかえり、クラスのみんなと、金時といっしょにサッカーをしました。
かえりは金時といっしょになりました。
同じクラスじゃないから、いっしょにかえれないことが多いからめずらしかったです。
いえにかえったら、母さんが「おかえりなさい、金時君」といいました。
ぼくは、「おかえりなさい」をもらえませんでした。

十一月二日。
きょうは、母さんと金時と、えきにいきました。
デパートにいって、いろいろと母さんはおかいものをしていました。
母さんが、コートをかってくれるといいました。
「金時くん、どんなのがいい?」とききました。金時は、じぶんのほしいのをゆびさしました。
それを母さんはかいました。僕にはきいてくれませんでした。
母さんはいえで、ぼくにコートをくれました。
ねふだには、きんじょのスーパーのなまえがありました。

二月三日。
きょうはせつぶんでした。
母さんはえほうまきをつくるといって、せつぶんらしいあそびをしなさいとぼくたちにいいました。
母さんは、金時に豆のはいったふくろをわたしました。
ぼくは、豆のふろくにあったおにのめんをもらいました。
ぼくがおにのやくをやって、金時が豆をまきました。そのあと、こうたいをしました。
そしたら、母さんがぼくをよんでおこりました。
「金時くんがけがをしたらどうするの。おにやくはあんたよ」といわれました。

三月十四日。
きょうはホワイトデーでした。
金時はクラスで人気もので、バレンタインチョコをたくさんもらっています。
母さんがうれしそうに、金時にリボンのついたあめをチョコのかずよりもたくさんわたしました。
「銀時とちがって、女の子にも人気あるのね」といいました。
ぼくも、バレンタインには、チョコをもらいました。
おかえしのものがなくて、おりがみにへんじをかいて、お花をつくってわたしました。



四月八日。
今日は始業式だった。ぼくも金時も、今日から小学六年生だ。
去年金時とクラスは分かれたけど、今年はいっしょだった。
始業式は楽だからうれしい。勉強もなんにもない。
放課後、みんなお昼ご飯があるからって帰ったけど、ぼくは夕方まで残ってた。
管理作業員の人が花だんの植え替えしてたから、手伝いをした。
「昼飯はどうしたんだ」って言われたけど、「今日給食ないよ」と返した。
めがねで顔がよくわからなかったけど、作業員さんは多分困った顔をしていた。おにぎりをくれた。うれしかった。

六月十一日。
今日は面談があるから、ぼくと金時の為に母さんが学校に来た。
金時と続けてだったから、ろう下で待ってたら、楽しそうな声が中から聞こえてきた。
松陽先生と、母さんと、金時の声だ。次は僕の番だった。
ぼくの学校生活を松陽先生が説明をした。母さんはなにも笑わなくて、ずっとケータイを気にしてた。
先生がふしぎそうにして、「銀時くんも成績は金時くんと並ぶくらいですが、中学受験するのですか?」と聞いた。
母さんはすぐに「しません。この子はようりょうが悪いので」と言った。

七月十九日。
夏休みが始まった。六年生は宿題がたくさんあるから、がんばる。
その日一日、友だちの家で宿題をしていた。ドリルはけっこう早く終わった。
五時に家に帰って来たら、誰もいなかった。今日から金時の受験対策の塾が始まるんだ。
テーブルに「晩ごはんはこれで」と書いて、五百円玉がおいてあった。
ぼくはコンビニにおにぎりとパンを買いに行った。
夜の十時になったら、母さんと金時が帰ってきた。
金時がうれしそうに、「晩ごはんはレストラン行ったんだ」と話してくれた。うらやましかった。

八月二十日。
雨が降った。朝から母さんは金時をつれて、新しい塾の見学に行った。
昼に、学校から電話がかかってきた。松陽先生からだった。
話があるから学校に来てほしいと言われた。学校に行ったら、自習室に連れてかれた。
誰もいない自習室で、松陽先生と二人で机を並べてお話をした。
お昼を食べてないから、お腹が鳴ってしまった。松陽先生に「お昼は?」と聞かれた。
「家になかった」と答えた。そしたら、しばらくして
「銀時くん、こんなこと聞くようでごめんね。お母さんと、あまり仲良くないの?」
と聞かれた。ぼく分からなくて、「分かりません」と言った。
松陽先生の顔は、寂しそうだった。

九月二日。
二学期の身体測定があった。身長が一センチ伸びてた。
身体測定のあと、先生に呼び出された。職員室の向こうの、個別指導室で松陽先生が、健康診断の結果を持って、悲しそうな表情をしていた。
「銀時くん、ちゃんとご飯は食べてる?」と聞かれた。
毎日食べてるつもりだった。給食も始まったし、たくさん食べれる。
でも、身体測定の結果の体重を見たら、一学期の体重に比べて、十キロ減っていた。

十月十日。
この日記は、十日にかけなかったから、十五日に書いてます。
今日はぼくの誕生日だった。雨だったけど、学校のある日だったから、みんなに祝ってもらえた。
放課後、松陽先生に呼ばれた。お誕生日おめでとうって言ってくれた。
そして、個別指導室で昨日のこととかを話しながら、出してくれたおかしを食べた。
ぼくが家のことを話すたびに、松陽先生は悲しそうな顔をした。
そのあと、四時すぎにぼくあてに電話がかかってきた。今すぐ帰ってきなさいと母さんに言われた。
金時が家のかぎを忘れて、近所のおばさんの家にお邪魔しているらしい。母さんは仕事場から電話をかけていた。
ぼくがかぎを開けてあげると、金時はありがとうと言った。母さんが七時に帰ってきた。
母さんは、ぼくのことをひっぱたいた。
「金時くんがかぜ引いたらどうするの。アンタがさっさと帰ってこないからこうなるの。」
「あんたなんかいらない」
そう言って、ぼくを家から追い出した。
雨ふってたけど、傘もなくて、上着もないから寒くて、家の前で座っていた。
お腹がへったけど、どうすることもできなかった。家からカレーの匂いがした。おいしそうだった。
窓が少し開いてたから、母さんの楽しそうな声がかすかに聞こえてきた。金時の笑い声も聞こえてきた。
もうなにも聞きたくなかった。
ぼくは母さんに捨てられてしまった。
ポケットの中に手を入れたら、チョコレートが一つだけあった。松陽先生がくれたやつ。
涙が出てきた。悲しくて、しんどくて、辛くて、泣きながらチョコレートを食べた。
チョコレートがおいしかった。おいしくて、いっぱい泣いた。
声を出したら母さんがうるさいって怒るから、声出さないように、いっぱい泣いた。
そこから、どうなったか分からない。
目が覚めたら十月十五日だった。ぼくは、病院にいた。
肺炎っていう病気にかかって、まだ熱があって、真っ白な病室にいた。金時と松陽先生がお見舞いに来ていた。
ぼくは松陽先生が見れて嬉しくて、また泣きそうになった。
多分、金時が「だいじょうぶ?」って聞いてくれたんだと思う。でも、それに答えれなかった。

ぼくは、耳が聞こえなくなっていた。声も、でなかった。

松陽先生が泣いていた。
そのあと、母さんがやってきた。着がえを持ってきてくれた。
母さんはすごく不機嫌な顔をしていた。ぼくの目はみなかった。
口を開いて、何かを言った。その動きは見たことがあった。

母さんはもう一度、「あんたなんかいらない」とぼくに言った。


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